スイーツと謎解きはいかが?Ⅳ
ノートの謎は解明したが、いまだに消しゴムの謎はそのままである。みれいは、もう一度真剣に考えてみることにした。
これまで算数のノートをコピーしたXと、消しゴムのビニールをとったXが同一人物だと思っていたがそうではなかった。算数のノートをコピーしたのは、冴木母。つまり、Xは二人存在したのだ。
冴木が、母親に消しゴムの話をしなかったということは、おそらく冴木は消しゴムは家での出来事ではないと推測しているからだろう。となるとやはり、実行可能なのは、他のクラスメイトの人間か、音楽の授業中に音楽室を出たという瀬名さんと、谷口君。あるいは自由に学校内を移動できる教師陣。だがどうしても、納得のいく動機が思いつかない。
「お兄ちゃん、何かわかっているんでしょ?」
瞬がどうしてすぐ答えないのだと目で訴えている。だが、冴木は軽く頬を掻きながら答えた。
「それは分からない」
みれいは申し訳なさそうに言った冴木の顔をみて、何か違和感を覚えた。
これは昔からよくあることなのだが、何か隠している、嘘を吐いているとき人は表情に現れる。例えば、顔の筋肉の動き、眼球の動き、呼吸の仕方一つにしても、何かのサインがある。それを漠然と感じ取れることが、みれいには多々あった。もちろん、何かそんな気がする、といったぐらいで正解率百パーセントというわけではないが、きっとこれは間違いない。
冴木は嘘を吐いている。
「それはそうと、瞬。もうじき食べ放題の時間も終わる。最後に一つだけ、何か取りに行こうか」
「え、あ……うん」
瞬は毒気を抜かれたように頷いた。
「お兄ちゃんでも、分からないことがあるんだね」
「そりゃ、そうだろう。世の中分からないことばかりだ」
冴木が立ち上がると、瞬も残念そうな表情を浮かべながら立ち上がった。
「有栖川君、ちょっと……」
席を立った冴木が耳打ちしてくる。ほんの一言、二言だった。
「じゃ、頼むよ」
言い終えると、先に向かった瞬を追うように冴木は離れていった。
みれいは、自分に鳥肌が立っていることに気が付く。別に、耳元で話されたのがくすぐったかったとか、恥ずかしかったとか、まして気味が悪かったとかそんなことではない。これは一種の、なんだろう。そう、強いて言えばこれがカタルシスとでもいうんだろうか。
「どうかしたんですか? 有栖川さん」
凛はもうお腹いっぱいなのか、優雅に紅茶を啜っている。もう消しゴムの謎はお手上げなのか、考えているような素振りはなかった。
「凛ちゃん、ちょっとその新品の消しゴムをとってくださる?」
「うん」
机にはまだ筆記用具が出したままになっている。凛は素直に新品の消しゴムを取って、みれいに渡した。
みれいは、冴木に言われたとおりに行動する。
「あっ」
それを見ていた凛が小さく声を上げた。
どうやらスイーツを堪能しているあいだに、通り雨でも降ったようだった。晴れているが、離れた場所にうっすらと曇天が広がっている。小さな水たまりを避けて、みれいたちはポルシェに乗り込んだ。
「おにぃ、携帯買ったらちゃんと私にも教えてよね」
「そのうちね」
凛と瞬を図書館に送り届けて、みれいと冴木は恵美の運転でアパートまで向かった。
スノーホワイトのスイーツはどれも絶品で、お腹いっぱい食べたけれどまだ食べきれていない種類のものも多い。「また行きたいですわね」とみれいが言うと、冴木も素直に「なかなかいいお店だった」と太鼓判を押した。
「そういえば、お嬢様」
恵美がステアリングを操作しながら言う。
「このあいだの引っ越しの際に、雨具が見当たりませんでしたので買い物ついでに購入しておきました。ついでですから、お部屋までお運びいたします」
「助かりますわ。ではアパートの裏手にある駐車場に停めてくださる?」
「かしこまりました」
