朝食後、再度歯を磨いたり何だりして、溜め込んだ洗濯物を洗濯しにランドリーへ向かった。

入寮してすぐ、紅騎と菫が気まずくなった日の夕方菫と話した後で洗濯に向かった時、ボクはこの男子寮での洗濯はそう簡単ではないことを思い知った。いつ混むか、時間のことは菫も教えてくれたけど、空いていたとて洗濯し、皆みたいに乾燥終了まで放置してランドリーから離れると勝手に次洗濯したい人に開けられ中身を出される恐れがあったのだ。平然と中身をその辺のカゴに出される。だから皆、名前の記入は勿論いつも靴下の片方を探していたりする。


自分は、女子寮に入寮するものと思ってこの場に来た身だ。バックパックの中身の大半は可愛げがないにしてもあくまで女子の物だった。だから、見られて一発アウトになりそうな物はタイムカプセル並みにバックパックの最奥に、圧縮袋でガチガチに固めて沈めて。ただでさえ少ない荷物から厳選されたカスみたいな衣類と、怪しくない程度に追加で通販を頼んだインナー類…何と、初めましてのぼ、ぼぼぼぼくさあぱんつまである……!! 決して紅騎のそれを見て真似たのではない。

決して。

意外と履き心地良かったそれは兎も角、幾ら無い・・にしても上の下着はどうすることもできないからほぼ薄らカップ付きのタンクトップでやりくりしている。

それを見張るために洗濯乾燥中は離れない、か洗濯終了時点で必ず目の前でスタンバイするようにする。そうなると、洗濯チャンスは大幅に減少した。

ただでさえ少ない衣類。一回の洗濯チャンスを逃すと大事、


なの、だけど……。


『部屋替えるとか言うな』


紅騎は、優しいからああ言ってくれたけど。ボクはもし急に紅騎の気が変わってやっぱり替わってくれとなったとしてもすぐ対応できるようにしておきたくて、洗濯の前に一階、一番端にある寮長さんの部屋へと爪先を向けていた。


「……」


訊くだけ。訊くだけ訊いてみよう。寮長さんという偉大なお方の部屋だと思うと変わらない作りの筈なのに妙に重々しく感じられる。確かにドア横の名札には“斑鳩”の名前があって、

あって……


「あの」

「何」


後ろを振り返る。ドアの前に立ってから背中に突き刺さって仕方がない視線があった。その発信源を振り返ると、消火器に隠れた—実際には全く隠れられてないが—小柄で可愛らしい寮生の姿があった。

色素の薄い、天パを思わせる髪、お揃いの色をした睫毛も大きな瞳の上でクルンと上がっている。


「寮長さんに用でしたらお先にどうぞ」


横入りしてしまったかと一歩引くと、小さな唇がムッとへの字に曲がって「いい。早く呼んでよ」と返ってきた。もしかしたら寮長さん、この子とかくれんぼ中? その可能性も視野に入れつつノック。数秒待ってみて、過去に菫にノックして叱られた経験が頭を過ぎった頃、ギィィ…とドアは開いた。


「…んだよノックすんじゃねぇよ●すぞ……」



怖。



え、誰この人!!


すっぽり覆われた影の中で、「あれ。純?」と聞き覚えのある声がして、やっとそれが確かな寮長さんだと受け容れることができた。ノースリーブをお召しになられている黒髪長髪寮長さんもやはりノーノック派だったらしい。いや、いやいや、何を隠そう一番始めにノーノックを思い知らせたのはこのお方だったではないか。それにしても怖すぎるが。何より極刑

もしや後ろで控えているあのボーイはこれを知っていてボクにノックさせたのか?


「おはようございます寮長さん。失礼ですが実年齢は三十八歳だったりしますか?」


「本当に失礼だな。二十も鯖読めてたら逆に大したもんだろーが。


で、夜這い?」


目を擦りながら何処かで聞いたよう言葉に、口では「もう朝ですよ」と返しかけていた。


「朝這いです」


最後までツッコミきれなかったのは、それが遮られたからだ。ボーイが出てきた。隣に並び、寮長さんを見上げる。ボクは並ぶとしっかり自分より背丈があったことにややショックを受け、寮長さんは「ん…ぇ、誰」としょぼしょぼの目を凝らした。ここでかくれんぼ説は消える。それどころか面識もなかったらしい。


まさか、ストーカー?


自分を餌に、寮長さんを誘き出してしまったのか? と汗が噴き出す。だとしたら●されても仕方がない。


「あ。あー…? あれか、一年か?」


「そうです305号室の御子柴みこしばはなおです!」


305号室……真上だ……。そういえば昨日、潮が何か言っていた気がする。あれもこの子だったのかな。

一年生だったのか。


寮長さんは肩からずり落ちたタンクトップを上げて「わりーな。まだ今年の新人頭に入れきれてなくて」とまだまだ眠そうに笑みを作る。


「もう五月も終わっちゃいますよ!? じゅ、受験生だから忙しいのかもしれないけど…でも僕だけでも覚えてください」


「おー。まめしば はなまるな」


「ちょっと違う!!」


「純はどうした?」


身長差か体格差かそのどちらもの所為か、側から見たら園児の言い分を順番に聞く先生みたくなっていそうだと思いつつ、ちら、とはなおを気にした。


「ん? 二人きりがいい?」


秘密に関わる事だと察してくれたのか小首を傾げた寮長さんにいえ、と首を横に振る。はなおに噛み付かれそうだったのもあり単刀直入に「相部屋の入れ替えって可能ですか」と訊いた。


