第37話 ハンバーグ地獄の夜
星ノ瀬さんの家を会場として、俺たちは調理実技テストの対策に励んだ。
なお、献立とレシピ自体はあっさりと決まった。
今回のテーマは『挽肉をメインに使った夕食』なのだが、もの凄く無難にハンバーグ定食にしたのだ。
ハンバーグ、トマトサラダ、コンソメスープ、ライスの簡単夕食セットで、ハンバーグ以外はかなりお手軽だ。
ちなみに、テストはこの献立も評価対象であり、あまりにも簡単な料理――たとえば目玉焼きだけみたいな手抜きだと大きく減点される。
その点 ハンバーグは簡単でもなければ難しくもないちょうどいい料理と言えるだろう。
まあ、そこまではよかったのだが――
「ぼびゃっ!?」
「あ、ああああ!? ご、ごめん久我君! つい手が滑って!」
突如飛来した生ハンバーグが顔面に直撃し、俺の視界がピンク色に染まった。
どうやら、星ノ瀬さんがハンバーグの空気抜きキャッチボールをミスって、肉の塊が空中を飛んだらしい。
まあ、目に入ったわけでもないので大したことはないのだが……。
「ほ、本当にごめん……! もう、どうして私ってばこう……」
ペコペコと頭を下げる星ノ瀬さんは、度重なる失敗に大分気落ちしていた。
もうかれこれ料理の練習を始めて四時間ほど経つが……星ノ瀬さんの調理ミスはかなりの頻度で発生している。
ハンバーグに混ぜるパン粉の代わりに食パンをそのまま放りこんでしまったり、サラダの水切りを忘れてすごく水っぽくしてしまったり、コンソメキューブと間違えて角砂糖を入れて砂糖水を作ってしまったりと、枚挙にいとまがない。
(本当に苦手なんだなぁ……)
まあ、誰にだって不得手はある。
スポーツにおいてボールをキャッチできない人は珍しくないし、どれだけパソコンを習っても操作がおぼつかない人もいる。
本人と波長が合っていないため、技術の習得効率が他人よりも大分遅いのだ。
(でも、本当に努力は惜しまないよな。そういうところ、凄く尊敬できる)
冷蔵庫のタッパーの中には、これまで失敗したハンバーグの残骸がいくつも並んでいる。生っぽくなってしまったり逆に焦がしてしまったりした奴で、これまでの星ノ瀬さんの苦難の奇跡でもある。(なお、あとで食べれるように工夫して美味しく頂くつもりである)
普通、こんなにも不得意なことなら嫌になって投げ出したくなる。
けれど星ノ瀬さんはそれをしない。
俺に任せることもなく、『リーダーの私が皆に調理の指導ができないと意味がないから』と自分が調理工程を習得しようと必死なのだ。
「……あと弱火で一分……今度こそ焼きすぎないように……」
数えること六回目の挑戦に、俺も思わず固唾を呑んで見守ってしまう。
途中で買い足した材料も、そろそろ底を尽きかけている。
「ど、どう久我君!? これってもしかして成功!?」
「おぉぉ……」
六作目のハンバーグは、これまでと違ってきちんと焼き色がついており添えられたニンジンのグラッセとベイクドポテトも、全く問題ない。
コンソメスープ、サラダ、ライスはすでに完成しているし、後はこのメインのハンバーグが問題なければ……。
二人で祈るようにメインディッシュを見つめながら、俺はそっとハンバーグに箸を入れる。すると中からは溢れる肉汁とともに見事な焼き色が見えて、実にほどよく焼き上がっているのが確認できた。
「よし、これで完成だ……! よく頑張ったな星ノ瀬さん!」
「ほ、本当……!? や、やったわああああああ! ちょ、もう、何だか涙が出てきちゃったんだけど!」
まるでRPGのラスボスを倒したみたいない雰囲気だが、夜遅くまでハンバーグと格闘していればそうもなる。
まだ反復練習は必要だけど、ひとまず完成までこぎ着けることはできた喜びが俺たちには溢れていた。
「しっかし……すっごく疲れたわね……」
「ぶっ続けで四時間だもんな……」
疲労困憊になった俺たち二人は、台所の片付けもそこそこにリビングのソファに揃って腰を下ろした。
もうすっかり暗い時間であることもあり、二人ともヘトヘトである。
「ふぅ……こんなものしかないけど、ちょっと片付け前に休憩しましょ」
「ああ、サンキュー……」
手渡されたミルクティーのペットボトルを開け、お互いに喉の渇きのままにゴクゴクと呷った。疲れた身体に、こういう糖分アリアリの飲み物はとても効く。
「いや、本当にありがとう久我君……多分、君のアドバイスやダメ出しがなかったら、この十倍くらい時間がかかっていたわ……」
「いや、星ノ瀬さんはとんでもなく頑張ったよ。正直、感動した」
「ふふ……五人分の材料を失敗で使い果たした時は、ちょっと自分の度を超えた不器用さに絶望したけどね!」
ひとまずの成果を出してようやく少し気が楽になったのか、星ノ瀬さんは自嘲しつつも可笑しそうに笑った。
「あとはまあ、もう少し反復練習すればいけると思う。料理って手順さえ間違えなければ失敗はしないし、実技テストの採点もそこまで辛くはないしさ」
実技テストの採点はそこまで厳しくはない。
献立・レシピを真面目に作って当日に皆が真面目に調理さえすれば、数人が失敗したとしても補習まではいかないだろう。
「ええ、これでかなり安心できたわ」
ソファに深く身を沈め、人心地ついた様子で星ノ瀬さんは言う。
「これで皆の期待に応えられる。皆をガッカリさせないで、ちゃんと求められたことを果たせるわ」
「…………」
安堵が気を緩ませたかのように、ふと星ノ瀬さんの口からそんな言葉が漏れた。
それは、単に彼女の誠実さと真面目さから出ただけの台詞にも聞こえる。
けど俺は、それを聞き流すことができそうになかった。
「なあ、星ノ瀬さん――」
「ん、何?」
同じソファに座る俺に、星ノ瀬さんが不思議そうな顔を向ける。
その様に、俺は胸に抱いた言葉を口にするか一瞬躊躇したが――それでも止まることはなかった。
「もう今後は、苦手なことは断ってもいいんじゃないか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます