第11話 メスブタファイルその1:日暮奈留
接近禁止令。
小娘五人が勝手に下したクソッタレのルール。
しかし、ハッタリの効いた「自主退学してもらう」という脅し文句に身動きがとれなくなっているのも事実だった。
翌日、絶望の夜を悔し涙で乗り越えた俺が見たのは、手塚の隣を我が物顔で占領する日暮さん──いや、敬称など不要。奴含む小娘五人は、もはや我が宿敵である──日暮の姿だった。一夜を超えて、悲しみに暮れる俺の胸に去来した感情は、すべての細胞が湧き立ち爆裂するほどの怒りだった。勝手な推論、根拠のない憶測、数的不利の元に導き出された偏差的結論。
たしかに、反論できなかった俺だって悪い。だけど、あの状況で「手塚のことストーキングして彼のことを見直したんです!」なんて言ってみろ。余計怪しい目で見られるに違いないだろう。
そもそも、自分たちが手塚と話せないからって俺を排除しようとするその行動が気に食わない。
あー、ムカムカする!
もう昼間なんて好きでもなんでもねぇんだよ!
なにが恋路の邪魔をしようとしてる、だ。見当違いも甚だしいアホ探偵どもめ。江戸川乱歩先生の江戸川ティンポでもぶちこんでもらえ。そしたら多少はそのオツムもマシになるだろうよ! 俺はただ、手塚と一緒にたわいもない話をして、おかず交換しながら弁当食って、できれば放課後も遊んだりして、休日はショッピングモールに映画を見に行ったり、星の綺麗な夜に山の中腹まで登って望遠鏡をのぞいたり、自転車をこぐ手塚の背中を眺めながら荷台に乗って坂道を下ったり、そんな素晴らしき青春を一緒に送ったりして、もっと仲良くなりたいだけだったのに。あああああああああ。うおおおおお。まじくそまじくそまじくそまじくそ。
心の中のリトル湾太郎が憤怒のドラミングを奏つづける。
「メスブタどもめぇ、許すまじぃ」
学習机に頬をべったりと引っ付けて可憐に笑うメスブタ(日暮)を睨む。
憎しみで歯軋りが止まらない。大木にノコギリを引くような音が響く。
このままじゃいけない。それだけは分かる。
手塚は自分から話しかけてくるタイプじゃないし、俺があいつのとこに行ってやらなきゃ一生話せないだろう。たった数十歩の距離。同じ教室にいるというのに、なぜこんなにも遠いんだ。ああ、風よ、僕を彼の元まで優しく運んでおくれ。とはいえ、どれだけ願いを込めたとしても事態が好転することはないだろう。
己が力で、現状を打破するほか方法はない。
スマホを取り出し、ロインで婆ちゃんにメッセを送る。
『助けて、オバえもん。女子たちが寄ってたかって僕を虐めるんだ!』
『そうですか。情けないですね』
『どうすればいいか教えてくれよ〜。年食ってんだからなんかあるだろ〜』
『舐めた口効いてるとぶち殺しますよ』
デスボールとか投げてきそうな口調だな。本気で怒ってそうなので謝ろう。
この状況で婆ちゃんに見離されたら俺泣いちゃう。
『すみませんでした。けど、本当に助けて欲しいんだよ』
『うーん。詳しいことが分からないのでアドバイスできることがあまりないのですが、強いて言えば、すべての争いにおいて肝となるのは情報です。敵情を知ることで、付け入る隙は見出せる。無知のまま挑むのは知恵のない動物の蛮行です。人には考える脳があり、悩ませる頭があります。敵を知り、策を練り、苦難を打破する。それこそが戦いの定石ではないでしょうか?』
情報収集か。俺の得意とするところだ。
手塚ストーキングで培ったスニーキング技術がまた活かされるっつーわけ。
『なるほど。参考になった。とりあえず敵情視察に専念してみるよ』
『はい。頑張ってください。お礼は商店街のみたらし団子でよろしくお願いします』
