第51話 袋小路(レオナルド視点)


 レオナルドが、ロディネの本音とセイルの説教から逃げてしばらく経ったある日の事。

 レオナルドはクレアの護衛兼執事の番人にクレアの事で話があると声を掛けられ、向かったカフェで、まさにクレアとロディネの姿を見る。執事を睨めば、しれっとした顔で「騒いだらバレますから、取り敢えず座って話を聞きましょう」などと宣う。レオナルドは渋々遠くの席で会話を拾うことにした。


 隠れて聞いていれば、クレアがロディネに対し、絆を結ぶのはロディネでいいから結婚は自分とさせて欲しいと頭を下げている。確かに以前クレアと話をし、断り半分、もしそれが可能ならそれでもかまわないという思い半分で、そんな風に言ったことはあったが。2人はそれについて怒ったり、愚痴を言いながら話し込んでいる。ロディネはセイルの所で聞いたより、もっと呆れているようだった。

 

「俺は……クレアを切ってまで選んで欲しいなんて思える程の気持ちは……多分、あいつに、ない。君を切ってまで、あいつに選んで欲しいなんて思う事は、できない」

 

 あの時よりさらに拒絶の深まったロディネの言にレオナルドは少なからず動揺した。その後の話は頭には入らず、2人は話を終えて店を出て行く。

ある程度こういう結論になると予想していたのだろう。執事は静かに、レオナルドを諭した。

 

「……これは、貴方の行動と選択の結果です。ロディネさんは貴方がらみでずっと色々我慢されてきた。私はクレア様の味方ではありますが、ロディネさんのことも、気の毒だと思います。そしてクレア様も、ロディネさんがよい方なので、より悩みが深い」

 

 御実家の事を抜きにして、クレア様自身をもっと考えて差し上げてくださいと言って、クレアの執事は去っていく。レオナルドは、しばらく動くことが出来なかった。

 そして日を置かないまま、何も話をする事が出来ないまま、レオナルドは、セイルが死んだ戦いに身を投じる事になる。

 

「……狙いは、ロディネか……!」

 

 敵陣の中、ロディネは上手くあしらっている。だがいくら相手が大した事なくても、この数が群がれば普通に体力が尽きる。

 

「くそ! 邪魔だ!!」

「飛燕ちゃんのところには行かせないよ。あや……勧誘失敗しちゃったのかな? また戦い始めちゃった」

 

 レオナルドから離れた場所で明らかに能力が高い番人に囲まれ、ロディネは四面楚歌の状態だった。善戦しているとはいえ、もう何人も倒して体力も気力も落ちていて、どう見てももう限界だった。

 ロディネは身の軽さが売りで、攻撃を受けない前提の戦闘スタイルだ。ひとつでもまともな攻撃を受ければそこからすぐに崩れてしまう。早く助けなければとレオナルドは焦っていた。

 

「邪魔をするなッッ!!」

「金獅子君ももう結構キテるね~……って! あぁもう! 殺すなっつったのに! あの馬鹿!!」

 

 レオナルドの視界でロディネが血を流しながら崩れ落ちる。

 鳶の番人が怒鳴った声を最後に、レオナルドの理性は引きちぎれた。

 

「あぁぁ……もう、馬鹿……! 馬鹿レオン……!!」

 

 気付けばレオナルドの足にロディネが抱きついていて、周りはロディネに怪我を負わせた蛇の番人と、踞っている鳶の番人と後もう1人。残りは敵も味方もなく、死屍累々と転がっている。ロディネはところどころ血で黒く汚れている。そして抉れた傷、爪の跡。それでも必死にロディネはレオナルドの手を握った。

 しかしその瞬間ロディネの顔色が変わる。それは血を流し過ぎが原因ではなかった。

 

「れお、なるど……俺の声……聞こえ、ない……?」

 

