第16話 解呪の希望

 その日は日曜日であった為、アミーは解約手続きをとることは出来なかったが、その代わりに引っ越しと部屋の掃除自体は行うことは出来た。

 荷物の運びだし等については、ほとんどをイクちゃんの配下である黒子さんや黒クモさん(クモ型妖怪。デカい)が行ってくれたのである。

 

 アミーのやったことは電気や水道などの手続き関係と、5年目になる自動車を神社の駐車場に動かすことだけであった。


「イクちゃん、本当に本殿にリビングと寝室があるんだ。ここって神社だよね」


 駐車場から境内けいだいを通って、さらに拝殿はいでんを通り過ぎると、これも意外と立派な大きい建物が目につく。呑舞どんまい神社の本殿だ。

 平安時代に、建物ごと何処からか盗んで持ってこられたここは、同じく桧皮葺ひわだぶきの屋根の拝殿はいでんも含めて、国から重要文化財に指定されているらしい。


 この神社が具体的にいつの時代に、何処から持ってこられたのか、国は把握しているはずなのだが、その手のお役人がここに来たことは最近では全くと言って良いほどに無かった。


「間違いなく本殿の中だ。私の方で今風に改築したのだ。何も無いのは不便であろう。ここで生活出来れば、心停止からの蘇生ぐらいはなんとかなるのだ」


 他所よそでは文化財泥棒だが、地元では土地神様と呼ばれる万魔まんま佞狗でいくはそう請け負ってくれた。アミーが死ぬ心配は当面の間はなさそうだ。


「不思議なんだけど、見慣れた家具ばっかりの所為せいで、すっかり俺の部屋だ。とにかくお世話になります」


 アミーこともう 惟秀これひでは、ここに来てようやく、素直にお礼を言おうという気になったらしい。

 何にせよ、ホッと一息つけるのだけは間違いないと、アミーはそう思った。不運と言えばこの街に特有の生物に襲われることであって、連中もここまでは来られまいと思えるだけの雰囲気は神社にあるのだ。


「ところで、このスコーンに関してなのだがな、養老クラブのおじいちゃん達に食べさせるか、アミーが全部食べるかどちらが良いと思うのだ?」


 もう日曜日の日も暮れかけてきた時間に、イクちゃんがそう言って出し抜けに取り出したのは、全てのきっかけになった忘れようも無いあのスコーンだった。






「イクちゃん! 養老クラブは駄目だって! いくら老い先短いからって、やって良いことと悪いことがあるだろ! 解決の突破口になるなら、俺が全部食うよ!」


 アミー的には、いい加減に疲れたというところにコレ、という感じだろう。

 ちなみに、イクちゃんの言う養老クラブとは呑舞どんまいにある介護付き老人ホームのことである。

 そこには、スコーンの需要というものが一定以上にあるらしい。女子大生製作の品ともなれば、血の雨が降る事態になるくらいには早く無くなるだろうとのことだ。


「そういうことならそれでも良い。これは恋のおまじないに、ブラックカースを混ぜて作ってあるようなのだ。希望の相手に出会いたいが、無関係の者が食べると酷いことになるというヤツだな」


 アミーは10個も食べることにうんざりしていたが、イクちゃんの説明を聞いて、原因が自分にあることも思い出した。

 だが、清子せいこ嬢は希望する相手に出会えたはずだ。おまじないは成就したのにこの仕打ちとは、これはこれでむごいのではないかと思った。


「ブラックカースってさ、本が盗まれないようにかける呪いだろう? 出会いのおまじないと一体にはなってないのかな? 確かに盗み食いしたのは俺だけど……」


 アミーは少し不思議に思ったようだ。ことが成れば、全ては効力を失うのではないだろうかとそう考えたのである。


「そう単純な話でもなくてな、これらの品物は、焼くか食べるかして消費してしまう必要はあるのだ。それが作法というものらしい。恋のおまじないの方のだ」


 イクちゃんの説明によれば、製作物は消費されるか、手順にしたがって燃やされる必要があるとのことだ。

 生ゴミ分解用のコンポストでは駄目なのかと思うアミーなのだが、正しくは食べられるべきであると聞いて食べることになった。

 スコーンを食べるもうひとつの理由としては、アミーが清子せいこ嬢と会った時点で、既にイクちゃんの関係者になってしまっていたことが大きいようなのである。



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