26.グッドゲーム


<良き仲間をつくりなさい。あなたのことを真に理解してくれる、本当の仲間を>


 プロアカデミー時代にコーチから送られた言葉を思い出す。


――こんなに……。


 私はこれまでずっとチームに指示を出してチームを勝たせてきた。

 それはプロアカデミーでも、この由比ヶ浜女子でも一緒だ。

 私は敵味方の技量・リソース・位置情報から最適なオーダーを導き出すことができる。

 それが私の最大の強みだと思っていた。


――こんなに選択肢が広がるんだ!


 言われなくても想像通りに動いてくれて、私を理解してくれている。

 一人でも私の意図通りに動いてくれるだけで全然違う!


「そういえば、いつの間にかエリア内の敵を倒してましたけど、どんな感じでした?」

「すごく驚いてる感じだったよ! なんか中央のほうを向いてたし」


――ん? 中央の方向を向いていた?


 あの混戦のなかでそれはおかしい。

 宮本さんのように横から挟み込むように出てくることを狙っていたにしても、爆弾設置エリア内への進行を警戒していないのは道理に合わない。


――Aエリアへの進行をまったく警戒しなくて良い理由があるとすれば……。


 一つしかない。

 横浜女子は最初から私を狙っていた。

 私がオーダーするよりも早く戦局を変化させて、私のオーダーが間に合わないほどスピーディな混戦を仕掛けてきていた。

 だからこそ、宮本さんの独立遊軍的な動きが刺さった。


 たぶんおそらく横浜女子は私のオーダーのラグを計算に入れて動いている。

 であれば、宮本さんはこのまま自由に動いてもらったほうが良い。


「みなさん! 私のオーダーが間に合っていなくてすみません! ただ、横浜女子は私のオーダーのラグを狙っているかもしれません!」

「あー、どうりで展開が早いわけだ……」

「でも、それじゃあどうすれば……」


 南先輩の言う通り、どうしようもない。

 原因が分かっても対処法なんてないのだ。

 横浜女子は時限爆弾の設置を二の次にして、ぐっちゃぐっちゃの銃撃戦を仕掛けてきてる。

 それに対応できていないのは、シンプルに私たちの技量の問題だ。


「なるべく退いたポジションでカバーを取り合うしかありません。ですが、相手は前回優勝した強豪校です。銃撃戦で押されて劣勢になるのは仕方ありませんが……」


 ここに一つだけ決め事を追加する。

 これに懸けるしかない。


「宮本さんにだけは自由に動いてもらいます。そして、みんなは常に宮本さんと連携が取れるように位置を確認しておいてください」


 私一人のオーダーでは、もう勝つことはできない。

 けれど、宮本さんが私の意図を超えて動いてくれるなら、まだ勝機はある。





 私はこの決勝戦、神原先輩の手の内を丸わかりにして挑んだつもりだった。

 けれど、それは神原先輩側も同じ。私が神原先輩のスナイパーを戦略で抑え込んだように、神原先輩も私のIGLを泥沼の撃ち合いで抑え込みにきた。


――もうこれ以上はない。


 互いが互いに手の内を潰し合った結果、手元に残ったのは一緒に切磋琢磨してきた仲間だけ。

 もう神原先輩の超人的なプレイも、私の盤面を掌握する策略も通用しない。

 だからこそ……。


「宮本さん! 今出たら裏取れます!」

「もう出てるよ!」


 一歩先を読んで動いてくれる宮本さんの動きが刺さっている!

