第41話 苛々

 

 荷物のように車まで運ばれ切ったロディネは、そのまま後部座席に押し込まれ、その隣をレオナルドが塞ぐ。

 隣に座るなよと思ったが、助手席にレオナルドが座るのも運転手さんが辛いだろうと、ロディネは仕方なくぎゅっと窓際に寄った。

 どうかみんな無事でいてくれ。車はそれなりに早いはずなのに、その速度をもどかしく感じてイライラしてしまう。


(セイル先生……先生も俺達が囮にされたり巻き込まれたりした時、こんな気持ちだったんだろうか)


 ロディネは逸る気持ちを紛らわせようと、訓練生の頃の事を思い出していた。

 

 

 +++

 

 

「へええ! さっきの子猫ちゃんに子ウサギもだけど……どしたの急に。近年稀にみる大豊作じゃん!」

「くっそ……起きろよ馬鹿ぁ!」

 

 つぴーつぴーとけたたましく鳴くつばめを全く気にもせず、それはそれは嬉しそうに嗤う覆面の男を思いっきり睨んで、ロディネはレオナルドを揺さぶる。しかし反応は全くなく、ロディネは迷わずキスをした。緊急時以外はロディネ側から絶対嫌だと拒んでいるキスでの回復だが、今はまさに緊急事態だし、同意はないけどレオナルド側は嫌がらないだろう。

 勝手知ったるといった感じでロディネは心の奥、盾の近くで倒れているレオナルドを蹴り飛ばした。

 

 (敵前でいきなり落ちるんじゃねえよ馬鹿! 相手強くてギリギリなのは分かるけど、もっと早よ言え!)

 (……悪い)

 (……でもさ、お前のお陰でみんな逃げられたよ。向こうはビアンカとコニィがついてるから大丈夫。だから、だからさ、俺たちもこいつらやっつけるか逃げるかして、早く一緒に塔に帰ろう)

 

 そう言って急いで盾を直し、ロディネはレオナルドへと手を伸ばした。だが、その手をレオナルドが取ろうとした瞬間――

 

「何導きを見逃してるんだ! 早く捕えろ!!」

「――っちょ! 馬鹿!!」

 

 (――――!!)

 (――ロディ! おいっ!! )

 

 導きに集中しても相手は番人や導き手を狙った誘拐犯みたいだから無茶はしないはず。そう高を括っていたロディネは、そのまま何かの衝撃を受けてレオナルドの中で自分を見失い、気づけば塔で治療を受けていた。

 どうやら導き途中で誘拐犯からの攻撃を受け、3日程意識不明だったらしい。心配しきった様子のセイルと、泣き腫らした顔で更に泣きながら抱きついてくるビアンカの隣で、俺より少し先に目を覚ましていたらしいレオナルドが、泣きそうな顔でロディネを見ていた。

 

 +++

 

「――――ディ……おい、ロディ」

「……あ、悪い。ボーッとしてた。何?」 

「――お前、あのチビの番犬気取りがそんな大事か?」

「それが何だよ。お前には関係ないだろ」

 

 うーん。あの頃はまだ、こいつも可愛げがあったのにな。

 さっきの泣きそうにロディネを見る顔を浮かべて目の前の仏頂面と重ねるけど、今は面影も可愛さの欠片もない。

 大体、ネロがチビなんていつの話だ。今となってはあんまりネロと背の変わらないロディネに対する嫌みかこんにゃろう。レオナルドがでかすぎるだけだし、ネロをチビなんて言ったら結構な数の男を敵に回すぞ?

 そう言おうとして……いやまぁ……こいつはそこまで考えてないよなと思い直した。そうだ、そういえば。

 

「なあレオナルド」

「何だ」

「訓練生の頃の塔外訓練でさ、俺はお前の導き途中でグリーディオの奴に攻撃を受けて何日か眠ってたけど、お前はあの時、本当に何ともなかったのか?」

「……ああ。少しは寝てたが、お前のお陰で俺は何ともなかった。お前が咄嗟に導きを中断したからあれぐらいで済んだんだと、当時セイルが言っていた」

「ならよかった。それより先生を呼び捨てすんな」

「むしろいつまで先生呼びするんだ」

「セイル先生はずっと俺の先生だ」

 

 ただの教務の管制官と訓練生っていうより、導き手の師匠と弟子みたいなもんだからな。これ以上何か言うとまたロディネが一方的に怒る感じになってしまうので、聞きたかった事を聞けたロディネは口を噤んだ。

 あの時山中の訓練ではなかったが、ロディネ達はグリーディオを誘き寄せる囮にされた結果、かなり能力が上がった。それでセイルが大激怒していたのを今でもはっきり覚えてる。

 ロディネは車の外へと視線を戻し、さっきまで思い出していた訓練生時代のもう少し先を、遠くを見つめながら思い返した。

 

 +++

 

「先生と特務の隊長さんはとても仲良しですよね」

「どうしたんだい。藪から棒に」

「あの、これを聞くのはあんまりよくないのは分かってるんですけど……先生達は絆契約ボンドを結ばないんですか?」


 セイルは目をまん丸くしてぱちぱちと瞬きをする。

 

