第3話
「
私が、なんの力も持たない少女だとしたら、
「
「正確には、狩り人全員が蝶を飼い慣らしているわけじゃない」
人の記憶を喰らう蝶と言葉を交わすことのできる私は、
「ごく少数の限られた人間しか、
「来栖さんは知らないのですね……?」
「ああ、いい観察力だ」
「
「恐らく、な……」
深く溜め息を吐く悠真様の背を、そっと撫でる。
「妹が、ご迷惑をおかけしました」
妹が
やはり北白川の屋敷に蝶を招き入れたのは、妹ということになる。
「私が婚約者を奪うことになって、美怜ちゃんは気が動転していたのだと思います」
悠真様と妹の婚約が纏まる日に、妹は悠真様への想いを吐露した。
私よりも長い時間、悠真様を恋い慕う気持ちを積もらせてきたのだと気づいてしまった。
「記憶を失ってでも、愛する方の気を引きたかったのだと思います」
「結葵」
名前を呼ばれる。
あと何回、悠真様に名前を呼んでもらえるのか。
そんなことを考えただけで、心がぎゅっと絞めつけられるように痛くなる。
「結葵」
悠真様の顔を見たら泣くわけではないけど、自分の心が弱くなっているのを感じた私は用意いただいたティーカップに視線を集中させる。
「
二人きりという空間は、より鮮明に悠真様の声を私に届けてくれる。
その、悠真様の声をいとおしいと感じるのに、悠真様は謝罪の言葉しか述べてくれないことに心が痛い。
「
やっと悠真様の声を記憶に留められるようになったのに、私はいつか悠真様の声を思い出せなくなるのかもしれない。
「むしろ、
悠真様を視界に入れないように、悠真様の声だけに意識を注ぐ。
(悠真様は、ときどき私のことを君と呼ぶ……)
名前を呼ばれることは、私にとって凄く貴重なこと。
父は娘の名前を忘れてしまったかのように、私の名を呼んでくれることはなくなった。
母が私の名を呼ぶときは、決まって叱りつけられた。
「それでも、俺は君の力が欲しい」
あと何回。
あと何回、私は私の名前を呼んでもらえるのか。
私の名前を柔らかい音で呼んでくれる悠真様に、もっと名を呼んでほしい。
「結葵」
感傷的になっている私に対して、悠真様はいつも通りに。
いつもらしい悠真様の声で、私の名前を呼んでくれる。
「私が望んでいるのはいつだって、悠真様に必要とされることですよ」
だから、私もいつもらしさを取り戻す。
なるべく朗らかな笑みを浮かべられるように努めながら、悠真様を視界の中へと受け入れた。
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