第35話

 翌日の昼休み。吉田に呼ばれ空き教室へとやってきた俺は、彼女に胸ぐらを掴まれて壁に押しつけられていた。


「ああ? 鎌田くん、こんなの鈍感とかそういう次元のレベルじゃないよ」

「よ、吉田さん……怖いっす……」

「私には鎌田くんのその鈍感さが一番怖いんだけど」


 あー怖い……日に日に吉田が怖くなっている。


 今朝、教室で吉田と会った俺は彼女から「鎌田くん、昨日のことで鎌田くんに聞きたいことがあるの」と優しい口調で尋ねられた。


 まあ、昨日俺と明日花が遊ぶことになったのは吉田のおかげだし、彼女には色々とことの顛末を話しておかなきゃだよな。


 そんな気持ちで昼休みになったところで吉田とともに空き教室にやってきた……のだが。


「ああ? どんだけ世話焼かせたら気が済むんだよ。もう少し積極的に動けや」

「す、すみません……」


 今の俺は吉田、いや吉田様に胸ぐらを掴まれて壁に押しつけられています。


 どうしてこうなった……。


 俺が吉田に話したのは以下のことである。


 昨晩、俺と明日花は彼女の家で一緒にゲームを楽しんだこと。さらにはお互いのことを美人だとかかっこいいと言い合って少し気まずい空気になったこと。


 俺はもしかしたら明日花のことが好きかもしれないことである。


「鎌田くん、鎌田くんは三宅さんのことが好きなの?」

「え? そ、それはなんというか」

「はっきり言えや」

「す、好きです……。昨日、初めて明日花を異性として意識しました。理由はよくわからないですがとても魅力的な女性だなって」


 そこまで言ったところで吉田はようやく俺の胸ぐらから手を離し、乱れたブレザーの襟を直してくれた。


「で、鎌田くんはどうするの」

「どうするって言われましても……」

「そういうところだって言ってるでしょ?」

「え? あ、はい……すみません……」


 どうやら吉田は俺のこの消極的なところが気に食わないようである。


 が、俺には素直に明日花と距離を縮めることに躊躇う理由がある。


「あ、明日花には最近仲良くしている先輩がいるらしくて、明日花と先輩の邪魔をするわけには」

「ああ? んなの嘘に決まってんだろ」

「は、はいっ!?」


 う、嘘っ!? ど、どういうことっすか……。


「あれは鎌田くんがいつまでたっても三宅さんにアタックしないから、私と三宅さんとでついた嘘なの。鎌田くんは焦らなかったの?」

「いや、多少は焦りました……」

「焦ったのなら自ずと答えは見えてくるよね?」

「そ、そうっすね……」

「鎌田くんは三宅さんと先輩が付き合ったら指を咥えて見るつもりなの? 今回は嘘だったけど、本当にそういうことになったら諦めるの?」

「いえ、それは嫌です」

「だったら何をするべきかはわかるよね?」


 どうやらあれは吉田と明日花が協力して吐いた嘘だったようである。確かに言われてみれば明日花とその先輩とやらが一緒に下校しているところや街で歩いているところを俺は一度も見ていない。


 嘘だったことがわかりほんの少しホッとするとともに、嘘が事実になった未来を想像して寒気がした。


「別に嫌がられてまで二人のことを応援するつもりはないけれど、いつまでも幼馴染みのままではいられないんだし、困るのは鎌田くんなんじゃない?」

「返す言葉もございません……」

「じゃあ鎌田くん、頑張ってね」


 そう言うと吉田は空き教室を出て行こうとした。が、そこで何かを思いだしたかのように踵を返すと俺の元へと戻ってくる。


「な、なんすか……」

「文化祭のことは心配しなくていいからね。私、鎌田くんの力を借りなくてもなんとかできるから」

「ですが」

「後夜祭もあるらしいから、そこで三宅さんとさらに仲良くなれるといいね?」

「はい……」


 今度こそ吉田は教室を出て行った。


 吉田は本気で俺と明日花のことを考えてくれている。


 本当に良い子だ……けど怖いっす……。


※ ※ ※


「はわわっ>< ご、ごめんなさい……」


 その日の放課後の空き教室。明日花は吉田沙月に連れられて空き教室に来ていた。


 どうやら昨日のことで沙月は明日花から聞きたいことがあったようだ。だから、空き教室で昨日あったことを沙月に話した……のだが。


「一度持ち帰るってどういうこと? ちょっと、私には理解できないんだけれど……」


 ことの顛末を話した明日花は沙月によって胸ぐらを掴まれ壁に押し当てられた。


 今にも体が宙に浮きそうになりながら、明日花は涙目を沙月に向ける。


「な、なんというかお互いの気持ちがわかって、嬉しかったけど少し怖かったぞ……」

「私、言ったよね? 鎌田くんはバカなんだから一気に押し倒すぐらいのことをしないと気づかないって」

「わ、わかってたけど……怖かったぞ……」

「怖くてもやれ。いいの? 鎌田くんが他の女の子と付き合って、三宅さんにかまわなくなっても」

「い、いやだぞ……」

「だったら勇気を出すしかないよね? 鎌田くんと一緒になれなくて一生後悔するのと、その場の怖さを我慢するのどっちが嫌なの」

「一生一緒になれないことです……」


 そう答えたところで沙月は明日花の胸ぐらから手を離して、丁寧に襟を直す。


「三宅さん、もうすぐ文化祭だし鎌田くんと今まで以上の仲になれるチャンスだよ」

「そ、そうですね……」

「私、文化祭は一人で運営できるし鎌田くんは戦力外にするから、文化祭は一緒に回れば?」

「だけど、それだと吉田が大変なんじゃ……」

「私のことを心配している場合じゃないと思うけれど……」

「そ、そうですね……」

「じゃあ三宅さん、がんばってね」

「…………はい……」


 そう明日花に言い残すと沙月はにっこりと明日花に微笑んでから教室を出て行った。


 明日花はそれから10分ほど恐怖で動くことができなかった。

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