24.In Game Leaderの弊害

『すごい! 宮本さん通用してる!』

「あの神原さんと渡り合えてるよ!!」


 横浜女子のタイムアウト。

 私たちは横浜スタイルを完全に打ち砕いたという実感があった。

 気の緩みではない、良い意味での高揚感をみんなから感じる。


――これなら押し通せる!


 この日のためにずっと練習してきた。

 その戦略が見事にハマっている。

 第一マップのような慢心もない。

 これまでの積み重ねが自信に繋がっている。


 そして、その立役者は間違いなく宮本さんだ。


――たった数週間でよくここまで……。


 宮本さんがスパイラビットを使いこなせなければ破綻していた。

 それも神原先輩を抑え込めるレベルで。

 けれど、拮抗している。

 あの神原先輩……Japanese Juggernautと!


 横浜女子のタイムアウトが明ける。

 どんな話し合いをしてきたのかは分からないが、私たちのやるべきことは変わらない。


「相手が横浜女子である限り、やることは変わりません! このまま行きましょう!」


 そう。神原白乃という最強のプレイヤーがいる限り、やるべきことは変わらない。

 あのJapanese Juggernautという唯一無二の強みに対して、私たちが立ち向かうことには変わりないのだ。


「行きます!」


 覇気のある声で先陣を切る宮本さん。

 その姿はもはや頼もしくすら感じられる。


 今までと同じように、Aエリアへの道を塞ぐように投下される敵の白い霧。

 やるべきことは変わらないはずだ。


 ボンッ! ボンッ!


――……は?


 鳴り響いたのは、耳慣れない銃声。

 宮本さんのスパイラビットが弾け跳んだ。


「ショットガン持ってる!神原さんが!!」


――インスモークショットガン⁉


 待ち構えていたのは、スナイパーではなくショットガン。

 至近距離でしか有効に働かない、扱いの難しい武器だ。

 それをスモークの中で待ち構えて使ってきた。


「どうするのこれ⁉」


 南先輩の声がヘッドセット内に響く。

 神原先輩がインスモークショットガンで待ち構えている想定なんてしていない。

 私は瞬時にここから勝利するための絵面を組み立てるが……。


『もう詰めてきてる!』


 まるで神原先輩をカバーするかのように、別のエリアから横浜女子の面々が詰め寄ってくる。

 指示が間に合わない。

 対処が間に合わない。

 私たちはまったく想定していなかった動きに為すすべもなくやられてしまう。


――神原先輩がカバーされていた……?


 横浜スタイルでは、神原先輩がカバーされることはないはずだ。

 何故なら神原先輩は絶対に勝つから。

 神原先輩をカバーしようという動きが無駄になるから。

 そのはずだった。


「次も同じで行くの⁉」


 琴崎先輩が焦ったように問いかけてくる。

 このまま行くしかない。


「神原先輩がスナイパーを捨ててくれるなら、それはむしろありがたいことです! このまま行って、必要あればアドリブで修正しましょう!」


 この形だから神原先輩のスナイパーに対して有利が取れている。

 神原先輩がスナイパーという最大の脅威を捨ててくれるなら願ったり叶ったりだ。


 しかし、そう思っていた矢先だった。

 神原先輩のでも、宮本さんのでもないスナイパーの轟音が鳴り響いた。


「なんで神原さんがスナイパーを持ってなくて、他の選手がスナイパーを持ってるのよ!」


 まったく想定していない状況に困惑する琴崎先輩。

 けど、大丈夫だ。対処法はある。


「落ち着いてください! 策は……」

『ごめんもうこっち来てる! 裏注意して!』


 私たちとは反対のエリアにいたココ助先輩がやられてしまう。

 私の頭の中に勝つための絵面はできている。

 けれど……。


――オーダーが間に合わない!


 横浜女子が今までに見せてこなかった戦術。

 いや、戦術と呼ぶにはあまりにもお粗末な付け焼刃のギャンブルプレイ。

 それでも私たちの虚を突くには十分すぎた。


「ごめん、あそこのスナイパーは警戒できなかった……」

『仕方ないよ。もう少し様子見つつやってみる?』


 今まで通用していた作戦が通用しない。

 次は何をやってくるか分からない。


「フルオートマシンガンきてる!!!」


 ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダッ!!!


 スモーク越しに放たれた一斉掃射。

 先頭でスナイパーを握っていた宮本さんは、鉛球の雨によっていとも簡単に撃破される。


 宮本さんは神原先輩のように無双できるわけではない。

 あくまで神原先輩を抑え込むことに特化した練習をしてきたからだ。

 こんなイレギュラーに対応ができるはずもない。

 そして何より……。


――展開が早すぎる!


 ショットガン、マシンガン、スナイパー、アサルトライフル。

 なんでも使ってくる完全なるアドリブ合戦。

 私は最適な作戦を用意して、起きた事象に対して最適なオーダーをしているだけ。

 それを味方にオーダーする暇のないスピード感でこられたら、味方への指示が追い付かない!