「純、おまえ…」


「じゅ〜〜〜〜ん〜〜〜〜!!?!?」


その時、ずっと言い出す機会を窺っていたかのようなタイミングで廊下の向こうから地響きと共に自分を見つけ、呼ぶ声がした。その声はあっという間に近くなり寮長さんに「猟犬かよ」とドン引かれた紅騎の姿が現れる。


「あ、昨日二年生のMVP獲ってた騎士様だ」


情報量が多い。確かに一年生に騎士様と呼ばれているって湊が言っていたけれども。鼻の利く猟犬でありMVPであり騎士でもある紅騎はボクの首根っこをとっ捕まえた。


「洗濯の割には遅いし何か嫌な予感するしで捜してみればこれか。目離すとすぐどっか行く」


「どっか行ってもいいじゃん」


またしても目前で阻止されたことに唇を尖らすと、「いいけど」と意外にも、ちょっと困ったような声色が耳に入って解放される。


「おまえらなぁ。ちゃんと話せ? な。話せなくてどうにかしたいって悩み相談なら受け付けるけど話してもないのにどうにかしたいって悩みを受け付けるほど俺も暇じゃねーのよ」


「そうだぞ。三年MVPの寮長さんはお忙しいんだぞ」


「解ってるならおまえも部屋戻れ」



「…純、ちょっとこっち来て」


まだ困ったような眸をしていた紅騎に腕を引かれ、急いで寮長さんに挨拶をして、その場から離れた。



またしても洗濯という目的を達成せず部屋に戻ってくると、早速じと…とした目で紅騎が振り返る。

「純」


「紅騎は部活、午後からなんだよね? 取り敢えず座りますか」


「お、おー」


チラチラこちらの顔色を窺ってくる紅騎とローテーブルを挟んで着席。一度は持って出た洗濯物入りのトートバッグを肩から下ろしていると控えめな溜息が耳に入った。紅騎は神妙な面持ちだ。


「あのさ、正直に言ってほしいんだけど。

純は俺との相部屋、解消……したい、感じ?」



“正直に”——そう言う割には、紅騎の方こそ何か本当の事を言えてなそうな言い方だ。


でも、確かに。偶然とはいえ短時間に二度も相部屋の人間が第三者に入れ替えが可能かどうかなんて訊いている所に出会せば良い気はしないだろう。



「紅騎ごめん」


「あー…そ、か」


「? 何が?」


「え?」


先に嫌な気持ちにさせたことを謝ったら、何かを納得された。それを訊いたら疑問が返って来て、二人して小首を傾げて見つめ合う。


「嫌な気持ちにさせた。今紅騎との相部屋を解消したいとかじゃなくて、紅騎と菫の仲を不安定にさせるくらいだったらボクが距離を取るのが最適解だと考えたんだ。それか紅騎の気が急に変わることだってあるかと思って、それに備えておきたかっただけだ」


「……純。まず、俺が純に出て行ってほしいと思うことはない」


「そんなのわからない」


「ない」


人に訊く時は不安そうな仔犬みたいな表情かおをするくせに、こういう時ばかり真っ直ぐこちらを見てきて非常にずるい。ずるいのは紅騎だ。


「だって、ボクはもう菫とも友だちだから。親友の紅騎が嫌だとわかっていても菫と話さなくなるなんてきっとできない」


「親友の紅騎」


紅騎が思いの外優しいことにも感極まり鼻水が出てきたボクとは対照的に、紅騎はそこだけを拾って眉間に皺を寄せた。


「誰と誰が親友だって」


「え? 紅騎と菫しかいないよ」


ズビ、と鼻をすすりながら答えると、口を一の字に噤んだ紅騎は身震いした。



「もしかして……初めからそれを言ってた?」


「うん、初めからそれを言ってたけど」



「ッッハ〜〜〜〜〜〜〜〜!!」


「何!!?」


突然盛大すぎる溜息と共に後ろにひっくり返った紅騎にびっくりする。その際、思い切り後頭部を壁にぶつけた音と地響きが伝わってきたが本人は全く気にしていない様子で「何だよも〜」と明るくなった声だけが聞こえる。こちらの台詞だ。


「え、じゃあ…何? 純は菫と相部屋になりたかったわけじゃなくて」


追い付いてないのに勝手に整理し始める紅騎の枕元に膝を進めて「ならないよ、紅騎が俺の方が菫と仲良くするって言ってるのに」と訂正すると、ドン引いた表情の紅騎が「冗談でもヤメテ。キモチワルイ」と顔を蒼くした。


「え! 何でよ、言ってたじゃん」


「イッテナイ。イワナイ。それ、『俺より』の捉え方間違えてねぇ?

俺は純の言い方で言うと『俺の方が純と仲良くしたいのに』って言った」


「……へ」


「なのに菫とばっか楽しそうにすんな! ってこと!」



紅騎が?

ボクと仲良く?


そこで思考停止していることに気付かずほんのり赤い程度の紅騎が言いたいことを言い切ってボクを見上げた時、小さな声で真っ赤、と呟くのが聞こえた。


「なに、どーした」


「いや……まさか紅騎が、そこまで仲良くしようと思ってくれてたとは思わなくて。偶然相部屋になったから優しさで、まぁ面倒見てやるかくらいの感じかと」


「オイ…俺がめちゃくちゃ純と仲良くしたい奴みたいじゃん…否定はしねーけど。面倒見てやるかってのも間違いではないけど。

……純が、予想できた何倍も格好良い奴だったから。面倒・・、俺に寄越せば? って思った程度っつーか」

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