魔王の倒し方

浅倉 茉白

魔王の倒し方〜約1600字バージョン〜

 この世は地獄。いつからだろう、そのことに気づいたのは。為政者は自分のことだけを考え行動する。大企業は自らの意思と関係なく、金になることをしようとする。


 そうだ。今思えば、あの頃からだ。この世に「魔王」が現れたとき。最初は、魔王がいようが何しようが、おれたちの生活には関係ないと思っていた。


 それは正常性バイアスだったのか。あらゆる不正が起きようと、税金が上がろうと、貧乏になろうと、環境に負荷を与えようと、そんなもん大したことじゃないって思っていた。


 しかし。どうやらそれは違っていた。ねじ曲げられていく社会のルール、愛する人まで奪われるピンチになって、ようやくそんなことに気づいてしまった。いったい、どうすればよかったんだ……。


「クワーッハッハッハ。簡単なことだ」


「お前は、魔王! なぜここに」


「ワタシは、民の心の声を聞くことができる。聞くことができるだけで、それを有効活用するとは言ってないがなクワーッハッハッハ」


「くそ。おれたちにプライバシーはないのか」


「ない。だが、これならある」


 そのとき、魔王の緑色の手、尖った爪から放たれた、一枚の長細い白い紙。おれは両手でそれを目の前で挟むようにして受け止める。


「こ、これは?」


「投票用紙だ」


「投票用紙?」


「お前は、事態がこうなる前に、どうすればよかったと嘆いていただろう。簡単なことだ。わたしを選挙で落とせば良かったのだ。投票へ行き」


「な。バカな。そんなことしたって、魔王の力ならどうにでもなるだろう!」


「クフフ。そうかもしれないな。だが魔王の力と、お前たちのすべての力なら、どちらの方が強いと思う?」


「すべての、力?」


「お前たちは孤独に慣れすぎた。孤独は悪いことばかりではない。しかし、自らの力を忘れてしまう、己たちの力を忘れてしまう」


(なんか良いこと言われてる気がする……)


「魔王を倒すために団結すれば、力が出るということすら忘れてしまったのだ。それに、その力すら何も信じられず、分散してしまっている」


(結局、何を言いたいんだ……)


「結局、何を言いたいのか。お前の問いに率直に答えるとするならば、『投票へ行け』ということだ」


(こいつ、おれたちの敵なのか? 味方なのか?)


「さあ。ぐずぐずしている暇はない。しっかりと候補者のリサーチをし、自らの考えに合うものを選び、投票日に都合が悪い方は期日前投票へ行くのだ! 小選挙区とか比例代表とか衆院選とか参院選の話は各自調べてもらいたいがそんなに難しいことではないぞ!」


(こいつ、さっきから選挙に行ってもらいたいだけじゃねぇか。いったいどうなってやがる。とりあえず怪しんでおくか)


「その手には乗らないぞ。おれは投票に行かない!」


「クフフ。そうか! ならばこちらも、好き勝手させてもらおう! クワーッハッハッハ!」


 魔王は空に飛び立った。そういえば右腕の方に大きな翼がありながらも、左腕の方では黒いジャケットを軽く羽織って、左胸に議員バッチをつけていた気がする。


「あいつもしかして、本当に倒せるのか? この投票用紙で……」


 調べたところ、おれの住んでいる選挙区から魔王は立候補していなかった。比例ブロックにもいないらしい。というか、魔王なんか、どこにも実在していなかったことを知る。


 いったいどういうことだ? おかしい。魔王は確かに存在していたはず。あれはおれが過労で倒れていたときに見た夢だったのか? いや。もしかしたら今は誰か人に化けているのかもしれない。というか、確かに魔王の気配を今もどこかに感じるんだ。


 ヤツはまだ生きている。誰か気づいた人は、魔王を倒してくれないか? ただ、意中の人に投票してくれればいい。そいつが実は魔王な可能性もあるが……。そのときはそいつを炙り出し、また倒せばいい。


 あれ? むしろおれ、魔王の言葉の影響を受けているような……。まぁいっか。あいつ結局投票行けとしか言ってねぇし。

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