光、麗らかであれ

@mikamiyyy

第1話①

「はぁっ……はぁっ、はっ、はぁ、はぁ」


 息を整えるために彼女は深呼吸をする。

 関所にいる従者や傭兵たちを眺めた。関所の近くの森の奥でオレンジ色の光がゆらゆらと揺れている。見えない壁でもあるかのように、その光はその壁を破ろうとはしなかった。

 しばらく、彼女はその光を見つめた。彼女を追ってきた傭兵の数はどんどん増え、それに反比例して心臓の音が小さくなる。


 次々と増えていくランタンの灯り。


「できるだけ、遠くに行くといい—————」



———————————————



「エリンちゃん!起きて!」


 納戸色のミディアムヘアーが揺れ、肩を叩かれる。


「ぅぅ……はっ!寝てた!!!」


 目を開けると、おばさまの顔が視界目一杯になる至近距離に居た。カウンターから身を乗り出して、私の肩に手を乗っけている。

 私は椅子に座ったままうたた寝をしていたのだ。なんと言う失態、店員として恥ずかしい。

 少し顔が熱くなった。


「んもぅ、ちゃんと寝れてるのかい?ご飯も食べてるの?」


 おばさまは頬に手を当て、心配そうにこちらを見る。


「寝てるし、食べてるよ!心配かけてごめんね」


 重たい瞼を上げ、椅子から降りる。おばさまが手にしている商品をカウンター越しに受け取る。値段を確認し、値札を外し、慣れた手つきでラッピングしていく。


「いいのよ、私の可愛い孫娘みたいなものだし」


 このふくよかで品のある格好をしたおばさまは、この宿場町一番の有名人だ。複数建物を持っていて、顔も国内外に広いらしい。もちろん、このお店の建物も大家さんのであり、身寄りのない私のことをとても大事にしてくれていた。

 風邪を引いた時は看病に来てくれて、お店が潰れそうな時は「自分が思ったように、好きなようにやりなさい」と出資してくれた。


「今日は便箋を買いに来たのよ~あと、エリンちゃんのお菓子もね」

「嬉しい~~おまけしちゃう~~」


 おばさまのおかげでこのお店は活気がつき、今では小麦や砂糖を買ってお菓子を売ることもできるようになった。その収支をおばさまに家賃とは別で御礼として渡している。


「あははは!ありがとう!」

「はーい!また来てくださいねー!」


 おばさまがこのお店から見えなくなるまで見送る。おばさまは商店へ足を止めていた。

 緑と共存した街で、みんな助け合っているいつもと変わらない風景。


 ここはウィスタンデ王国、アヴィッツ辺境伯領。隣国・カーディリア王国と隣接していて、商人達の休憩場として宿や、食堂、屋台が多く並んでいる。


 私のお店もその一部だ。野営セットや薪、便箋やペン、趣味のお菓子などを売っている。

 ずっと見てるのはいやらしいので、エリンは自身の店へ戻った。さっき寝てしまった分の時間を取り戻さなければならない。店に戻り、商品棚の掃除と陳列をしていると、店の扉が開いた。


「いらっしゃい!」


 お客さんに振り向くと、明らかに何かを買いに来た人ではなかった。アヴィッツ辺境伯家の紋章がマントに描かれているのが、窓の反射で見えてしまった。


「魔法使い、エリン・フォルガデモさんでお間違いありませんか?」

「は、はい」


 魔法が使える人のことを、魔法使いと呼ぶのが一般的で、魔法が使えることは大変名誉なことであるのだ。

 確かに私は魔法が使える。けれど、このこの街に来てからは使えることを隠してきたし、使ったことは一度もない。


(どこかで情報が出回っているんだ……大金を払って情報屋から買ったんだろう)


 多分ここで誤魔化したとて、きっと調べはついている。逃すはずがないと言う確信で、アヴィッツ辺境伯は一人の従者をここに向かわせたのだろう。


(権力に物言わせちゃって。ほんっっとうに嫌になる)


 外にはいつの間にか馬車が停まっていた。アヴィッツ辺境伯の紋章が刻印されている。店の前を通る人々が、その馬車を見つめ店の中の様子を伺っている。


「アヴィッツ辺境伯から、専任魔法師として側仕えに迎えるように仰せつかっている。今前に停めている馬車は、1時間後にここを発つ。それまでに身支度を済ませるように」

「そんな…困ります…」

「名誉のあることです。喜ばしいことですよ、衣食住も保証されています」

「困ります!!いくらなん」

「今あなたが断れば、あなたも、あなたの周りも、我々も、どうなるかわかるでしょう?」


 言葉を被せるように、焦燥感のこもった怒声が浴びせられた。顔を見れば、追い詰められたような顔をしていた。

 私が断れば、この人は多分失職するか、罰せられるかのどちらかに違いない。私の家族はこの国のどこかにはいるが、きっと見つけ出すことなんてできない。


(私は別になんともないけど、多分この人は…)


 この人が焦るのも無理はない。今この人は、この先の人生に関わるものを目の前にしているのだ。

 この人の主人であるアヴィッツ辺境伯の地位が、失墜しかけているのである。度重なる事業の失敗や、その度に暴かれる悪事などにより、陛下や周りの貴族にも信用されなくなってしまったのだ。爵位の剥奪もあるのではないかと、巷で噂をされているくらいだ。

 アヴィッツ辺境伯は私のことを切り札とでも考えているのだろう。魔法師は世界的にも貴重で、それ故にステータスとなる。貴族の多くは側に魔法使いを置き、権威を示すために有能な魔法使いを集める貴族もいるくらいだ。

 辺境伯の罪の尻拭いに使われたくなんかない。それに、私はお金で買われるような人間になりたくなんかない。

 どうにかしてこの人を今、この場から離れるように仕向けないと。


「…私にだって予定があります。今日すぐここを離れるわけにはいきません。お優しい辺境伯なら、それくらいの融通はききますよね」

「……えぇ。では今日の日付が変わる頃、迎えに来ます。それまでに準備を済ませておいて下さい」


 長考の末、あっさりと帰っていった。

 馬車の紋章を隠さなかったと言うことは、公にして断りづらくしようとしているのか。

 いくら考えても仕方のないことなので、エリンはお店を閉めて急いで家を出る支度を始める。


(日が暮れてからが勝負よ)


 おばさまに対する手紙を書き、ボストンバッグに食料やお金、魔法を使うための杖を入れる。

 あっという間に日が暮れてしまった。街は家から漏れる光と、魔法が施された街灯と月明かりで照らされている。店の前の通りがメインの通りで明るいが、裏は森になっているため月明かりのみである。

 愛着のある家を見渡す。アンティーク家具で一式揃えて、シャンデリアも買って…。お店を始めた時から、近所の人たちや商人が訪れてくれたこのお店。


「おばさま……みんな……勝手にいなくなるけど、ごめんなさい」


 考えただけで目から涙がこぼれそうになる。

 恩を仇で返すようなことをしている自覚はある。何も言わずに去るなんて本当はしたくない。


(ごめんなさい、おばさま)


 静かに裏口から家を出て、この街を後にした。

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