第8話 最大の敵
「皇位継承権“第一位”──レグナス皇子だ」
突然現れた男の名を、エイルが口にする。
それはティアにとって最大の敵。
そして、“最大の選民思想の持ち主”だ。
レグナスは、アル達を見下したように笑みを浮かべる。
「おい。なにコソコソと言ってやがんだ?」
「こんなことをして──」
「アル様!!」
「……!」
だが、抗議しようとしたアルを、ティアが大声で止める。
いつもとは違う
「歯向かってはいけません」
「でも……!」
「おーおー、よく分かってんじゃねえか」
すると、レグナスはティアを見ながら地面を指した。
「じゃあやることがあるよな? ティア」
「……はい」
それに応じるよう、ティアはすっと膝をつく。
即座にその場で土下座をしたのだ。
「うちの者が大変申し訳ございませんでした」
「ティアっ──」
「大丈夫です」
「……!」
駆け寄ろうとするアルだが、ティアは彼を制止する。
頭を地面に付けたまま、ティアは力強く言葉にした。
「この程度、国の未来のためなら何ともありません」
「……っ!」
声色から確かな覚悟が感じられる。
だがアルは、ティアの手が震えているのをしっかりと見ていた。
(ティア、君は……!)
皇族が土下座など、屈辱以外の何者でもない。
それでも、一切の迷いなく土下座をしてみせた。
今この瞬間もティアは戦っているのだ。
思い描く先の未来を見
対して、レグナスは途端に冷めた目を浮かばせる。
「……フン、つまらん。興ざめだな」
レグナスはそのまま背を向けた。
ティアが土下座に
思った通りにならず、興味を失ったようだ。
「今日の所は許してやる。こんな臭い所にこれ以上いられんのでな」
「……ご厚意に感謝いたします」
だが、レグナスは最後に言い放った。
「一つアドバイスをやろう、義妹よ」
「?」
「無駄なことはするんじゃない」
ニヤリとした顔で口にするのは、自らの野望だ。
「次の皇帝は俺だ」
「……!」
「ハッハッハッハ!」
そうして、レグナスは高笑いをしながら去って行った。
アルはすぐさまティアに手を差し伸ばす。
「お気遣いありがとうございます」
「……ごめん、僕は何もできなかった」
「いいえ、そんなことはありません」
対して、ティアは感謝をした。
「相手は第一皇子。あそこで手を出していれば、アル様は確実に罪に問われていました。我慢して下さったこと、心から感謝いたします」
「……っ!」
強い子だ。
アルは素直にそう感じた。
だが、ティアにも悔しい気持ちはある。
「わたしもこの通り、身分の差から逆らうことは許されません」
「……はい」
「今は我慢の時なのです」
「……!」
ティアは強く手を握りしめている。
理不尽に逆らえない自分が
それでも、すぐに笑顔を浮かばせた。
「それに、アル様のおかげで守れたものもあります」
「え?」
「あ、あの!」
すると、後方からアルに声がかかる。
レグナスに
「先程の魔法はあなた様でしょうか?」
「は、はい」
「ありがとうございました! おかげで家も燃えることが無く!」
「……!」
女性はこれでもかというほど頭を下げる。
また、周りで様子を見ていた者たちも寄ってきたのだ。
「あのような魔法、見た事がありませんぞ!」
「レグナス様に立ち向かうなんて立派な!」
「ティア様のお騎士様ですか!?」
「わわっ!」
アルを警戒していた先程とは違う。
一定の距離は保っているが、アルは大人気だった。
すると、良い気になったシルフも飛び出してくる。
『へっへーん、ぼくのおかげだからね!』
「この方はまさか……!」
「風の大精霊様では!?」
「ありがたや、ありがたや」
通常、
それが目に見えるほどのサイズならば、大精霊で間違いない。
シルフはスラムの者達からも尊ばれているようだ。
『もっと褒めてくれてもいいんだよ? ──って、アル!』
「ん?」
しかし、危機は去っていなかった。
『風の
「……!」
その瞬間、高台から大きな声が聞こえてきた。
「警告、警告! 西門に魔物が出現!」
「「「……!」」」
西門は、皇都側とは反対側の門だ。
ティアは手を広げて、すぐさま指示を出した。
「皆さんはいつもの通りに! お子さんから目を離さないように!」
「「「うわああああっ!」」」
女性は子どもを引き連れて遠くへ。
男性はそれぞれの武器を持ち出してくる。
口ぶりから、初めてのことではないのだろう。
それから、ティアはアル達に目を向ける。
「アル、エイルはわたしと来てくれますか!」
「もちろん!」
「はい姫様!」
どうやら魔物の方角に向かうようだ。
すると、走る中でティアは顔をしかめる。
「
「ということは前にも?」
「はい。スラムは色々と問題がありますが、一番厄介なのは水質問題なのです」
かつての皇族の魔法実験により、スラムの水質は汚染されている。
それはスラムの健康面を害するだけでなく、魔物を引き寄せることにもつながっているのだ。
しかし、スラムに立派な防壁が造られるわけもない。
そのため、定期的に魔物が襲来してしまうようだ。
「これだけはどうしようも……」
「でしたら、僕に考えがあります」
「アル様?」
悔しげな表情を浮かべるティアだが、アルは強くうなずいた。
「
『それって私のことでしょ!』
「……!?」
すると、アルの背後に水色で彩られた半透明の少女が出てきた。
上半身は人間だが、下半身は
まさに人魚のような姿だ。
「こ、この方はまさか!」
『ふっふーん』
ふわあと浮かび上がった少女は、誇らしげに口にした。
『私はウンディーネよ!』
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