魔女は微笑むⅡ
港へは、大樹の運転するおんぼろムーブで向かうことになった。近くには水族館もあるようで、ところどころイルカのイラストが書かれた看板が立っている。週末の今日は、家族連れの車が多く道路は混雑していた。
それでも何とか予定の時間より少し早めに目的地にたどり着くことが出来た。助手席から外へ降りると、潮風が頬を撫でる。天気にも恵まれて快晴だった。
「随分と広い駐車場だな。この辺りってデカいご神木がある神社とかなかったか?」
「それはここじゃないさ。ここは埋立地だから森林伐採なんかしてないはずだぞ」
「へぇ、それはそれで金がかかりそうだなぁ」
大樹が車の鍵をかけて背伸びした。なんやかんやで三時間弱は運転してもらっていた。お楽しみのスイーツ代ぐらいは支払ってやるか、と冴木は財布を取り出して有り金を確認する。
「そうだ、賢。ご神木とか、ああいうデカい木って樹齢何年とかいうだろ?」
「言うね。年輪とかを見てどれぐらいか決めるんだろう?」
「なんだ詳しいな。でもご神木なんて切って確認できないんじゃないか? 神の
「それは円筒状のドリルみたいなもので年輪の標本を取るって何かの本で読んだな」
冴木の財布には千円札が二枚と五千円札が一枚入っていた。これだけあれば二人分払っても問題ないだろう。チケットもしっかりと挟まっている。
「へぇ……流石は本の虫だな。でもそうやって樹齢を数えているのに伐採することもあるだろう。そうなると伐採する側は
「は?」冴木は眉を顰める。「やっぱり奢りは止めにしとくか……」
「え、何? なんて?」
冴木はしょうもないダジャレのために知恵を出したことに後悔しながら目的地へ進む。
港へ着くのには駐車場から十分近く歩く必要があった。時折アニメのようなキャラがプリントされた車や、キーホルダーや缶バッジを大量に付けたバッグを背負った人を数人見かけた。多分あれも、ゲームイベントの当選者なんだろうと冴木は想像した。
港に、船は二隻停泊していた。そのうち一隻が今回のイベントが開催される船で、船体の横によく分からないフォントでクリティアス、と書いてあるのが辛うじて読めた。
「な、なぁ……賢。これが今日のイベント会場の船で合ってるんだよな?」
「そうみたいだけど、デカいな」
豪華客船クリティアス号はその名に恥じぬ大きさで、もうほとんど大型ショッピングモールといっていいほど巨大だった。
近くに、船の宣伝なのかパンフレットを配っているイベントコンパニオンらしき人がいた。コスプレなのか、黒と紫が入り混じった服装にとんがり帽子を被っている。ハロウィンのときなどによく見る魔女のようだった。
「おお、ヘイレーンさんだ!」
大樹が声を上げて、スマートフォンのカメラを向けている。
「へいれーんって?」
「そうか、賢は知らないもんな。レッドアトランティスのゲームを始めたときにナビゲーターとして登場する魔女の先輩キャラクターがいるんだよ」
なるほど、と冴木は理解した。船に乗り込む前から、イベントは始まっているということか。
ヘイレーンというキャラに扮したお姉さんの後ろには、等身大のキャラクターパネルも置いてある。どれも見たことがなかったが、人気のキャラなんだろう。少し離れたところには、ローブを羽織った背の高い銀髪の男もいる。何かしらのキャラなんだろうが、冴木は見たことがなかった。あくまで楽しみは、スイーツのみである。
入場口はそのヘイレーンというキャラがいる方角なので大樹と並んで近付く。もうすでに入場は開始されているようで、受付をしていた。冴木が財布から恵美に渡されたチケットを取り出していると、不意に目の前に人の気配を感じた。
「いらっしゃい、坊や」
いかにも大人の女性といったゆったりとした口調。冴木が顔を上げると、ヘイレーンと目があった。
二十代後半ぐらいだろうか、化粧のせいで年齢はよく分からないが、何だか目元に既視感を覚えた。しかし、出てきた感想は、ああ、カラコンを入れているのかという場違いなものだった。気恥しさから思わず目を逸らすと、ざっくりと開いた胸元が視界に入る。これではどこを見ていいのかよく分からなかった。
