KISS, KISS, KISS Never Say Goodbye
イツデモ、アイタイヒト
「ほら。待ちに待った響、連れてきたよ」
「わあ、響くん」
鍵の開く音と同時に聞こえてきた、遊佐くんの声。いつも以上に全速力で、玄関に向かう。
「ひさしぶり……! おかえりなさい、響くん」
「うん。ひさしぶりだね」
わたしを見て、さらっと笑ってから、遊佐くんと部屋に上がる響くん。少し髪が伸びた以外は、全然変わってない。
「そんなに会いたかったのか? 響に」
遊佐くんに、ひやかすような目で見られた。
「や、だって」
「だって、何?」
響くんは、ちょっと迷惑そうな顔。
「こんなに早く日本に戻ってくるなんて、思ってもなかったんだもん」
そうなの。響くんは先月に帰国して、今は以前の大学に戻ってるの。
「言っておくけど、響が帰ってきたのは、おまえのためじゃないからな」
「そ、そんなこと……遊佐くんに言われなくたって、知ってるもん」
こんなときにも、意地悪な遊佐くん。
「意外と、璃子のためかもよ」
「ええっ?」
と、そんなことを前みたいな調子で言う響くんに、冗談とわかっていながら、バカみたいに過剰に反応してしまったけど。
「やめろよ。こいつ、本気にするから」
「本気にしてるのは、類の方じゃなくて?」
続くやりとりに、懐かしさすら覚えて、遊佐くんとの結婚への長かった道のりを、改めて思い出すよ。
「遊佐くんも響くんも、こっちに座ってね。今、料理運ぶから」
二人に心の中で感謝しながら、わたしは張りきって、お皿をテーブルに並べ始める。
「すごい量だな、これ」
「うん。だって、もしかしたら、響くんの彼女も来たりするかなあとか思って」
詳細は教えてもらえてないけど、同じ歳の可愛い女の子らしい。だから、それはもう、料理にも気合いを入れてね。
「連れてくるわけないじゃん」
相当、あきれたようすの響くん。
「そう? どうして?」
「俺の人生に璃子みたいなのが関わってたことなんて、広める必要ないから」
「そ……」
それは、わからないでもないけど。
「そもそも、俺も類に会いに来てるだけだし。正直、今度という今度こそ、璃子のことはどうでもいい」
「ひ、ひどい」
何も、そこまで言わなくても……!
「おまえらの会話を聞いてると、どうもわけがわからなくなってくる。ほら。璃子がおまえのために張りきって作ったカレー、食べてやれよ」
「そう、そうだよ! 見て、響くん。響くんの好きな、海老とほうれん草のカレーと、豆カレーだよ」
さすが、遊佐くん。夫婦ともなると、気遣いというか、思いやりの精神が違うんだね。
「おかしいのは、璃子だけじゃないけどね」
「あ?」
不本意そうに、遊佐くんが響くんを見る。
「加瀬の結婚式とか、意味がわからなかった。ナノ子と結婚するのに、類が呼ばれるとか。理解に苦しむよ」
「加瀬くんはね、そういうのが関係なくなっちゃうくらい、遊佐くんのことが好きなんだよ」
たしかに、加瀬くんにしてみたら、遊佐くんは自分の奥さんの昔の恋人なわけだけど。
「まあね。類は、可愛いから」
「さっきから、何なんだ? おまえは。いいから、食べよう」
嫌な顔をしながらも、どこか楽しそうな遊佐くん。
「そうだね、冷めないうちに。へえ。今回のも、おいしそう」
「そうでしょ? じゃあ、いただきます」
やっと安心して、わたしもカレーを口に運んだところで。
「そういえば、二人で食べに行ったことあったっけね。こういうカレー」
絶対にわざと、響くんがそんな発言を。
「ふうん。響のために、わざわざ、それを再現したってわけか」
「や、そ、そんな」
さっきから、交互に意地悪されてる気分だよ……!
「おいしかった。ごちそうさま」
「あ、うん。よかった」
相変わらず、綺麗に食べてくれるなあと響くんを見ているうち、響くんがスプーンを置いた。
「平和にやってるみたいじゃん」
「まあ、どうにかな」
遊佐くんも最後の一口を入れる。
「ご主人の子どもを身ごもりましたとか、そんな電話かかってこない? もしくは、無言電話とか」
「ちょっと……! 失礼なこと言わないでよ、響くん」
さすがに、わたしも怒っちゃうよ。
「遊佐くんはね、そういうことにならないように、昔から細心の注意を払ってるんだから」
亜莉ちゃんが産んだ
「そういう問題じゃないだろ? 何、よけいな話してるんだよ?」
なぜか、遊佐くんが頭を抱えてる。
「どうして? わたしは、遊佐くんの名誉のために」
「本物のバカだね。璃子も類も」
響くんも、あきれたように苦笑いしてるし。
「本当に、おまえは……」
「ご、ごめんなさい」
遊佐くんには横目でにらまれて、どうにもこうにも、わたしは……と、そのとき。
「子どもといえば」
不意に、口調を変えた響くん。
「璃子、妊娠した?」
「へっ?」
一瞬、あっけに取られて。そして、なんとなく、遊佐くんと顔を見合わせた。
「えっと、どうして?」
「あんまり、食べてなかったから。少し痩せたし」
わたしのお皿に目をやりながら、響くんが答える。
「そういえば……」
最近、いつもよりも食欲がなかった気もするけど。
「わからないの?」
「うん。わたし、周期がめちゃくちゃでね。一ヶ月くらい、平気で遅れて……」
「璃子」
