第20話 次期辺境伯レイモンド=ルビエール ※レイモンド視点
『誤解じゃないだろう? プロポーズした仲なのに』
『……リ、リカルドは……わたしのことを、認めてくれて、やりたいことを支えてくれるから……安心、できるの……』
先程のやり取りが、頭から離れない。
不躾に距離を縮める男への嫉妬。
目を彷徨わせ、恥じらう彼女を、心の底から欲しいと思った自分。
レイモンドは、覚悟を決め始めていた。
~✿~✿~✿~
レイモンド=ルビエールは、この辺境伯領の次期領主としてその生を受けた。
順風満帆に過ごす中、レイモンドはいつも、心の中に重石を抱えていた。
ルビエール辺境伯領という重石である。
「レイモンド。うちの領地は、難しい場所だ」
「父上」
「半年は雪に埋もれる土地。文化の違う草原の民との諍いは絶えない。人々は日々を暮らすことに集中しており、余力が少ない。何か一つ失敗したとき、その補填をすることが難しい厳しい場所だ」
開けた草原を見ながら、父ライアンは幼いレイモンドに語る。
「けれども、今はいい時代だ。人は皆――草原の民も含め、平和に向かって邁進している。エタノール王国も、我々が平和の要であることを理解し、支援してくれている」
「支援?」
「そうだなあ。例えば、決められた日にしか使えないはずの大転送魔法陣を、臨時に使う権限があったり、税率が優遇されていたり……まあ、色々とあるんだよ」
「権限と、優遇……」
「それに、色々な人が助けてくれている。先日も、わざわざ南からこの地に来て、寒さに強い野菜を流行らせている奇特な男にあったばかりだよ。……いや、あれは特殊な例か」
くつくつ笑うライアンに、レイモンドは首を傾げる。
「とにかく、それほど気負うことはない。皆がお前を支えてくれる。お前は、責任と感謝を忘れるな。それが領主の一番大切な役目だよ」
責任と感謝。
真面目なレイモンドは、いつもそれを胸に、立派な領主となるべく邁進してきた。
勉強は、さほど苦ではなかった。血筋なのか、レイモンドはそこそこに頭がよく、習ったことはすぐに身につけることができた。
しかし、十代までは成長したレイモンドは、壁に当たった。
婚約者が見つからないのである。
一度、婚約者候補として近隣の領地の令嬢と顔合わせをしたことがある。
しかし、レイモンドは聞いてしまったのだ。
「うちの領地との環境は殆ど変わらないのに、ただ広くて端にあるだけで何故優遇されるのかしら」
「お嬢様」
「まあいいわ。ここに嫁いだら、好きなだけ転送陣で王都に行けるしね」
入室の声掛けをする前、部屋の扉の前で、彼女が侍女にそうこぼしているのを聞いてしまった。
聞いていなかったことにはもちろんできず、かといって令嬢にそのことを言う気にもなれず、ただ気持ちが離れ、態度がおざなりになってしまう。
その縁談はそのままなかったことになった。
それから、なんとなく近隣の領地からの縁談から逃げ続けたレイモンドは、十五歳から三年間通う王都の貴族学園に入学したけれども、そこでも思ったような成果はなかった。
「寒いのは苦手なのよね。ほどほどに暖かい南に行きたいわ」
「ずっと毛皮を着ないといけないのよね? 辺境伯領は大変ね」
頭がよく、領地経営を学ぶ女生徒達はみな、北端にあるルビエール辺境伯領に興味を示さなかった。
他人事のように、辺境伯領への憐憫を伝えてくるだけ。
暗に『とてもじゃないけれど行きたくはない』ということを伝えてくる、令嬢によくあるやり方である。
たまたま同級生に南端の辺境伯領の嫡男もいたのだけれども、彼も同様の悩みを抱いていて、失笑してしまう。
「何が『暑くてドレスも着られないなんて大変ね』だ。……そもそもさ、貴族学園の最上級クラスにいるような女は、国の端に行きたいとは思わないんだよ。俺達が悪いんじゃない」
南端の辺境伯嫡男は、そうつまらなさそうに零していた。
ちなみに、彼はなんだかんだ、貴族学園の一つ学年が上の女生徒と劇的な出会いを果たし、彼女を連れて南端へと帰っていった。婚約者と男爵令嬢に陥れられそうになった公爵家の二女を助け、名誉回復させたところで、令嬢の方から猛烈にアタックされ、恋愛経験の薄い彼は簡単に堕ちたらしい。
卒業の際、あまりの裏切りに縁を切ろうかと思ったと伝えたら、彼は爆笑していた。
こうして、婚約や結婚という事態から逃げ続けていたレイモンド。
しかも、弟は要領よく最初の隣地の令嬢との見合いで運命の出会いを果たし、18歳で貴族学園を卒業するなり婚姻、翌年にはエルヴィラを儲けているのだから世話はない。
なんだか自分だけが取り残されたような、複雑な気持ちで雪の中の領地を見守る日々。
「エリーは、王都に行きたい。雪ばっかりはいやなのよ」
可愛い姪っ子のその嗜好に、レイモンドはがっかりと肩を落とす。
やはり女子どもは、この領地を好まないのか。
弟の妻ナタリーだって、弟が好きだから我慢してこの地に嫁いできただけだ。
いや、自分だってそうだ。
嫡男に生まれてしまったから、この地にいる。
自分で選び取って、ここにいるのではない。
この、寒くて、課題の多い領地を、自分は――。
「素敵な土地です。父もわたしも、ここが大好きなんですよ」
だから、彼女の言葉は、これ以上なくレイモンドの心に刺さった。
生まれ育ったレイモンドですら、正面から好きだと言うことができなかった場所。
それを温暖な南方出身の彼女は、迷うことなく大好きだと言ってくれる。
王都にかぶれ、家に引きこもりがちだった姪も、気が付くと彼女に夢中で、この土地のものに興味を示し、彼女やリーディア嬢と共に観光に出回っている。
自分の足も、自然と彼女のいる子ども部屋に向くことが多くなり、姪のエルヴィラの不思議そうな目が痛いくらいである。
ある日、レイモンドは子ども部屋で、彼女に尋ねてみた。
「マリアさんは、草原の民のことをどう思いますか。この、国境にあるルビエール辺境伯領を」
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