第6話 2人きりでのお買い物(前編)

 日曜日の昼下がり、予定より15分程早く結城との待ち合わせ場所に到着したオレは壁にもたれ掛かり、道行く人をボケッと眺める。

 人混みを避ける為、秋葉原駅から少し離れたところを待ち合わせ場所に指定したが、それでも人の往来がそこそこある。


 これから結城朔愛と2人で買い物に行く事を考えると、色々な感情が混ざり合って何とも言えない気持ちになってしまう。

 結城のお姉さんに喜んで貰えるプレゼントが見つかれば良いな、と言う前向きな気持もあるにはあるが、今オレが感じている思いの大部分は不安である。


 果たして結城の期待に答える事が出来るだろうか?

 行動を共にして、結城を不快にしてしまうのでは無いだろうか?

 今後、これまで通りの学生生活を送っていけるのだろうか?

 この不安は、ただオレが自意識過剰なだけなのだろうか?


 そんな答えの出ない事をぐるぐる考えていると、横から「あっ、水樹だ。早ーい!」と声がかかる。

 その声を聞いてふっと横を見ると、笑顔を浮かべた結城が立っていた。


「ん?どしたの水樹?」


 初めて見る私服姿の結城に見惚みとれてしまい無言で見つめるオレを、結城は首を傾げて不思議そうに眺める。


「あっ、ごめんごめん。何でもないよ」


 オレは急いで作り笑いを浮かべ、その場を何とか誤魔化す。


 身長が170cmちょっとのオレに対して結城は160cmくらいだろうか。

 いつもは少し見下ろしている感じなのだが、今日は結城が踵の高いブーツを履いているせいか、結城の顔が近く感じる。

 襟ぐりが広く開いたカットソーの上にゆったりとしたカーディガンを羽織っているが、首元から覗く白いうなじや鎖骨が、否が応でもオレの目に飛び込んできてドギマギしてしまう。

 いや、本当に結城はアイドルに負けないくらいに綺麗だなとびっくりするが、改めて自分には分不相応な女の子だと言う事を認識させられる。

 オレは身をわきまえろ、と、いつもと同じ様に心の中で小さく唱える。


「さて、それじゃ結城さん。いくつかお店をピックアップしておいたから近場から回って行こうか」


 そう言って歩き出そうとすると、結城がオレのシャツの裾を掴んで小さくちょんちょんと引っ張る。


「ん?」


 結城の顔を見ると、上目遣いで口を尖らせている。


「ど、どしたの結城さん」

「お腹、減った」

「へっ?」

「水樹、私、お腹減っちゃった」

「お、お腹??」

「うん。ぺこぺこ」


 確かに時刻は昼過ぎ、昼食を食べるには丁度良い時間だけど、てっきり結城は食べてくるものだと思っていた。

 オレもオレで色々考えすぎて食べる余裕が無かったので、今日はまだ飲み物以外、何も口にしていないのだが。


 しかし、いきなり予定が狂ってしまったな。

 と、言うか……結城と2人で食事か……


 女の子と2人で行く洒落た店なんてリサーチしてないし、仕方がない、今から調べるか……とスマホを出そうとすると、お腹に手を当てて空腹を訴えていた結城の目がキランッと光る。


「ねぇねぇ水樹!私、ラーメンが食べたい!!」

「ラ、ラーメン??」

「そ。美味しいラーメンが良いな!!!」


 結城は目を輝かせながらウキウキしている。


「あっ、いや、ラーメンでも良いけど……逆にラーメンで良いの?」

「えっ、何でダメなの?」

「いやほら、何かこう、ちょっと小洒落たカフェとかの方が良いのかなとかさ、思っちゃう訳なのよ。女の子と一緒に食事をするならさ」


 オレは苦笑いを浮かべながら頭をポリポリ掻く。


「ん~、小洒落たカフェとかも良いけど、今日はラーメンが食べたい!!だってラーメン屋さんとか普段いかないんだもん。だから折角水樹と2人でご飯を食べるんだから、今日はラーメンを食べる!!」


 いししっ、と笑う結城を見てあぁそう言う事ね、と納得する。

 確かにキラキラ組でラーメンを啜るすすところは想像できない。

 まぁ、オレみたいなモブ男との方が行きやすいか、ラーメン屋。


「うーん、だったらオレが良く行くラーメン屋に行こうか?味噌ラーメン専門店なんだけど色々な味噌が選べて美味しいよ。トッピングもいっぱいあるし」

「わっ、なにそれ!!聞いてるだけでお腹が鳴っちゃうんだけど!!!」


 オレの提案を聞いた結城の目が更に輝きを増す。

 そんな結城を見て、本当にこの子は自由だなぁと思わず微笑んでしまう。


「水樹、早く行こっ!!!私もうお腹ぺこぺこ!!!」


 そう言って結城はオレの手を握りぐいっとひっぱる。


「はいはい。分かったよ」


 結城に手を引っ張られ、やれやれと苦笑していたオレは全く気がついていなかった。なぜなら結城がオレの手を握る動作が余りにも自然だったから。



『結城とオレが手を繋いでいる』という事に。



 そして手を引っ張る結城がふっとこちらに振り返り『でも、小洒落たカフェにも行きたいな!』とオレに笑いかけた時、オレはやっと結城と手を繋いでいる事に気が付き……の胸の高揚を感じていた。

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