第11話 宗三左文字

「あのね、あなた、ちょっとこの食事に使う材料なによ。贅沢ぜいたくすぎるんじゃない? あわびだの、伊勢海老いせえびだの、たい平目ひらめが舞い踊っているじゃない。下町の中華料理屋が使う食材じゃないわよね」

 ジュリーが、仕入台帳しいいれだいちょう片手に竜一に問いただしている。

「いや、信長様が好物だというもんで」

「で、どんな料理出してんのよ」

あわびのバター炒めとか、伊勢海老いせえびのチリソースとか・・・」

 竜一は、ジュリーの顔を恐る恐るうかがいながら、ぼそぼそ答える。

「よっぽど御目出度おめでたいい時にしか食べないもんだらけじゃない。いい加減にしなさいよ。この店、つぶれてしまうよ」

「でも、朝と晩は永谷園のお茶漬けなんだけどね」

「・・・・・・・」

 ジュリーは、電卓をはじきながら、

「とにかく、食材は考えてよね。あの三人、お金ないんだからね。一円も入らない居候なんだからね。そこんとこよく考えてよ」

 ときっぱりと言った。

 だが、この二人の会話は、とびら越しに三人の男たちに聞かれていた。

「蘭丸、弥助、そう言えば、わしらは銭がないのう。只でいつまでも食わせてもらう訳にはゆかぬ。何か良い妙案はないか?」

 信長は、二人に問いかけると腕を組んで考え始めた。やがて、

「そうじゃ、刀を売ろう。この時代でも刀は値打ちがあるようじゃ」

 なんでも鑑定団を再放送も含めてほぼ毎日見ている信長は、刀がこの時代でも高額で取引されていることを知っている。

 四人とも、自害用の脇差わきざしは一振り持っていた。

「上様,とりあえず、上様に頂いた私くしーめの脇差を売って銭にいたしましょーぞ」

 弥助が脇差を出す。

「いや、私くしの備前長船びぜんおさふねも」

 蘭丸が負けじと脇差を差し出す。

わしのこの左文字さもんじも銭に換えるわい」

 信長が脇差を出すと、

「上様、それはなりませぬ。この脇差は、かの桶狭間の折、今川治部大輔いまがわじぶだいすけから奪い取ったるもの。織田家の宝にございますれば・・」

 蘭丸が慌てて止めにかかる。

「何を言う。この時代ではこのようなものは無用の長物。今のわしらには銭の方がありがたい」

「しかし・・・・」

「帰蝶のこの懐刀ふところがたなも売ってさうらえ」

 三人の会話を聞いていた帰蝶が刀を差し出した。

「この刀は、織田家に輿入こしいれする時、父(道三どうさん)上から、信長が本当のうつけならば、これで刺し殺せと言われて持たされたもの。いくらになるか知りませぬが、お前様もこのような刀は売った方がようございましょうぞ。ほっほっほ」

 帰蝶が差し出した刀を見ながら信長は、苦虫をかみ殺したような笑いを浮かべた。

 四人が乗ったタクシーは、銀座にある刀剣商の店の前に止まった。

「少しの間待っておれ。この刀を銭に換えたら代金を支払うゆえ」

 信長はそう言い残すと三人と一緒に店に入った。タクシーの運転手は代金を受け取ることなくそのまま発車した。一秒でも早くこの場を離れたかったのだ。刀を持った変な四人が乗り込んできて、銀座まで生きた心地がしなかったのだ。

 出てきた店の主人に、まず弥助やすけの刀を見せる。

右衛門尉村正うえもんいむらまさじゃ。値を付けてくれ」

 信長が店の主人に言う。

 店の主人は、波紋はもんめいを相互に見ながら、考え込んでいる。

「どうじゃ? いかほどか?」

「いや、全く見事なものではございますが、新しすぎます。右衛門村正なら500年は時代がありますし。これは、どう見ても最近作られたみたいで・・・」

 店の主人は、首をかしげる。

「当り前じゃ、これは、わしの親父殿が若かりし頃に村正に作らせたのじゃ。五百年も経っている訳がない」

「申し訳ございませんが、これには値がつけられません」

 店の主人は刀身をさやに入れ戻して返した。

贋物がんぶつと申すか」

 信長のギラリと光る眼に主人は全身の毛が逆立った。

「では、これはどうじゃ?」

 信長は、自ら持ってきた脇差わきざしを差し出した。

 主人は、震える手で刀を抜いた。

宗三左文字そうささもんじじゃ」

「えっ・・・」

 主人は、銘を見て驚いた。そこには、

『織田上総介三郎信長、永禄三年五月十九日義元追捕刻彼所持刀』と金象嵌きんぞうがんが入れてあった。焼けた跡も再刃の跡も無い。

「宗三左文字は、重要文化財に指定され、建勲神社けんくんじんじゃに収まっていますので、これは扱いかねます。ただ、刀そのものは最上の出来でございます。この金象嵌さえなければ・・」

 主人は、恐怖と笑いの入り混じった顔で言った。

「自分の名を入れたのがまずかったのじゃな。分かっておる。自分の名を入れたりすれば値が落ちるというのは、なんでも鑑定団でもよく指摘されておる。どうでもよいが、主人、そなたの目は節穴じゃのう。もうちと修業した方がよいぞ。さて行くぞ、ほかにかような店はないのか」

 四人が出ようとした時、

「すみません。その刀、拝見はいけんできませんか?」

 たまたま店に来ていた一人の恰幅かっぷくの良い紳士が声を掛けてきた。

 紳士は、四本の刀を丁寧に見ると、

「一振り1億円、四振りで4億円で如何ですか」

 と値を付けた。

「よいであろう。値打ちの分かっていただける人に譲るのが刀にとっても幸せなことである。大切になされよ。これよりは、その刀、信長左文字のぶながさもんじと名付けられるがよい」

 信長が言うと、

「有難うございます。買わせていただきます」

 紳士は、秘書に銀行から4億円を引き出してくるように命じた。

 店の主人は、このやり取りを腰を抜かして呆然あぜんと見ていた。


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