エンジェル・フォールン 〜魔導士たちは銀翼で蒼穹を翔ぶ〜
暁天花
序章 色褪せないおもいで
序章 色褪せないおもいで
【警告。前方二キロメートル地点にて、異次元
【敵状計測モードに強制移行。
白雲の輝く、澄み渡るような
耳に付けた複合通信機から聞こえてきた機械音声に、その少女は
「前方二キロメートル地点に大隊規模の〈天使〉が発生した。第二波および第三波の合計は連隊規模と推定。会敵時間は約二分後。各員、戦闘状態に入れ」
通信機にそう告げて。直後、少女は目を瞑って意識を脳内へと集中させた。
意識の巡る脳内に、再び無機質な機械音声が響き渡る。
【〈D-TOS〉起動。飛行魔導を巡航状態から戦闘状態へと移行。制限速度を時速一〇〇へと変更】
【視覚及び各種神経系の感応速度を強化。戦闘適応処置を完了】
【〈
再び、目を開ける。視界に入ってくるのは、いつもよりも遅く見える緑色の草原と青い空。少女が速くなっているためにそう見えているだけの、感覚時間の引き伸ばし。
もう何度目も分からないいつもの感覚ののち、脳内には最後の無機質な音声が響く。
【全〈D-TOS〉システム起動完了。指揮権保有者以外の〈D-TOS〉解除権限をロック。――――全隊員の戦闘準備完了】
それを聞いて、少女はより一層緊張感を高めさせた。
戦場へと向かうさなか、通信機からは数名の少年少女たちの声が聞こえてくる。
『今回のはちと多いな。やれるか?』
『やらなきゃ死ぬだけよ。……あたし達B班はA班の援護に回る。それでいいかな?』
「問題ない」
『なら、C班は先行してるD班の援護に回る。……隊長は、』
「私はいつも通り戦域全体の遊撃にあたる。君たちは目の前の敵を打破することに全力を注げ」
その言葉に、彼らは思い思いにくすくすと笑って。信頼と果敢の入り交じった少年の声が通信機に届いた。
『了解。……今回も頼んだぜ、隊長どの』
『こちらアルファ・スリー! 私以下三名が包囲されています! 誰か!』
『こちらアルファ・ワン! 隊長が今そちらに向かっている。あと数秒耐えろ!』
『ブラボー・ワンより各員。あたし達は敵後方部隊を叩く。敵の増援を許すな!』
【定刻報告。隊員定数八〇名。現在精神接続者数七八名】
『デルタ・ツーより報告! デルタ・ワンがやられた!』
「了解。デルタ・ワンの指揮権をデルタ・ツーへ移行する」
『チャーリー・ワンよりデルタ・ツー! これ以上は援護ができない! 後退しろ!』
【定刻報告。隊員定数八〇名。現在精神接続者数五五名】
『――クソ! リリーがやられた!』
「ブラボー・ワンの指揮権をブラボー・フォーに移行。これ以上は戦線維持が不可能と判断。各員へ通達、全軍、南西方向へと後退せよ」
『……っ!? なんで、こんな時に援軍が……!?』
『後方にも〈天使〉が出現! 完全に包囲されました!』
「了解。これより我が隊は敵陣を突破する。アルファ・ワンが先陣を切り、各員はこれに続け。
【定刻報告。隊員定数八〇名。現在精神接続者数四六名】
『ここまで、か……』
『っ!? いくな、レイ!』
『そんな……、レイが……!』
「アルファ・スリーとチャリー・ナインが先陣を引き継げ。あともう少しで敵包囲を抜ける。恐怖に屈するな」
【定刻報告。隊員定数八〇名。現在精神接続者数二一名】
【定刻報告。隊員定数八〇名。現在精神接続者数一六名】
【定刻報告。隊員定数八〇名。現在精神接続者数〇九名】
†
【半径三キロメートル地点に異次元
西空に映える一面夕焼けの
〈D-TOS〉の精神接続者数と、目視できる人員の数が合致しているのをまず確認する。それから、各隊員の名前と顔を照合。
結果は、すぐに出た。
現在生き残っているのは、九名。各班の隊長及び副長格は全員戦死。その戦死した隊員たちも、精神接続の状態から察するにほとんどが
――壊滅。
