第3話
「少しは熱が下がって、良かったな」
「何から何まで面倒を見ていただき、感謝しております」
食欲が出てきた私のために、お粥が運ばれてきた。
米を食べられること自体が贅沢なことすぎて、白米を口にできることがあまりにも久しぶりすぎて、これはこれで緊張が走ってしまう。
「食べたくないときは無理しなくても……」
「いただきます」
これは、私の意思です。
食べたいから、食べる。
私の中に、そういう感情があることを悠真様に知ってもらう。
「……美味しい…………?」
「
咎めるための言葉ではなく、苦笑いを浮かべて私が無理していることを見破ってくる悠真様。
「……申し訳ございません」
食に関心のなかった人間が、いきなり美味しいと言葉にするのは明らかに不自然だった。
適当なお世辞ほど人を傷つけるものはないのだから、そこは反省しなければいけない。
「でも……」
美味しい気がする。
そう素直な気持ちを悠真様に伝えた。
「少し調べさせてもらったが、ずっと幽閉されてきたようなものだったらしいな」
「……蝶と言葉を交わせる程度では、殺してはもらえませんでした」
「事故を装うとか、自害に見せかけるとか、いくらでもできそうだけどな」
どこかに、ほんのわずかな希望があるから殺さなかった。
そんな両親の思惑があったのかないのか知る術すらないけれど、私になんらかしらの希望があったと知らせるために悠真様が言葉をくれたと信じてみたい。
「いっそのこと、死ぬことができた方が楽だったかもしれないな」
家族から投げつけられた冷たい言葉の数々と、無慈悲な仕打ちは記憶の奥底まで深く刻まれている。
この傷跡の治し方なんて分かるはずもなかったのに、悠真様が私の痛みを感じるような憂いの瞳で見つめてくるものだから勘違いしそうになる。
(悠真様なら、私を愛してくれるんじゃないか……)
そんな浅はかな希望を抱く自分を恥じ、私は改めて
「死を選ぶべきだと思いましたが、侍女たちが哀れんで食事を差し出してくれるんです。それを、口にしてしまうんです。食べなければ自ら命を絶つこともできたのに、食べたい。生きるために食べたい。死ぬことができなくなってしまいました」
悠真様は、私に返す言葉を持ち合わせていなかった。
言葉を紡ぐことを諦めてくれたのをいいことに、私はほんの数日前まで行われていた出来事を悠真様に語っていく。
「生きているのか死んでいるのか、正直、分からない日々が続きました」
幼い頃の私が
私は、その日を境に、すべてを奪われた。
人々の記憶を奪いなさいと蝶に命令しているわけでもないのに、私はすべてを失った。
そんな私に何を言えばいいのか。何を伝えればいいのか。
悠真様が言葉を見つけることができない、その気持ちが理解できなくもない。
「昨日食事を恵んでくれた人は今日、現れなくて……そうしたら傷だらけの足を哀れんで、靴下を恵んでくださる方が現れるんです」
でも、まだ幼い子どもが一畳分の部屋に閉じ込められていたことに、胸を痛めてくれた人たちは少なからず存在していた。
「そういう毎日を繰り返していくと、期待というものが生まれるんです。私は、生きていくことを許されるんじゃないかって。明日死ぬかもしれないって言う恐怖が、明日も生きられるかもしれないっている希望や期待に変わっていくんです」
ほぼ初対面の悠真様に、こんな気持ちをぶつけていいわけがない。
それでも悠真様は私に時間を与えてくれるから、今まで抱えてきた感情に抑えが利かなくなってしまった。
「感覚が麻痺して、物事を考えることなんてどうでもいいと思い始める時期を見計らって、人が現れるんです。絶望に落とされて、そのあと救いの手を差し伸べられたら、手を離すことができなくなるんです」
私は、私を哀れんでくれる人たちのことを神様のように思った。
神様がやっと私を救ってくれるんだと思った。
これでやっと生きていける。
これでやっと、この世界で呼吸することを許される。
そんな実現するはずもない未来を夢見させられて、私は今日まで生きることを選択してしまった。
「だったら、俺の手も離さないでもらえそうだな」
悠真様は、口角を上げて笑みを浮かべた。
楽しい話も喜ばしい話も一切していないのに、悠真様は穏やかな笑みを浮かべてくれた。
「
妹と添い遂げられるはずの、
「
「将来の妻に優しくすることの、何がいけないんだ」
「…………それは……」
「返す言葉が見つからないのなら、優しさを素直に受け取ってくれ」
悠真様が立ち上がる準備を整えて、この部屋を去ろうと動き出す。
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