 私のオーダーとは関係なしに横から飛び出してきた宮本さんに横浜女子はまったく対応できていない。

 これで7-6とリードできた。


「宮本さん、あなた……」


 琴崎先輩が驚いたような顔で宮本さんを見つめる。

 宮本さんが私の意図を先回りして動けていることに気づいたようだ。


――けど、これでやっと拮抗できるようになっただけ。


 横浜女子は次のラウンドも、私のオーダーが間に合わないハイテンポでスピーディな戦闘を仕掛けてきた。


「ごめんもう耐えれない……!」


 南先輩が複数の敵に囲い込まれて撃破されるが、責められない。

 そもそもの撃ち合いの技量があまりにも違いすぎる。

 けれど、私たちはチームだ。カバーしあえる。


『大丈夫! カバーできてる!』

「ココ助ナイス!!」


 南先輩を倒した敵を、ココ助先輩が撃破する。

 撃ち合いの技術に差があっても、カバーが取れれば一対一交換でイーブンにできる。


『相手のカバーもきてる! いま中央に敵二人!』


 しかし、カバーできるのは相手も同じだ。

 敵と味方が密集した戦場。誰かが倒されれば、カバープレイで何人もの敵と味方が連鎖的に撃破されていく。

 カバーに入ったココ助先輩も、相手のカバーで即座に撃破されてしまう。


――混戦になると、どうしてもこっちが不利になっちゃう。


 戦術や戦略の関係ない、シンプルな撃ち合いの強さ。

 この差はどうしても覆らない。


 そして何より、横浜女子には最強のジョーカーがいる。


「神原さんも来てる!!」


 神原さんの撃ち合いの強さは一人で2~3人分だ。

 スナイパーを手放したとはいえ、それでも十二分に強すぎる。

 こんな化物がいたのでは、カバーの取り合いでどうしても不利が生じてしまう。


「あかちゃんごめん! カバー間に合わなかった……」

「ドンマイです! あそこまで踏み込まれたらどうしようもないです」


 これでラウンド差は7-7。

 序盤の貯金があったとはいえ、後半は防戦一方。

 なかなか引き離すことができない。


――けど、あと一歩だった!


 みんな守れてはいた。

 攻めに転じることができなかったのは、私の指示が間に合わなかったのと、横浜女子はそれを先読みしていたからだ。

 だからこそ、希望はある。


「守りはすごく良い形でした! こっちに攻め込んできている分だけ、絶対に横浜女子のほうが不利なんです!」


 私は手を叩いてチームを鼓舞する。

 攻めに転じるためのたった一つのピース。

 それさえどうにかなれば……。


「みんな! 新堂さんの言う通り、もっと宮本さんの位置を見て動こう!」


 琴崎先輩が声を張ってみんなに語りかける。


「今のラウンドも、私がもっと早くに宮本さんを呼び込めてたら逆に挟んで倒せてた! 守った後、どう敵を倒すかまで考えよ! 私ももっと意識するから!」


 ほんの少しの意識だけで、チームの動きは大きく変わる。


「あかちゃんごめんね。私たちがオーダーの対応で手一杯になってるから……」

「いえ、そんな……」

『今追いつかれてるのはあかちゃんのオーダーのせいじゃないからね! 私たちも頼り切りにならないで、もっと自分たちで考えて動いていこう!』


 先輩たちの言葉に心が少しだけ軽くなる。

 そして、これで勝つためのビジョンをみんながはっきりと共有できた。


――横浜女子の猛攻に耐えつつ、みんなで宮本さんの動きに繋げる!