「そのうち結びたいとは思ってるけど、僕がこの仕事が好きだから、まだいいよって言ってくれてる。僕もシルヴィオも男だし、女の人みたいに子供を産む年齢とかは気にしなくていいからね……。あとメリア女史もパートナーが女性の番人なのもあって、絆の形に拘ってはいない。……また、何かあった?」

 

 セイルはだんまりを決め込むロディネの頭を撫で、言いたくないなら言わなくていいと言った。つばめはいつの間にか肩から飛んで、セイルの鹿の角を止まり木のようにしている。

 

「導き手はさ、その特性もあるけど、基本的に他人の意図を組んで動く優しい人間が多い。その中でも君は特に優しい部類だ」

「そんなことないです」

「そんなことあるよ」

 

 セイルは笑ってロディネを見つめたままだ。ロディネは視線をちょっとずらしてぶっきらぼうに言ってしまう。

 

「……だって俺、すぐ怒りますし。セイル先生やメリア先生とか、コニィの方がずっと優しいよ」

「僕やメリア女史は職業柄というのが強いし、コニィは温和に見せかけて、自分の懐外はとてもビジネスライクだよ。でもロディネは基本優しい。レオナルドに対してあれだけ根気強いのも含めてね」

 

 だから、これは言っとく、とセイルは真剣な顔をする。

 

「優れた導き手ほど番人の心に触れるから、拒否や拒絶が苦手な傾向にある。君は普段はっきり物を言うし、気が短いところもあるからパッと見は問題ないように見える。だから他の人が気づきにくい。でも僕が今まで見てきた中で、1番拒絶が苦手だ」

「そんなことないと思います」

「いやいや……じゃあ、言い換えようか。見捨てられない、という方が正しいかもしれない。それは君の美点であり、弱点でもある」

 

 そう言い換えられてしまうとその通りだ。ロディネは反論する言葉をなくして黙り込んだ。セイルは優しく微笑んで、「だからね」とロディネの頭を撫でた。

 

「何でも君が汲んで動いて許してあげる必要はないということを覚えていてほしいんだよ。普段はそれでもいいけど、大事なことは対話すべきだと思う。口頭でも精神感応テレパスでも方法は何でもいいけど」

 

 ロディネは訓練生の最後の方、導き手としての能力をレオナルドのためだけに使えとよく言われていた。ただそう言ってくる人の中には、ロディネとレオナルドが絆を結ぶべき。いやいやレオナルドはクレアと結婚して絆もクレアと結ぶべき。もしくはレオナルドはクレアじゃなくてもいいから誰か女性と結婚して、ロディネは仕事上のパートナーに徹するべき――等々色んな事を。

 悪意のありなしは半々くらいだった。なかにはどう答えていいか分からないロディネに苛々している人も多い。


(でも、でもさ)

「――せんせい……」

「うん」

「俺、あいつの事はそれなりに大事だけど、あいつが好きかは分かんない……でも、もしあいつが俺を好きだと思ってるなら、ちゃんと言って欲しい。そうじゃないと考えることも出来ない。俺、クレアの事だって、嫌いじゃないんだ」 

「クレアの事も含めると、なおのことあの子は馬鹿だね、本当に」

 

 +++

 

(ホント馬鹿)


 ロディネは一度、この事をそれとなくレオナルドに話した事がある。まあ、その時の回答は「お前以外の導き手と相棒になるつもりはない」という何とも微妙なもので、でもロディネから何度も聞くのもなんか違うよなと、それ以来確認はしなかった。そのまま拗れてまあまあ酷いことをレオナルドに言われ、バディを解消してそれっきりだ。

 

 ロディネとレオナルドが一緒だった期間は、囮にされる前が一番平和で、ロディネに色々言ってくる人もまだ少なかった。ロディネとレオナルドは、正直結構いい相棒だった。それ以降も周囲から見れば、みんながごっそり勘違いしていたように、表面上は確かにそんな変わりがなかったと思う。

 しかし結婚や絆契約ボンドが絡みはじめて、ロディネはもちろん、きっとレオナルドも色々言われていたんだろう。明らかに何かがずれ始めていた。

 こんな関係ではなかったのに。何でこんなことになってしまったのか。決定打はやはり結婚だが、今思えばそれより前から色々おかしくて、ロディネはレオナルドが信じられなくなっていった。

 だから今のこれは、なるべくしてなった結果なんだろうと何となく思っていたが、今は、はっきりそうだと思う。思い返せばセイルも結構呆れていた。……にしても。

 

「早く着かねぇかな……」

「一部の特務も教務の訓練担当の導き手も向かっているんだ。急いても仕方ないだろう。それにお前は到着したところで小塔待機だ」

「そんなの分かってるわ。分かってるけど、心配なんだよ」

 

 レオナルドと話すのを避けても、昔を思い出しても、ネロ達を心配する気持ちはやっぱり誤魔化せない。だから、何か言いたげな視線のレオナルドの事はそっと視界に入らないよう、また視線を外に戻す。何でもロディネが汲む必要はないって言われたことだし、と。

 でも気づいているのを無視したところで、やっぱり何も誤魔化せなくて、ロディネは流れる景色にすらただひたすら苛々していた。

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