第5話
◇
「なぁ、猪戸。福田と清泉って仲悪いのか?」
集合場所の居酒屋に向かう途中、俺は猪戸とバッタリ出会った。「偶然じゃん、一緒に行こうぜ」と誘われ、彼の隣を歩む。
「いや? あの二人はむしろ、仲良さげに見えるけどな。何? 何かあったのか?」
ガヤガヤと賑わう飲み屋街。すれ違う人間を避けながら「なんでもない」と返す。
あの二人の違和感に気がついたのは、俺だけなのだろうか。何度も怯えた様子のルイが脳内を駆け巡り、嫌な気分に襲われる。
モヤモヤとしたものを抱えながら、目的の店へ到着した。「福田たちは先についてるらしいから」と言い、店へ入る彼の背中を追う。
────それにしても。
現実世界で未成年の俺が、酒を飲んで良いものか、と唸る。口に含んだこともないそれを無理に飲もうとは思わない。が、俺にも付き合いというものがある。夢だとしても場に合わせなければいけないのだろうか。いや、その前に夢なのだから、俺の好きなようにしていいだろう。
悶々としていると、店の奥の座敷席に導かれた。そこでは複数名の男女がすでに酒を煽っている。男だけが参加しているものだと思ったが、どうやら異性もいるらしい。
「遅れた、ごめん」
猪戸が手を掲げ、そのまま適当な位置に腰を下ろした。俺も彼の隣に座り、参加している面々へ視線を投げる。見覚えのない顔ぶれの中、唯一、光を放っている人物を見つける。
────ルイ……。
彼は一番遠い席にいた。一人でひっそりと飲み物を煽っている。その隣に福田がいたが、彼は近くにいた女性に夢中のようだ。髪の毛を触ったり、肩を抱いたりと、両者ともまんざらではない様子だ。
女性は首輪をしていないため、オメガではない。とどのつまり、ベータだろう。誰にでもちょっかいを出す、手ぐせの悪い男なのだなと鼻を鳴らす。
ルイは、そんな福田の様子を横目でチラチラと盗み見していた。時々、瞳から色をなくし、ぼんやりとしている。
「北埜、なに飲む?」
「あ、う、ウーロン……」
「ウーロンハイね、オッケー」
「違う、烏龍茶」
「お前、酒に弱かったっけ?」
猪戸がひとりごちながら俺の分も注文を通してくれた。元気の良い溌剌とした店員が、笑顔で去っていく。
「ルイ、お前も何か追加するか?」
福田が、ルイの頬を撫で問うた。ルイは大袈裟に体を揺らした後、消えかかりそうな声で「いらない」と返す。その様子はやはりどこかおかしく、俺は強く睨んだ。
そっけなく「あっそ」と返した福田は、再びちょっかいを出していた女性と会話をしている。
────どういう関係なんだろう。
アルファとオメガだ。惹かれ合う存在だということは理解している。けれど、彼らはどうも恋人同士のようには見えないし、かといって友達同士のようにも見えない。
────歪な関係に見える。
「お待たせしましたぁ」
明るい声で我に返る。店員がグラスを二つ持ち、俺と猪戸に渡した。受け取ったそれを、喉に流し込む。冷えた烏龍茶が乾いた喉を潤した。
「ヤダァ、んもー、福田くん、なによそれぇ」
酔っているのか、呂律の回らない声が耳に届く。それと同時に、福田の笑い声も聞こえてきた。視線を遣ると、福田と女性が肩を組み、密着していた。なにやら耳元で話し合ったり、くすくすと笑い合っている。
「……僕、ちょっとトイレ」
ルイが席を立った。遠ざかる背中を、福田が意味ありげに見つめている。
「お、俺も、トイレ!」
誰に伝えるでもなく、俺も席を立った。猪戸が興味なさげに「おう」と返事をした。俺は急足でルイの背中を追う。
トイレは、眩いほどの光で照らされていた。清潔感のあるそこは、微かにレモンの匂いが漂う。
洗面台でルイが項垂れていた。その顔は青褪めていて、気分が悪そうだった。「清泉」。名前を呼び、肩を叩くと、弾けたようにルイが顔を上げる。
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