『りょ』
やっぱり困った時の婆ちゃんだぜ。
さすが俺の友達第一号。軍師として召し抱えてもよいくらいだ。
スマホを懐にしまい、萎れた観葉植物みたいな体勢を持ち上げて背伸びをした。
首を鳴らし、気合を入れる。
まずはメスブタ1号・日暮奈留の調査から開始しよう。
※※※
我が富が丘高校における美少女四天王の一角を担う文句のつけどころのない美メスブタ。
腰まで伸びたシルクのようにしなやかな金髪。掘り深く目鼻立ちのしっかりとした端麗な相貌。大きな鳶色の瞳を縁取るまつ毛はラクダのように長い。ふっくらと膨らんだ唇が妖精のような顔立ちに大人らしさを備えさせ、清廉でいて艶やかな雰囲気を彼女に纏わせている。八頭身。女性にしては高い背丈。すらりと伸びた手足。繊細な飴細工のような指は触れれば壊れてしまいそうだ。透き通るほど白く澄んだ肌。ブレザーを押し上げる胸元の膨らみは、青少年たちの目線を思わず吸い寄せるほど大きい。反して、キュッと引き締まった腰と吊り上がった小ぶりなヒップがその青さを匂わせた。
四天王で一番の美人。
それが日暮奈留への世論であり、客観的事実でもあった。
彼女の美貌は、あらゆる誰しもの追随を許さない位置にある。
正真正銘、完璧で究極の美メスブタなのである。
加えて、彼女はその生まれも素晴らしかった。
父親は大手証券会社の副社長、母親は外資系企業の社長令嬢だという。
華麗なる一族に生まれたやんごとなきメスブタなのだ。
登下校は黒塗りのリムジン。
よく見れば彼女の着用するブレザーはデザインこそ他の生徒と変わりはしないが、素材感や仕立てがまるで違う。専属のクチュールに特注で作らせたのであろう。上質な生地、洗練された縫製。職人がため息を吐きたくなるほど美しい仕事の上に成り立つ一着となっていた。
持ち物に目を向けても、その天上人っぷりが垣間見える。本革のペンケース。重厚感のあるスタイリッシュなペン。ブランドものの化粧ポーチ。一般的な金銭感覚では手が出ない化粧品類、手鏡、櫛、そのどれもが宝石の如く美しい。まさしく、住む世界が違う。時代が違えば姫様とでも呼ばれていたのであろう。
そんなメスブタが、なぜこのような庶民たちの通う公立高校へ入学したのか。
中学までは有名なカトリック系の私立お嬢様学校に通っていたらしいのだが……。
突出した美。
突出した生まれ。
このメスブタはそれだけじゃ終わらない。
さらに頭脳明晰、運動神経抜群ときたもんだ。生まれた時点で与えられたものだけに傲らず、自らを研鑽し、自己を高める素晴らしい心まで持っている。まさしく完璧超人。完全無欠のお嬢様。
唯一の弱点らしい弱点は、友達が見当たらないことくらいだ。
嫌われているわけではない。
みな、自分じゃ釣り合わないと彼女を避けてしまうのだ。
そのことに気付いているのか、メスブタも去るもの追わずのスタイルを貫いている。
自分から媚び諂うのは癪に触るか? けれど、そうだとすれば、庶民側である手塚に恋をした理由が浮かばない。いったいなぜ彼女の心に甘い炎が灯ったのだろうか。おそらく、あえて庶民の多い公立高校に進学していることを鑑みるに、俺たちを馬鹿にしているというわけでもなさそうだった。
さらなる深淵を覗くべく、メスブタの身辺調査に乗り出そうとしたのだが、屈強な黒服男に捕縛されそうになって以来、心臓の跳躍が止まらなくなっちまったもんで調査を中断せざるを得なくなった。
というわけで、メスブタファイルその1:日暮奈留の情報はこれで以上とする。
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