1.大人になって

第14話

朝からまだ週の半分もあると憂鬱な水曜日と華金に浮足立つ金曜日の間に存在する木曜日。此奴が厄介で。


ちら、と視界の端に在るPC画面上の時刻を確認。

入社後間も無くないならないで不便に感じたその日に駅中の適当な雑貨屋の店頭に売れ残っていて買った腕時計で二重に確認すると、やはり針等も22時45分に差し掛かろうとしていた。


はぁでもふぅでもある鼻息が零れたらPCをシャットダウン、自分の他に居残りがいるのかいないのかも定かでない、広い社内で席を立つ。


桃実ももざねさんお疲れさまです」



「っ、…お疲れさまです」



オフィス出口に向かう途中、突然掛けられた声に躓く。驚いたというより、音声で判断した性別による反射的な嫌悪感からだった。


男は少し不思議そうな表情を浮かべ、小さく会釈の後仕事に戻って私は足早に会社を出た。





いつの間に雨が降ったのか、街灯に照らされそれを知らせるコンクリートをぼーっと見下ろしながら、低いヒールですら脱ぎたくなるのを堪えて古いアパートの一室に辿り着いた。



毎日、殆ど変わり映えのない。生活を繰り返した月曜日から今日・木曜日まで。掃除しようしなきゃを繰り返し後回しにした土日の分、という事は少なくとも一週間分の散らかりを積もらせたこの可哀想な家に————



だった筈、だが、立ち尽くした玄関から見た我が家は

何故か綺麗に片付けられていた。



今朝、家を出た時の光景とまるで違う。



勿論、私がやったわけではない。



足元に視線を落とせば雨の足跡。



この摩訶不思議な現象は既に経験済みだった。



肩から下に重くのしかかっている疲労はそれに対して驚いたりゾッとしたりするHPを残してくれてはおらず、やっと窮屈な靴から解放された脚はフラフラと、その割には一直線に布団の前まで向かった。

既に疲労と共に肩からずり落ちていた鞄を一切屈む事もなく置き棄てると同時に、目の前に—これらの行動から明らかに私がやったとは思えない—角を揃えてきちっと折り畳まれたパジャマを摘み上げる。


無論、畳んだ記憶はない。



街灯か月明かりかの柔い光のみが指す暗いままの六月の湿度の高い部屋で、パジャマの柄こそ見てとれないが輝いて見える。


もそもそと服を脱ぎ終えたか終えないか、着終えたか終えないかの狭間で猛烈な眠気に襲われた身体が宙に浮き、今の私には耳に心地良い倒れ込む音が無音を裂く。



それは、だいきらいな木曜日の夜の悪夢へと誘う音。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る