第32話

「ひゃ…っ」


流石に驚いて強く押さえ込むも、Tシャツの中のくちづけは止まなかった。



「ゎ…っわ、ゃめ」


体温が急上昇するより先に、くすぐったいのに言葉が出ない。脚に、腰に、力が入らなくなって立っていられなくなった時、男は顔を上げたかと思いきや


“立ったままでも?”


と訳の分からないことを尋いてきた。



「えっろい格好したおまえが悪い」



「格好!?こ、れはだって、起きたらたくさん虫に刺されたみたいな痕があって…服も、起きたらこの服で…」



胸元を強く握る。見慣れない、見上げてくる男は拍子抜けした表情を一瞬だけ見せた後「阿呆か」と小さく呟いた気がした。



そうして如何にも高級そうな腕時計を見遣り、私を見上げてから小さい子にそうするように簡単に抱き上げた。



「な、」


「今抱いたら昼休憩超えるからなー」



意味を尋いたら怖そうなことを言いながら寝室まで運ばれベッドの上に寝かされる。驚いたのは、同じようにベッドに運ばれた一度目とも二度目とも違って、乱暴じゃなかったこと。




「何か」




「いえ…」


思わず見つめてしまった。男はあっそとだけぶっきらぼうに返してベッドに背を向ける。


考えている間に去っていく背中に一か八か、声を振り絞った。



「あの!…ありがとう、ございます。熱があるって気付いて下さって。色々してくれて」



声を掛けられた時、少し急いで来た雰囲気があったから。

さっき腕時計を気にしたから。

お昼休憩の間に、大事なお昼ご飯も食べる前に様子見に来てくれたのかなと思った。



それから、おじやも。



薬も。

引っ越してきた時、常備薬買い直そうと思っていたから買ってなかった。

あったってことは、もしかしたら。




「…抱かれたいなら抱いてやるけど」




振り向いて、そう言って、ベルトに手を掛ける男には咄嗟に布団を被る他なかった。













————は、玄関を出た後しゃがみ込み、溜息を吐き出す。





「……っとに…。……鎖で繋いでおきてー…」

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