 それでもぎゅっと力を込め、ロディネはレオナルドに口づけをする。一瞬ロディネはレオナルドの心に入り込んだが、すぐ姿は掻き消え、口の中には血の味が残っただけだった。再び攻撃を受けてずり落ちるロディネを支える事も叶わず、一瞬回復したレオナルドの理性は一気に削れ、周囲の敵も味方も抉り飛ばしていく。

 ロディネの怪我が酷い。どうにかしないと。誰も彼も近づくな。

 

「正面からやりあうな! ここまでくれば後は放っておいても自滅する!! もうオチるぞ! まず金獅子を殺せ!!」

「うちの子達は殺らせないよ」

(――セイル! )

 

 後から聞いた話だが、レオナルドとロディネに対する思惑を知らない公安の人間がセイルに助けを求めてくれていたらしい。

 敵味方関係なく壊滅に近い戦場を掻い潜って来たセイルが、レオナルドを殺そうとしていた敵の番人を攻撃する。

 途端、攻撃を受けた番人は壊れた・・・

 レオナルドは直感的に番人が壊れた・・・事が分かり、背筋がゾッとした。捕食者に怯える草食動物のような、本能的な恐怖だ。だがこの攻撃はかなり消耗するのか、セイルは顔を歪めている。何とか自分に襲いかかってきた番人だけを壊してレオナルドの懐に潜り込み、「こんの大馬鹿野郎が!!」と言いながら押し倒した。

 

「あぁ……くそ、恨むよレオナルド。何で僕の最後のキスが君なんだいもう……人命救助だからノーカンだし、完全な獅子の姿だから気分はまだマシだけどさ」

(こんなとこで導きなんて自殺に等しいけど、ロディネの欠片を持ったままの君を、死なせるわけにはいかない)

 

 セイルは盾を乱暴に直し、心の奥深くにいたレオナルドの首根っこを掴んで引きずり出し、胸倉を掴んだ。

 

(最後に1つ。ロディネときちんと話をしなさい。話したその結果が君にとって、よくても悪くても、ちゃんと受け入れなさい。それは君のとってきた行動の結果が生むものだ)

 

 そう言ってセイルは崩れ落ちる。慌てて支えたが胸を押さえていて、苦しそうだ。

 

「セイル」

(つばめを籠にいれるんじゃない。つばめは鳥の中でも特に飛ぶ鳥なんだ……)

「セイル!」


 セイルの意識が、存在が、小さく薄くなっていく。セイルが死ぬのを感じ取っているのか、羽根からはセイルを呼ぶ感覚を、ロディネの感情を感じる。

 ロディネが泣いている。今まで見たことがないそれを慰めるように、消えかけのセイルは羽根のような欠片を撫でた。

 

(ロディネ、君は悪くないのにごめんね……こんな心に傷を残すような形でお別れになってしまって。……レオナルド……大事なことだからもう1回言うけど欠片はきちんとロディネに返すこと。ロディネのためだけじゃない、君のためにも、きちんとけじめをつけるんだよ)

(シルヴィオ、ごめん。おこんないで。どうかロディネを、まあ、ついでにレオナルドも、頼む、よ……あいしてる……)

 

 

 それを最後に、セイルは消えた。

 

 

「――レオン!!」

 目を覚ますと、泣いてぐずぐずのクレアの顔が目に入った。レオナルドが目を覚ましたのは、ロディネはまだ眠っていて、セイルの葬儀が行われる直前の事だった。

 セイルはレオナルドとロディネを庇って、背から胸を毒徒手で貫かれて死んだそうだ。

 

 レオナルドとロディネの関係を邪推し、囮にし、上手くグリーディオのせいにしてロディネを排除しつつ、グリーディオの戦力を削ぐという浅はかな企みは、レオナルドの野生化とセイルによって、グリーディオの戦力を削ぐことだけは成功した。