そうとしか言いようの無い惨敗具合だった。〈D-TOS〉の予想を超える敵の量だったとはいえ、これはあまりにも酷い。
けれど。そんな動揺をユウキがすれば、部下のみんなは更に不安と恐慌に陥ってしまう。
短く、深呼吸をして。いつもの冷徹な声音をつくって、ユウキは通信機へと言葉を紡ぐ。
「現時刻をもって戦闘状態を解除。各員、〈D-TOS〉を巡航モードへと移行させ、早急に――」
『なんなんだよ、お前は』
突然割り込んで来た声に、ユウキは続く言葉を途切れさせる。しばらくの沈黙ののち、その声は、深い絶望と怨嗟を纏わせながら言葉を紡いだ。
『みんないなくなったのに。なのに、なんでお前は、そんなに平気でいられるんだよ。なんで、傷一つついてないんだよ』
その言葉にユウキは答えない。微かに目を細めるだけだ。
ユウキが沈黙している間にも、憎悪に染まった声はそれに呼応するように次々と湧き上がってくる。
『どうせ自分だけ助かろうって、生き残ろうって俺たちを盾にして逃げ回ってたんだろ?』
『私、おかしいと思ってたのよ。遊撃だなんて曖昧なこと言っといて、毎回無傷で帰るだなんてこと』
『全部、僕たちに押し付けてたんだ。だから、毎回僕たちがボロボロになってもあいつだけは無傷だったんだよ』
そんな言葉を発端にして、ユウキに対する侮蔑と憎悪の言葉は際限なく積み重なっていく。
けれど。ユウキは彼らの言葉を黙って受け入れていた。それが、己が行った罪への報いなのだと思っていたから。彼らの絶望が少しでも和らぐのならば、やらせるべきだと思ったから。
いったい、どれぐらい経ったのだろうか。加熱し切った憎悪は、ある一つの言葉を紡ぎ出した。
『どうせ、その
「言いたいことは、それだけか?」
無意識に、ユウキは口を開いていた。
心の底から冷めきった、彼らの憎悪を一気に氷点下へと変える声。
その声色のままで、ユウキは揺るがぬ事実を突き付ける。
「君たちが私のことをどう思おうと勝手だが。そんなことをしていても、いなくなった者たちは決して帰ってくることはない」
どんなに望んでも、現実から目を逸らそうとも。事実は変わってはくれない。いなくなったという事実は、絶対に変えられない。
押し黙る生き残りの部隊員たちに、ユウキは冷然とした声音で告げる。
「今君たちがやるべきなのは、いなくなった者たちを
それきり言葉は途切れて、ユウキたちの耳には静寂と草原のしなる音だけが鳴り響く。
押し黙る部下たちを視界に収めて、ユウキはいつもの冷徹の声音で指示を送る。
「……各員、〈D-TOS〉を巡航モードへと移行。駐屯基地へと帰還し、速やかに休息を摂れ。ドッグタグの回収は、私が行っておく」
返事は、一つも帰ってこなかった。
生き残りの部下たちが駐屯基地へと帰って行くのを見送って。夕焼けの中、ユウキは地上に散らばったドッグタグを拾い集めていた。
存在を失われないように特殊な加工をして、位置情報発信チップを埋め込んだ特別製のドッグタグ。いなくなった彼らがいたという証拠を、ユウキは〈D-TOS〉が指し示す位置情報をもとに収集していく。一つも取りこぼさないように、決してなくさないように丁寧に。
半数ほどを集め終えたところで、ユウキは頭を上げてはぁと一息をつく。
それと同時に、先程言われた言葉が甦ってきた。
――どうせ、その右眼の傷もお前を恨んだやつがやったんだろ!?
脳裏によぎる言葉に下唇を噛み締めながら、ユウキはそっと
この傷は五年前、大切な幼馴染に付けられた傷だ。私を私でいさせてくれた、大切な傷だ。
けれど。その傷は、ユウキが幼馴染に向けた罪の象徴でもある。
落ちゆく朱色の太陽を見つめながら、ユウキは胸中でぽつりと呟く。
……彼は、私を憎んでいたのだろうか。
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