第31話 夕焼けの街を二人で歩く
「どう? 普段と違うスタイルで街を歩くと、何だか気分がウキウキしてこない?」
「まあ、確かに……なんとなく景色が新鮮に感じる」
美容院を後にしたあと、俺と星ノ瀬さんはもう薄暗くなり始めた街中を歩いていた。
歩道には仕事帰りのサラリーマンなどが目立つようになり、飲食店などの人入りも多くなる時間帯だ。薄闇と喧噪が、一日の終わりという雰囲気を醸し出している。
「それがお洒落ってものなのよ。そんなに難しいことじゃなくて、今の自分よりカッコよくなりたい、っていう願いをちょっとずつ叶えていくの。身だしなみはもちろん、見た目をできる限りよくするのは恋愛の基本だし」
「それはもちろんわかる。でも、お洒落しても自分が本当にカッコよくなってるのか単なる自己満足なのかがわかりにくいな……あと、お金がすっごいかかる」
「そう、それなの! お洒落のハードルは大体その二つなのよね!」
普段からそこに悩んでいるのか、星ノ瀬さんは大きくため息をつく。
ただまあ、俺からすればお金はともかく星ノ瀬さんほどの美人だったらどんな髪型や服でも絶対似合うだろうし、その辺は悩む必要がないんじゃないかと思う。
「特にお金がね……はぁ、将来はデパコスとかブランド服とかをガンガン買えるようになれたらなーとか思っちゃうわ」
「星ノ瀬さんなら、将来アイドルでもモデルでも何でもなれて、かなり稼げるんじゃないか? こういう街中とか歩いてたら、スカウトとかされたりしてさ」
「うーん、実を言えばたまにあるわね。でも、自分の見た目をアピールするのはちょっと苦手だから、全部断ってるけど」
何の気なしに言ったことだが、本当にスカウトされていたらしい。
まあ、俺がその業界の人でも、こんな美少女が歩いていたらとりあえず声をかけるだろう。
(しかし……自分の見た目をアピールするのは苦手、か)
星ノ瀬さんは、眩しい程に美しい少女だ。
こうやって街中を歩くとすれ違う男性の多くが彼女に注目するほどであり、冗談抜きで不世出のアイドルにだってなれるだろうと思う。
けど、当の星ノ瀬さんは自分の美貌を活用するのに抵抗を感じているようにすら見える。
「ふふ、それにしても久我君は凄いわね」
「え……?」
「私が恋愛レッスンを始めてからそんなに経ってないのに、確実に女子に慣れていって、話術や心構えも成長しているじゃない。いいねポイントだって集まってきているんでしょ?」
夕暮れのオレンジ色に染まる景色の中で、星ノ瀬さんは無垢な笑みで俺を褒めてくれる。
生徒の成長を喜ぶ、熱心な先生のように。
「何より凄いのは、やっぱり熱意ね。まさか毎日自己練習してるなんてびっくりよ。真面目というか熱血というか、君の恋愛に憧れるエネルギーを見誤っていたわ」
「いや、それは何度も言うけど星ノ瀬さんの指導がよかったから――」
「ううん、私は教科書通りのことを教えただけ。結果が出たのは、久我君が私の想定の何倍も頑張ったから」
星ノ瀬さんはそう言ってくれるが、俺としては他の誰でもない星ノ瀬さんが恋愛教師になってくれたおかげだと思う。
教え方もさることながら、彼女は俺を笑わない。
俺の悪あがきのような恋愛への努力を、いつだって星ノ瀬さんは肯定して褒めてくれる。
だからこそ、俺はもっと自分を高めたい。
恋愛できる自分になりたいのはもちろんだが、それ以上に――この素敵な女の子の尽力に応えたいと思うから。
「いつか、君はFランク脱出どころかたくさんの女の子にモテモテになるかもね。そうなったら、私も流石にお役御免かな」
「…………」
どう考えてもそんなモテ期はこないと思うが、それでも俺がある程度恋愛ランキングの順位を向上させることができたら、確かに星ノ瀬さんの契約は完遂されたことになる。
それは俺にとってのゴールでもあるのに――そんな『いつか』を想像するのはひどく抵抗があった。
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