そこで、顔をしかめた遊佐くんに遮られたんだけど。
「ふうん」
真面目な顔で、響くんは続けた。
「とにかく、ちゃんと調べてみなよ。それまで、風邪薬とか飲まない方がいいよ」
「あ……そうだね」
一応、そうは返事したものの、まさかという思いだった。きっと、遊佐くんも。
「悪いけど、ベランダ借りていい?」
一息ついた響くんが、ポケットからタバコを取り出した。
「ああ」
「じゃあ、ちょっと」
ベランダの戸を開けて、部屋から出て行く、響くん。
「本当に、できてるのかなあ。赤ちゃん」
響くんに言われると、そんな気もしてきちゃうのが、不思議。
「思いっきり、適当っぽかっただろ? そうだ。これ」
と、遊佐くんに、昔使っていた灰皿を差し出された。
「持ってってやれよ。俺は、食器を片付けてるから」
「あ……わかった」
やっぱり、ひやかすような目をされたけど。ムキになって、断ることもない気がしたから、そのまま灰皿を受け取って、ベランダへ出た。
「はい、響くん」
「え?」
驚いたようすもなく、響くんが振り返る。
「えっと、灰皿」
「いいよ。持ってる」
すでに、響くんの手には、使い慣れてそうな携帯用の灰皿が。
「そっか」
「そこで待ってて、璃子」
そう言って、一度だけ、タバコを吸い込んで。わたしと逆の方向に煙を吐き出すと、すぐに火を消して、響くんはわたしを手招きした。
「な、何?」
「べつに。ひさしぶりに、類を妬かせるのも、面白いかと思って」
「今でも、妬いてくれるかな」
「答えるまでもないよ」
そう言って、おかしそうに笑う。こんな響くんが、いちばん思い出に残ってる。初めて、わたしに本当の笑顔を見せてくれたときのこととかも、今でもはっきり覚えてるよ。
「……彼女は、タバコ嫌がらないの?」
さりげなく、彼女の話題なんか出してみちゃったりして。
「なんか、匂いが苦手で、クラクラするって」
「えっ? そうなの?」
「そう。実はそうだったっていうのを昨日聞いたから、またやめようと思って。さっきのが、最後の一本」
「ええっ? 本当に?」
そんなに、あっさりと?
「何か、おかしい?」
「や、べつに……」
結局のところ、いつだって、誰にでも、響くんは優しい。彼女のこと、すごく大事にしてるんだろうね。
「類は? いい子にしてる?」
「あ、うん! 遊佐くんも優しいんだよ」
響くんに負けないくらいね。
「この前もね、豆腐が食べたいって言ったら、おいしい店を調べて、連れて行ってくれたの」
何かの記念日だった気がするなあ。遊佐くん、そういうのを大切にしてくれるんだよ。響くんに自慢したいけど、よけいなことをバラすと怒られちゃいそうだから、それは黙っておくけど。
「どこの?」
「あのね、オペラシティの上の階の方」
夜景も綺麗で、いい感じのね。
「ああ……何か、面白い展示やってた?」
「えっ?」
何の話?
「 ICC 。寄ったんでしょ? どうせ」
「…………」
そうだ。たしかに、あのビルに足を踏み入れたとき、ICC のことは頭を
「行ってない」
なんとなく、無意識に。あそこは、遊佐くんと入る場所じゃない気がして。
「ふうん」
「あ……今度、一人で行こうかなあとは思ってるんだけどね」
遊佐くんだけが仕事で、時間が空いた日とか。
「何? それ。もしかして、誘ってんの?」
そこで、思いっきり、引いた顔をされた。
「えっ? や、そういうわけじゃ」
断じて、そういう意味じゃなかったのに……!
「悪いけど、いいかげん、璃子かまってる暇なんてないから」
「わかってる! わかってるよ、そんなこと。ぜひ、彼女と」
「バカじゃないの? わざわざ、璃子がうろついてる場所に行くわけないじゃん」
「そ、でも……」
と、そこで。
「響」
窓が開いて、遊佐くんが顔を出した。
「携帯。鳴ってる」
「ああ、うん」
携帯を受け取ったあと、一瞬、うれしそうな表情を浮かべてから。
「早く戻りなよ、璃子。邪魔」
「ええっ?」
突然、
「待ってよ、そんな……」
「ほら。来いよ、璃子」
遊佐くんに手を引っ張られる。
「今回こそ、完全に響に振られたんだよ、おまえは」
「違うよ。そんなんじゃないもん」
ただ、さっきの態度が、あんまりだったから。
「見てみろよ。響の顔」
「え……?」
ガラス越しに見える、おそらく携帯で彼女と話している響くんは、かつて、沙羅ちゃんといたときとも、もちろん、わたしといるときとも違う、見たこともないくらい安心しきった表情で笑っていた。
「いいよ。響の代わりに、俺がなぐさめてやるよ」
不意に、わたしの頬に優しく触れる、遊佐くん。
「え……? だ、大丈夫だよ」
あわてて、手を振りほどこうとしたら。
「何が大丈夫だ、バーカ」
「
両方の頬を、思いきり強く、つねられた。
「いったい、いつまでベランダにいる気だったんだよ?」
「だって……」
遊佐くんを見上げたら、やっぱり、意地悪な瞳にドキドキさせられる。
「響が帰ったら、覚悟しておけよ。また、泣くまで焦らしてやる」
「やだ! それだけは、やめ……」
と、そこで、いつものように、遊佐くんの唇に遮られるの。
「遊佐くん、大好き」
「あと一万回言ったら、許してやるよ」
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