「琴崎先輩、B方面から回り込めますか⁉」

「無理! そっち側もう張られてる!」


 横浜女子は相変わらず私の指示を先読みしている。

 けれど……。


「私が裏取れてます!」

「それ神すぎ!」


 いつの間にか敵の背中側に回り込んでいた宮本さんが、琴崎先輩と挟みこんで神原先輩もろとも横浜女子の面々を打ち倒す。

 これで8-7、一歩リードだ。


――宮本さんも、琴崎先輩もすごすぎる……。


 宮本さんと琴崎先輩の連携が、横浜女子の一歩先を進んでいる。

 というよりも……。


「南先輩、もっと敵をB側に寄せる感じで耐えてくれたらカバーできますよ!」

「そうだよね。Aからの通路を毒爆弾で塞いで挟みに行くのは?」

『いや、それなら私が小鷹のスキルでA側を抑えといたほうが負担少ないよ』


――違う……。横浜女子の一歩先とかじゃない。


 これまで私は、チームのみんなに戦略を与えて、動き方を指示して、敵の動きを支配して盤面を掌握することで、チームを勝利に導いていた。


――みんなが私を超えたんだ。


 私一人が指示していたのでは、絶対に超えることのできなかった横浜女子の壁。

 みんなが私の思考を超えて動き出したからこそ、その壁を超えることができた。


――……楽しい。


 いつまでも指示する側だと思っていた。

 いつまでも教える側だと思っていた。


『小鷹壊された! 今度はA側から詰めてきてるよ!』

「爆弾設置とか関係なくなってるじゃん! 逆に中央のエリア取って裏警戒させようよ」

「琴崎先輩、もう取りにいってます! 相手の裏詰めるので、タイミングでカバーください!」

「私もそのタイミングで壁裏のポジションに定点爆弾いれる!」


 私が指示するまでもなく、みんなが宮本さんの動きに合わせて主体的に動き出している。


「そこやられてもいいから囲い込んで! もうすぐ爆弾落ちる!」


 流れるような連携で攻め込んできた横浜女子を囲い込み、南先輩が空中に投げ込んだ毒爆弾が見事に着弾。神原先輩を含む横浜女子らを爆殺した。


――私には、このスピード感でオーダーはできない。


 一つ一つ指示すれば、同じような状況は作れるだろう。

 しかし、それでは間に合わないテンポで横浜女子が攻めてきている以上、みんなに任せるのが最善だ。そして何より……。


――自分だけじゃ出来ないことをみんなと一緒にやるのがすっごく楽しい!


 これまでのゲーマー人生で味わったことのない高揚感を感じる。

 意思の通じ合った仲間と共に戦う一体感。

 私の想像を超えて動いてくれる仲間たち。


「あ、あと一本っ! あーっ、息が詰まるぅ!」

『て、手が震えてきた……!』


 ラウンド差は9-7。

 優勝まであと一歩というところまできて、心も体も震えてしまう。

 それでも、私は次のラウンドが楽しみで仕方なかった。


 ダァアアアンッ‼


『神原さんスナイパー持ってるよ!』

「ごめんカバーしきれない!」


 響き渡るスナイパーの銃声。

 中央で索敵を優先していたココ助先輩と南先輩が一瞬にしてやられてしまう。

 土俵際まで追い詰められた横浜女子は、ここにきて神原先輩にスナイパーを持たせてきた。


「ほんとになんでも使ってくれるわねぇ!」


 しかし、スナイパーの装弾数は二発。

 リロード中の無防備な神原先輩が取り残される格好となり、そこに琴崎先輩が飛び込んでいく。

 もちろん私もそれに続いていくが……。


「新堂さん気を付けて、相手のカバー四人いる! 全員中央!!」


 横浜女子が全員で神原先輩のカバーに来ていた。

 肉壁になってでも、絶対に神原白乃を守り抜くという強い意志を感じる。

 もう戦略もへったくれもない。

 琴崎先輩とカバーに入った横浜女子の面々が激しい撃ち合いになり、そこに私も加わって戦場はぐっちゃぐちゃの大混戦だ。


「スモークも来てます!」


 戦場に降りかかるのは敵の白い霧。

 視界不良の中、琴崎先輩と横浜女子が至近距離でもみくちゃに撃ち合い、私もカバーしながら互いに人数を減らし合っていく。

 これで私と宮本さん、神原先輩ともう一人という二対二の状況だ。


 そして、白い霧の中でガチャリというスナイパーの装填音が鳴り響いた。


「宮本さん! 神原先輩のリロードが完了してます!」


 横浜女子が身を挺して守り切った神原白乃のスナイパー。

 残るは私と宮本さんのみで、もうリロードの必要はない。

 神原白乃のスナイパーが一番の脅威であることは明白だ。


――霧が晴れていく。


 敵の投下した白い霧が次第に薄れていく。

 味方の位置も敵の位置も分からない状況から、一気に視界が晴れていった。


「宮本さん!!」

「あかちゃん!!」


 けれど、私たちには確実に通じ合えるものがある。

 名前を呼び合うだけで、互いにどうしてほしいのかが分かりあえる。


――宮本さんなら、そこにいてくれてるって信じてた。


 霧が晴れると同時に、敵のゾウさんを撃ち抜く私。

 そこにスナイパーの轟音が響き渡り、私の体は引き裂かれる。

 でも、大丈夫。

 

