第6話 めげない箱要求娘と、悲しそうな様子のパパ
その日の夜。
何を買うべきか居間で悩むわたしとルシアおばあ様のところに、リーディアは現れた。
その後ろには、夜番の侍女サーシャが控えている。
「ママ、ひいおばあちゃま。リーは、持っていくもの、一箱じゃ足りないの。もっと箱が必要なの」
銀色スナイパーは、主にひいおばあちゃまにターゲットを絞って、必死におねだりをする。
紅葉のような可愛らしいお手手で、ひいおばあちゃまの手を握って、上目遣いの熱い目線で撃ち抜くのだ。
正直、可愛い。
本当に、めちゃくちゃにうちの娘、可愛い……。
はわわ、とスナイパーに撃ち抜かれたルシアおばあ様に、わたしがチラッと視線を投げると、おばあ様はサッと目を逸らした。
実は最近、可愛いひ孫娘にこのおねだりをされると、ルシアおばあ様はなんでも言うことを聞いてしまっていた。
そのせいで、ひ孫娘は、いざというときにこのおねだりをするようになってしまったのだ。ひいおばあちゃまの失態なのである。
「それよりも、リーディアちゃん、コートはどれがいいかしら」
「コート?」
「そうよ。旅行用のね。このコートなんかどうかって、マリアさんと見てたのよ」
ルシアおばあ様は、どうやら別の話題にすり替える大作戦に出たようだ。
新しいコートと聞いて、リーディアはふらふらとルシアおばあ様の話に引き寄せられている。
「ひいおばあちゃま。リーは冬のコート持ってるよ?」
「あら、いいのがあるのかしら」
「そうなの。赤のチェックのやつよ。とっても可愛いの!」
ドヤッと自慢げに小さな胸をそらす銀色娘に、わたしはがっくり肩を落とす。
実はしばらく前に、リーディアの冬コートを新調したのだ。
最近、リキュール伯爵領の首都キュリアで人気の、若い令嬢向けのデザイナーのいる洋服屋で仕立てた、ハーフ丈のコートである。リーディアお気に入りのデザイナーが作ってくれた、オシャレで愛らしい意匠のコートなのだ。
しかし、ルビエール辺境伯に行くには、その……。
「あの赤いコートだと、ちょっと薄すぎるのよね」
がーん!!と衝撃を受ける愛娘に、わたしは苦笑いする。
ルビエール辺境伯領は寒い。それはもう、本当に寒いのだ。
十一月の後半ともなれば、雪が降り積もっている。
だからこそ、今回の旅行の目的は達成できるのだけれども……。
とにかく、オシャレハーフコートを着ている場合ではないのである。
「ほら、リーディア。新しいコートを選びましょう?」
「やだ!」
「これなんか、リーが着たらすっごく可愛いと思うのよ」
「!! だ、だめよ、ママ。リーには、今年のリーには、赤いコートが……っ!」
「浮気じゃないのよ?」
赤いコートに操を立てて、プルプル震える銀色箱要求娘。
すると、そこにちょうどよくリカルドがやってきた。
プルプル震える愛娘を抱き上げてソファに座らせ、自分も隣に座る。
「パパ!」
「リーディア、聞いたぞ。ママを困らせてるんだって?」
「ち、違うの! リーはね、まだちょっと、ちょっとだけ、箱が足りないの!」
紅葉のような小さな手を必死に振りながら、懸命に説明するリーディア。
首を傾げるリカルドに、わたしは彼女が旅行先に持っていく荷物の量が足りないと言っていることを説明する。
「リーディアは何を持っていきたいと言ってるんだ?」
「ウサギさんのぬいぐるみ、クマさんのぬいぐるみ、ミケネコちゃんのぬいぐるみ、おもちゃ箱三箱に、各種ぬいぐるみの衣装ケース三箱、わたしにくれたジョウロに、わたしとお揃いでつけたことのあるリボン十本、秘密の宝箱一箱に、メルヴィス兄さんから内緒で貰っていた飴玉箱一箱よ」
「引っ越しの荷物か?」
あ、やっぱりそう思う?
「リーディア。飴玉のことは、とりあえず今はおいておいて」
「!」
秘密がばれてしまった銀色娘は、あわわわ、とその場で青ざめている。
しかし、そんなリーディアよりも青ざめた顔で、リカルドは目を伏せた。
「そんなに荷物を持っていったら、この伯爵邸のリーディアの部屋は要らなくなるな……」
「!?」
パカッと口を開けた六歳児に、リカルドは憂鬱そうな顔をして目を伏せる。
リカルドは顔がいい。
それはもう、国中の女性が夢中になるといっても過言ではないくらい顔がいい。そんな彼が、少し悲しそうに目を伏せるだけで、とても酷いことをしてしまったような気持ちになる。
そして、わたしは知っている。夫リカルドのその表情が、そのご尊顔の力を知り尽くした上でなされたものであることを知っているのだ。
しかし、当然ながら何も知らないリーディアは、すっかり彼の掌の上で、先ほどよりも青ざめた顔で狼狽えている。
「パパ、リーの部屋は必要よ!」
「でも、リーディアが持っていきたいのは、リーディアの部屋のもの全部だろう?」
「ち、違うよ。お洋服とか、その、ベッドとかが残ってるよ」
「洋服はリーディアが成長したらすぐに使えなくなるし、ベッドはどの部屋にもあるしな。リーディアならではの持ち物は、全部持って行ってしまうんだな」
「!!」
「リーディアは、パパの家に物を残していくつもりはないみたいだ。このままルシアおばあ様の家の子になってしまうのかな……」
悲しそうな様子のパパに、リーディアはしっかりとしがみついた。
「パパ! 大丈夫。リーはね、箱一つ分しか持っていかないの!」
「そうなのか? 箱一つだけ?」
「うん! 箱一つだけ!」
「そうか。じゃあ、パパの家にリーディアの部屋が残るな」
「うん!」
「よかった。じゃあ、パパの家の子のリーディアを、パパの家にあるリーディアの部屋に送り届けようかな」
「うん!!」
にっこにこの笑顔になった父娘は、こうして娘の部屋へと旅立っていった。
その背中を見送るのは、呆然とした顔のわたしとルシアおばあ様である。
「マリアさん。なんだかその、リカルドってすごいのね」
「はい。すごいんです……」
目を見合わせたわたしとルシアおばあ様は、なんだか笑いが止まらなくなって、その日はもう居間から退散し、眠ることにした。
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