 だが裏の主目的であるロディネの排除に失敗した上、特務の隊長であるシルヴィオの実質的なパートナーであり、優秀な導き手であるセイルを失った方がよほどの痛手だと、政治家や王室では責任のなすりつけ合いをしていた。ロディネを排除しようとしていた者達自身が排除されようとしているというこの皮肉。

 ただ、ロディネの存在そのものの排除というのは失敗したが、レオナルドとロディネを離すということは、ある意味では成功していた。

 セイルがいなくなり、ロディネが眠っている間、レオナルドの導きは、クレアがしていた。あの戦いでアニマリートもグリーディオもお互い打撃を受け、大規模戦闘はなくなっていたので、してもらっていたのは軽い導きばかりだった。

 だから油断していた。

 

(――レオン、これ……まさか、ロディネの)

 

 何度目かの導きで、クレアにロディネの盾の欠片を見つかってしまった。ただそれはクレアには触れられない。

 

 (その通りだ)

 (何を、言っているの……? これ、いつから……ロディネは知って……)

 

 驚き戸惑っていたクレアだが、導きを止めて戸惑いをすぐ消し、日頃のこちらを窺うような控えめな態度ではなく、強い目線でレオナルドを見据えた。

 

「――知っているはずないわね。ロディネはそういう人ではないもの。それにセイルさんが気付いてなかったとは思えない。……まさか」

 

 どうやらセイルの死に、レオナルドの恣意が入っているのではと疑っているようだが、流石にそれはない。確かにセイルはレオナルドを助けて死んだが、レオナルドはセイルを死なせるためにそうしたわけではない。

 

「ロディネには、目が覚めたら話す・・

「そうね。それはロディネに返すべきものでしょう。ロディネのそれを持っている限り、貴方は私と絆を結ぶことが出来ない。ロディネも貴方がそれを持っている限り、恐らくは貴方以外の誰とも絆を……話す・・?」

「今回の事でよく分かった。俺が例えロディネだけを選んで絆を結んだとしても、結局あいつが狙われ続けることに変わりはない。むしろ、結べば今より狙われるだろう」

「確かに私は結婚だけでかまわないと貴方に言った。けれどロディネはそれに納得していないでしょう? それとこれは別の問題だわ!」

「そうだな。お前とロディネがこそこそ話していた時もロディネはそんな風に言っていたな……お前は悪くない。だが今回の事は遺憾ながら俺の身内や、お前の親、その周辺が狙って仕組んだこと、それにお前と俺に結婚して欲しくない層もいる。そいつらは今回の事で俺を消そうとした」

 

 顔色の変わったクレアにレオナルドは言った。

 

 だからお前が責任を取れ、と。

 お前が上手く手綱を握れ、と。

 

「そのためならお前との結婚はやぶさかではない。そうでないならこの話はなしだ」

 

 クレアの表情が僅かに歪む。

 クレアも年齢的にもう後がない。レオナルドとの結婚という話にならなければ、別の縁談が用意され、あっという間に嫁ぐことになるのは分かっていた。

 ロディネの方はレオナルドと絆を結ばなければ、セイルがいなくなった後釜に据えられるというのは容易に想像できる。ロディネを引き留めるために新たに公安の課長となったシルヴィオならそうするだろう。

 そうなればきっとあいつは塔を出て行けない。セイルが志半ばで放り出した訓練生を放り出していく事は絶対にできない。その間にレオナルドとクレアの間に子が出来れば、五月蠅い連中も黙る。その間はあいつがレオナルドをどう思っていようと構わない。

 ロディネはレオナルドが絡まなくてもグリーディオに狙われている。それらからも守るためにレオナルドは一旦ロディネから離れ、ロディネを塔に押し込める。欠片があれば離れていても察知は出来る。

 

 話を、けじめを。

 確かにそれは正論だ。だがロディネに話したって言うことは聞かない。

 セイルの最後の言葉を聞いてやれないことは申し訳ないとは思う。だが、それは聞けない話だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る