「今度は外しません!」


 私のことを真に理解してくれる本当の仲間。

 魂の繋がりあったソウルメイト。

 きっと二人でなら神原先輩を超えられるはずだ。





 宮本さんが神原先輩を撃ち抜いて勝利した瞬間、モニターに集中していた視界が一気に広がって現実に引き戻される。


 周りを見渡せば、口に手を当てて目を潤ませる南先輩。

 脱力して穏やかな表情で天を仰ぐ琴崎先輩。

 そして、物凄い勢いで私に抱きつこうとしてくる宮本さんの姿があった。


 わたしはがばぁっと長い両腕に捕食されるように捕らえられると、されるがままにもみくちゃにされる。


――お、終わったー……。


 宮本さんの胸に身を委ねていると、どっと疲労感が押し寄せてくる。

 ヘッドセットからは実況解説の声が聞こえてきて、ココ助先輩がすすり泣きながら何かに答えているが、そのやり取りは疲れた私の耳に何も入ってこない。


 対面に目を向けると、横浜女子の面々が一様に悔しそうな表情を見せてはいるが、誰も毅然とした態度は崩していない。

 さすが強豪校。私たちとは大違いだ。


『……ちゃん! あかちゃん! インタビューだって!』


 ココ助先輩の声に私ははっとして耳を傾ける。

 実況の安藤さんが私に話しかけていたようだった。


『新堂選手。まずは決勝戦、お疲れさまでした。この試合では新堂選手のオーダーが随所で冴えわたったように思います。どんなことを意識しながらIGLとしてチームをまとめてきましたか?』


 どんなことを意識して……。

 私は一瞬だけ考え込むが、答えは自然と口から出てきた。


「みんな、本当にすごい人ばかりなので、その良いところを引き出そうと思って……」


 初心者ながら圧倒的なパフォーマンスを叩き出した宮本さんはもちろん、

 高いゲーム理解度で連携を支えてくれた琴崎先輩、

 あらゆる場所から定点で毒爆弾を落とせる南先輩、

 決勝で一マップ限りのロール変更にも関わらず、見事にエージェントホークを使いこなしたココ助先輩。

 本当にすごい人たちばかりだ。

 短くも濃密な練習の日々が私の脳内に蘇ってくる。


『いやぁー、見事に引き出してたと思いますよ! 特に第三マップで神原選手を抑え込んだ駆け引きは痺れましたねぇ!』


 私の回答にだいぶ高めのテンションで返したのは実況のヨーコ・マクドナルドさんだ。

 そして、そのまま流れるように質問を続けた。


『新堂選手はここまで募る思いもあったのではないかと思いますが、この神奈川県予選を優勝という結果で終えて、何か言ってやりたいこととかありませんか⁉』


 その瞬間、ぴりっとした空気になる。

 これはもうアレの件で、この人も分かってて言っているのだろう。

 私は苦笑しながら答えた。


「私の仲間はみんなすごいんだぞってところを見せれて良かったです」

『はい、ありがとうございましたー! 由比ヶ浜女子の皆さんでしたー!』


 実況の安藤さんが慌てて強引にインタビューを切り上げる。

 なんとなくヨーコさんはこのあと怒られるような気がするが、きっと気のせいではないだろう。


 それらがひと段落すると撤収作業だ。

 私たちが帰り支度を整えたころ、横浜女子のほうから一人の生徒が私のほうへと歩み寄ってきた。神原先輩だ。


「あかり」


 わいわい話していた宮本さんや先輩らがすっと静かになって、一歩引いた位置へと退く。


 こういうとき、私は未だに何を口にすればいいのかわからない。

 勝者が敗者にかけるべき言葉が分からないのだ。


「優勝おめでとう」

「あ、えっと、はいぃ……」


 神原先輩は落ち着かない様子の私を見て、微笑みながら握手を求めるように右手を差し出してくれる。


「グッドゲーム」

「グ、グッドゲーム……」


 私は握手をしようと神原先輩の右手に手を握ろうとした瞬間、ぐいっと掴まれて少しだけ体が引き寄せられる。

 すぐ目の前には神原先輩の顔があった。


「チームに戻る気はないの?」


 きっとプロチームの話のことだろう。

 いつまでも熱心に私のことを評価して誘ってくれるのは素直に嬉しい。

 けれど、私は首を横に振った。


「すみません。まだまだこのチームでやりたいことがたくさんあるんです」

「そっか、残念」


 神原先輩はそれだけ言うと、私を開放して横浜女子のほうへと戻っていく。


――そっか。これだけでいいんだ。


 私は、今でも負けるのが怖い。

 負けたらすべてが台無しになってしまうような気がするから。

 そして、負かした相手と話すのも怖い。

 私が相手のすべてを踏みにじってしまったような気がするから。


――グッドゲーム。


 その言葉に、じんわりと胸が温かくなっていくのを感じた。

 言っても、言われても、気持ちの悪くならない言葉だ。


 私はこの右手に残った感触を、きっと生涯、忘れることはないだろう。

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