「こっちきてるカバーして!!」

『その位置だとカバー取れないよ!」


 これまでは私がチーム全体に対して、「どういう作戦でいくのか」、「各々は何をすべきか」を練習段階から明確にしてきた。

 ゲーム中にイレギュラーが起きても、私のオーダーで幾度となく対処をしてきた。


 良い意味で言えば、統率の取れた完璧な集団。

 悪い意味で言えば、自分で判断して動けない操り人形。

 それが由比ヶ浜女子の現在地。私にIGLを任せきりにしてきた弊害。

 しかし、相対する横浜女子は違う。


――横浜女子はプライドをかなぐり捨ててきたっ……!


 ここ一年間、横浜女子は神原白乃という最強のジョーカーを最大限に活かす『横浜スタイル』で、神奈川県の王者として君臨し続けた。

 しかし横浜女子は、これまでの努力、苦労、積み重ねを捨ててでも、今この試合を勝ちに行くことを決断した。

 横浜女子の全員が神原白乃に任せきりにせず、自らの力で私たちにぶつかってくることを選んできた。


――なんて恐ろしい……。


 この状況は最悪だ。

 私の指示が間に合わない。

 指示するよりも先に戦局が動いてしまう。

 タイムアウトも第一マップで使ってしまった。

 ラウンドを連続して奪われ、気づけば5-5と追い上げられている。

 立て直せない!


 このままでは敗北する。

 そう直感したその時、私の脳裏にプロアカデミー時代のコーチとの会話が走馬灯のように蘇ってきた。





 HoneyBeeGamingアカデミー部門時代。

 事務所の練習スペースで、私は一人モニターに向き合っていた。


「また喧嘩したのですか?」


 後ろから声を掛けてくるのは、元プロゲーマーのコーチだ。

 一時は日本代表選手として名を馳せたが、現在はプロ選手を引退してアカデミー部門のコーチに就いていた。


「もうあなたとゲームしたくないと言っていましたよ。プロゲーマーとしてやっていくつもりなら、周りと良い関係性を築いていくのもスキルのうちです」


 その言葉を聞いてかーっと頭が熱くなった。

 私は勢いよく振り向いてコーチと向き合う。


「だって! ……あいつのほうが間違ってる。勝つ気ないんだよ!」


 私は勝ちたいからミスを指摘してるだけだ。

 ミスを指摘されたなら、素直に修正すればいいし、ミスしないように練習すればいい。

 やる気のない人のことなんて気にしてられない。


「プロなんだからミスするほうが悪いでしょ!」

「ここはアカデミーです。間違いながら学んでいければいいんです。あの子も、あなたも」


 その言葉は、仲間のミスを執拗に咎めていた私の心にグサリと突き刺さった。

 少なくともあなたは間違っている。

 そう言われたような気がして、悔しくて、目の奥が熱くなってくる。


「ぐすっ……」


 私は涙を隠すように目を伏せるが、鼻から水が垂れてきてしまう。

 私が鼻を啜ると、コーチは少しだけ表情を和らげて、私と目線を合わせるように腰を落とした。


「あなたは凄い。指示も完璧。判断を間違えたことなんて一度もないわ」


 私を肯定してくれる言葉とは裏腹に、コーチの表情は真剣そのものだった。


「けれど、チームメイトはあなたとは違う。他人なの。このゲームは他人同士で力を合わせなきゃ勝つことができないゲームなの。誰だってあなたのように正しいプレイができるわけじゃない」


 コーチはそこで一度言葉を区切り、とても心配そうに呟いた。


「このままじゃあなた、いつか一人ぼっちになっちゃうわよ」


 ゲームのコーチングとはまた違う、私の人生を左右してしまいそうな言葉。

 私の体からはいつの間にか力が抜けていて、コーチに質問することへの抵抗感がなくなっていた。


「……どうしたらいいですか?」


 私が素直にそう聞くと、コーチは少しだけ目を細めて微笑んだ。


「良き仲間をつくりなさい。あなたのことを真に理解してくれる、本当の仲間を」





 だから高校に入学してからの私は、伝え方には細心の注意を払うようになった。

 言葉を口にしてからも一瞬飲み込んで、本当にそれ以上口に出していいかを考え続けた。


 正しいことを言うと、人は傷つく。

 どうすればスムーズに伝わるか。

 どうすれば一緒に気持ちよくゲームができるか。


 そうやってずっと考えていたら、少しだけ伝え方が上手くなった気がしている。


――けれど……この状況はヤバイ。


 横浜女子のプライドをかなぐり捨てたアドリブ合戦。

 私の頭の中にはアドリブへの対処法や勝つための絵面ができている。

 けれど、それをみんなに伝えきる時間がない。

 横浜女子がその余裕を奪いにきている。

 ラウンドも5-6と追い越されてしまった。


――私はまた人に伝えられなくて負けるの? このままじゃあのときと同じ……。


 負ける。屈する。声が出ない。みんなに伝えられない。


 作戦も戦術も戦略も何もない混沌とした戦場で、私は横浜女子に蹂躙される仲間をただただ見ていることしかできなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る