みれいたちのやり取りをみて、隣の後部座席で話を聞いていた冴木が何か言いたそうにしていたが、結局何も言ってこなかった。
「ところで冴木先輩。どうして、消しゴムのことが分かったんですの? ああいったものには無縁の存在に思えますのに……」
「散々な物言いだね」
「だって、それぐらい衝撃的だったんですもの」
「つい最近、似たようなことをした人を知っているんだ」
「あら、それは乙女チックですわね」
みれいは思わず笑みをこぼす。なぜか、冴木と目があった。
「まぁ、君のことなんだけれど」
「え?」
みれいの記憶にはそんなことをした記憶は全くない。誰かと間違えているのではないか、と冴木を疑う。
「さすがに、サンダルの中には入れていないだろうね」
冴木の口元が僅かに緩んだ気がした。これも、みれいが今まで冴木を観察してきたからこそ分かる微妙な変化だった。
「あの……も、もしかして茜ちゃんから聞いたんですの? 靴の中に入っていたマグネットのこと……」
「うん。水難に合わなくなるおまじないだったかな?」
「いちいち言わなくても結構ですわ! ああもう、茜ちゃんにはこのことは内密にってお願いしましたのに……」
みれいは自分の顔が熱くなるのを感じた。冴木でさえ知っているということは、もうこの醜態はミス研全域にまで広がっているだろう。それにしても、どうしておまじないなんていう言い訳が出たのか、みれい自身も不思議だった。
「でも、瞬君の消しゴムに書いてあったおまじないは、叶うといいですわね」
「さぁ、そういうのはよく分からない」
「相変わらず、人の気持ちには鈍感というか、興味なしというか……冴木先輩らしいですわね」
「別に、どうでもいいっていうことではないけれど、人の気持ちなんてわかりっこないからね」
嘘を言っているようには思えなかった。冴木のような名探偵にも、分からないことがあるのか、とみれいは疑問に思う。
車が、アパートの裏手にある駐車場に入る。ここの駐車場の契約をしたのも恵美なので、迷うことなく指定の場所にバック駐車を始めた。
「でも、冴木先輩」
みれいは最後に尋ねてみることにした。
「それならどうして、瞬君の消しゴムに、瀬名さんの名前が書いてあったことを教えてあげなかったんですの?」
みれいは瞬の消しゴムを思い返す。カバーを外した消しゴムの本体に、瀬名みどり、とマジックで小さく名前が書いてあった。
凛が言うには、好きな人の名前を書いた消しゴムを使い切ると両想いになる恋のおまじないが、女子のあいだで流行っているとのことだった。
瀬名、という苗字は音楽の授業のときに楽譜を取りに戻った子だ。本来は自分の消しゴムに書くものを、瞬の消しゴムにも書き込むとは抜かりがない。上段にあった消しゴムはだいぶ小さかったから、諦めて新しい消しゴムをだして書き込んだのだろう。瞬の使い古しの消しゴムは、カバーを本体のサイズにハサミで切り揃えておくぐらいには几帳面だった。中に書いてもばれないと思ったに違いない。実際、本人は気付いていなかったわけだし、成功だったといえる。
「本人同士の問題だよ。たぶん、同じ吹奏楽部なんじゃないかな」
そう推理する冴木の横顔をみて、みれいは微笑んだ。やっぱり、彼は私の名探偵だ。
恵美が助手席のドアを開けてくれる。身を乗り出したところで、「足元、お気を付けください」と言われた。そういえば、通り雨が降ったのだった。
そろり、と泥を避けて車を降りて何気なしに自分の部屋を見上げる。二階にある自分のベランダには、起きたときにすぐ干した布団が見える。
「あっ」
みれいの視線につられて、冴木も恵美もベランダに目を向ける。冴木の残念そうな声が聞こえてきた。
「おまじないの効果、なさそうだね」
みれいは意地になって答える。
「今日はサンダルですの……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます