第4章 月祭り
第38話 開幕
裁縫の世界から戻ってきて2週間。
俺は収穫祭の準備に追われていた。
収穫祭、別名月祭り。
この里には2つの月が上る。赤い上弦の月と青い下弦の月が重なり合ってちょうど満月のように見える日がある。その特別な日が最終日になるように3日間行われる祭りだ。
初日と2日目は武闘会。
初日に15歳までの子どもの部があり、その優勝者は大人の部に参戦できる。
武闘会の優勝者は、3日目に舞を披露することになっている。他にも、武闘会に参加しない人が芸を披露したり、作品を紹介したりする。
最後は全員で演奏する曲に合わせて長が舞うのが恒例である。
本番はもう明日に迫っており、会場や食料の確認などに走り回っていた。
今は忙しい方が助かる。
あれからシンカとは会えば挨拶はするものの、あの話には触れていない。
何よりシンカが何事もなかったように接してくるので、あれは夢か聞き間違いだったんじゃないのかとさえ思えてくる。
いかん。今は祭りに集中だ。
1位を奪還せねば。
パンッと両頬を叩いて気合を入れる。
祭り初日。
朝から外は賑やかだ。
会場へ向かうと、ツチネが走り寄ってきた。
「コウ兄ちゃんどうしよーー」
「ん? どうした?」
「緊張で震えてきたよぉ」
「お前一番手だもんな。頑張って祭り盛り上げろよ」
「そんなこと言ったてー」
ツチネは俺の服を掴んで頭をグリグリと押しこんでくる。
「相手はリョクだろ。今までイタズラされた仕返しするくらいの気楽さでいけよ」
ツチネの頭をポンポンと叩く。
土を操るツチネ相手に農家のガキがどうやって闘うのか見どころだな。
「あ、フウトもタカノも応援に行くってよ」
「え! じゃあオシャレしてこなくっちゃ!! じゃあねーコウ兄ちゃん」
あっという間に走り去って行く。
武闘会でオシャレする意味あんのか?
そもそも、武闘会出場者はシンカが特別な衣装を用意しているので、十分いつもと違う雰囲気は出ている。
これ以上どこを変えるというのか。
まぁとりあえず緊張がほぐれたようなのでいいか。
相変わらず切り替えが早い。
会場に着くと、住人の半分以上はもう集まっていた。設営や進行の最終確認をする。
どこも順調のようだ。
長とシュウが控えている会場の垂れ幕の後ろに入った。
「シュウ、そっちはどうだ?」
「問題無し」
「長は、準備はいいですか?」
「あぁ」
長は袖と裾が広がる着物を着ており、動く度に柔らかそうな白地の布が紫や青に染まる。裾が広がっているので、スリットの入ったロングスカートのようにも見える。
その長い裾の隙間からは同じ生地で作られた細身のズボンが見え隠れしていた。
シンカはやっぱり凄いな。
服一つで長の魅力が格段に上がっている。
改めてそう感じていると、ベシッという頭への衝撃と共に「見惚れてんなよ」と言うシュウの小声が耳に届いた。
「いってぇよ」
思った以上に腑抜けた顔をしていたらしい。
いけない、いけない。
時計を見ると9時まであと5分。
外を覗くと恐らく里の全員が集まったであろう、大勢の顔が見えた。
9時ジャストに長が垂れ幕の裏から出る。
俺とシュウもそれに続き、長の両側後ろに立った。
「今年も無事、下弦の月祭りが行われたことを皆に感謝する。
武闘会出場者は日頃の成果を発揮する時だ。実力を出し切り、正々堂々と闘うこと。ただし、くれぐれも怪我がないようにな。
みな楽しむのが一番。節度を持って大いに楽しんでくれ。
それでは、ここに開会を宣言する」
長の宣言と同時にワッと会場が盛り上がった。
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