「楽しんでいってね」
助け船を出すように、ヘイレーンはパンフレットを差し出した。冴木は何も答えられないままそれを受け取り、会釈する。隣で大樹が羨ましそうに口を開けていた。
「ヘイレーンさん! 俺にもパンフください!」
立ち去ろうとするヘイレーンを大樹が呼び止めると、振り返りながら雑にパンフレットを差し出してくる。何だか対応の差があるな、と訝しんでいるとスタッフなのか誰かが彼女を呼んでいるようだった。イベントコンパニオンというのも中々に忙しいらしい。
大樹が、受け取ったパンフには目もくれずに立ち去るヘイレーンを眺めている。
「どうした、大樹」
「なんかお前だけずるいよなぁ。楽しんでなさそうな顔してるから、気を遣ってくれたんじゃないか?」
「僕はいつもこういう顔なんだよ」
「そういえばそうだったな……。にしても、ヘイレーンさんのコスプレしてるあの人誰だろうなぁ。ヘイレーンさんは先輩キャラで色々アドバイスしてくれるけど、自分はあんまり強くないのを主人公に隠して振舞っているところが可愛いキャラなんだよ。ツンデレっていえばツンデレなのかなぁ」
「ふぅん」
冴木はあまり興味がなかったし、あの目のやりどころに困る感じは苦手だった。見せたいのか見ちゃいけないのか、よく分からない。
気を取り直してパンフレットに目を落とす。クリティアス号について仔細に書かれていた。
乗客定員はおよそ二千五百人ほど。全長が二百七十メートルで、全幅は三十二メートル。総トン数は十万トンを軽く超えている。こんなものがどうして海上に浮かぶのか、浮力や比重については冴木はあまり詳しく知らなかった。
受付を済ませて船内に入る。イベント内容を見る限り出航するわけではなく、クルーズ船であるクリティアス号が寄港中に船内見学も含めてイベント会場として貸し出しているらしかった。
船内は各デッキごとに色々な施設が入っており、温泉や、フィットネス施設、映画館まであった。一番上のスカイデッキにはプール施設もあり、まさに豪華と言わざるを得ないラインナップである。
だが入ってすぐに冴木たちを出迎えたのは、巨大なポップとスクリーン。そこには、次回大型アップデート『ノアの箱舟』というゲーム内告知の映像が、大々的に流れていた。
「おおお! まだ公式SNSにも投稿されていない最新情報じゃないか!」
大樹が興奮気味に映像にかじりついている。スマートフォンを取り出すが、スクリーンの横に撮影禁止と書かれた札が置いてあるのを見て諦めたようだった。
冴木はなんとなく聞いたことのある声優の声だな、などと考えながら大樹が満足するのを待った。すると、離れた場所で何やら警備員らしき人が女性を取り押さえている。何事かと注視すると、女性は肩からカメラをぶら下げていた。
「ちょっと、撮影許可得てるんだってば。それにこれは現像に時間がかかるから、SNSに上げたりしないわよ」
ラフな格好のショートヘアの女性は警備員を押しのけながら反論している。
「だから、雑誌記者だって言っているでしょう。この船の外観の写真だって、雑誌に載ったんだから!」
一向に引く様子をみせない警備員も中々に豪胆だ。冴木はそこまで職務を全うできる気がしなかった。警備員も立派な仕事だが、自分には向いていないだろうな、などとこっそり思う。
そんな小競り合いから将来の職に対する不安を募らせていると、大樹が肩を叩いてきた。
「悪いな、賢。PVがとりあえず一周したからもういいよ。船内の見取り図みたけど、スイーツカフェの手前に展示ブースがあるみたいなんだ。先にそれ見てからでもいいか?」
「ああ、いいよ」
冴木は腕時計を見る。ちょうど昼時だ。少し時間を潰してからいったほうが、空いていそうな気がする。パンフレットに載っている船内の見取り図を見てみるが、デッキが多くて今自分がどこにいるのか探すのも一苦労だった。
「どのみち場所が分からん。大樹についていくよ」
「任せろ、マッピングは得意だ」
そういって意気揚々と歩き出す大樹に、冴木は続いた。
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