第6話

 どうやら俺は、この屋敷の主人であり、由緒正しき一族らしい。なんかそういうのを、歴史の授業で習ったことがある。なんとか二世とか、三世とか。中世なんとか、かんとか。その辺りの時代の夢を、俺は見ているらしい。車に轢かれて死んだかと思えば、戦争の夢を見たり、貴族になる夢を見たり。早く目覚めてくれないかなと思う反面、俺はこの旅行を楽しんでいた。


「ルイ、あーん」

「は……ハイ……あーん、してください」


 大きく口を開けた俺に、ルイが引き攣った笑みを浮かべ、フォークに刺さった果実を食べさせる。咀嚼をしながら、複雑そうなルイを見つめ、もう一度口を大きく開いた。

 イメクラよろしく、俺は執事姿のルイと幸せな日々を送っていた。車に轢かれたり、戦争中だったり。そんなひどい夢を見た俺にとって、この時間は幸せなものだった。たとえ偽りでもいい。ルイと共にこんな日常を過ごせるなら、なんだって良いのだ。

 ルイはもう一度、フォークに果実を刺した。手を添えながら「あーん」と促す彼を見て、胸が満たされる。自分でも自覚はあるが、俺は相当気持ちが悪いらしい。周りのメイドたちは俺とルイの姿を見て、不思議そうに目をまんまるとさせたり、コソコソと陰で何かを囁いていた。それもそうだろう。俺だって自分が使用人の立場だったらメイドにデレデレする主人なんて、見ているだけで反吐が出る。

 けれど、構わない。だってこれは夢だし、俺の妄想の産物だ。作り上げた空想の中で、俺がどれだけルイに鼻の下を伸ばしていようが誰にも迷惑はかけない。

 ……いや、ルイにはかけているかもしれない。時折彼は居心地が悪そうに俺に接したりする。そんなルイもたまらなく愛おしいのだ。


「い、一緒に、ですか?」


 俺は滑らかなベッドシーツを撫でながら、大きく頷いた。時刻はまだ夜には程遠い。窓の外は燦々と太陽が降り注ぎ、穏やかな午後の風が舞い込む。

 「添い寝をしてくれ」。俺は意を決して彼にそう告げた。この時しかないと思った。ルイと眠るのは、この時しか、と。

 いつもは眠らないであろう時刻に、彼と静かで優雅な昼寝を楽しむなんて、こんなふざけた夢の中でしか出来ない。だからこそ、してみたかったのだ。

 ルイはというと、執事服の首元を緩めながら目を泳がせた。「えぇっと」と言葉を濁らせ、参ったと言わんばかりな表情を浮かべる。

 俺は、奥の手である禁句を漏らした。


「命令に背くのか」


 口から漏れた言葉は自分でも予想外に鋭く、吐いた後に後悔した。ルイは顔を強張らせ、頭を下げる。


「申し訳ございません。ご一緒させていただきます」


 彼の緊張を孕んだ声が鼓膜を撫でた途端、俺は「無理強いしてごめん、脅してごめん」と叫びたくなった。しかし、初めて見るルイの一面にひどく興奮したのも事実だ。変なヘキの扉を拳で高速連打され、前のめりになる。心臓を抑えた俺を見て、「大丈夫ですか?」とすっ飛んできたルイに手を翳した。


「き、気にするな。扉を連打されたんだ」

「れ、連打……?」


 彼が部屋の扉へ視線を遣る。いやこっちの話だ、とひとりごちながらベッドに横たわった。隣をポンと叩き、ルイに来るよう促す。彼は一瞬、戸惑った表情を浮かべたが、やがてベッドに乗り上げた。軋む反動に、自分で誘っておきながら心臓が高鳴る。


「失礼します」


 横たわった彼をじっと見つめる。まさか、夢だとしてもこんな鮮明に彼の姿を間近で見ることが出来るなんて。俺は口の中に溜まった唾液を嚥下する。


「……触っていいか?」


 ルイの孕む空気が凍る。どう反応して良いか分からないのか、口を開閉させ、唇を舐めた。その仕草も色っぽく見え、ムラっと来た。同じベッドの上、想い人へ手を伸ばす。

 「俺……」。一言そう口走った。ルイが言葉の続きを待っている。握っていた手に力を込めた。


「俺、死んだんだ。車に轢かれて。お前を……ルイを守りたい一心で、体が勝手に動いてた。次に、戦場で死んだ。その時も、お前を庇った。守りたかったからだ。自分の命を引き換えにしても、お前の盾になりたかった」


 ルイへ視線を投げる。夢だと分かっていても、彼の瞳は美しかった。ルイは訝しげな表情を向けたまま、固まっている。突拍子もない話に、眉を歪めていた。

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