第4話 プロローグ:虫歯娘との追いかけっこ(4/4)


 こうして、リーディアは施術の準備をされた子ども部屋へと連行された。

 わたしとリカルドとルシアおばあ様は、廊下で待機である。


 防音されているはずの室内からは、「やーっ、やだやだやだやだリーは……っ」「嘘だもん! 絶対痛いもん!」「これからも……おやつは……食べたいの……」「あややややや」という悲鳴が鳴り響いているので、新生魔法使いさんの手により、リーディアのお口は無事に救済魔法をかけられているようだ。


「ところでリカルド。マリアさんから話は聞いてる?」

「はい」

「あ、この冬の社交シーズンの件ですよね。昨日の夜、リカルドにも話をしたんですよ」


 わたしは、リカルドやルシアおばあ様にした話を思い起こす。


 このエタノール王国では、冬の社交シーズンの間、大規模転送魔法陣が開通する。エタノール王国内の六ヶ所に設置された転送魔法陣と王都間の直通往復便で、十一月から二月までの四ヶ月間、毎月十五日と末日の二日間だけ運航するのだ。

 貴族や商人達は、国の魔術師が総力を挙げて開通させるこの交通網を使って、社交や取引の範囲を拡大させるのが通例となっている。


 そして、今年の冬は、わたしがこのリキュール伯爵家に嫁いできてから初めて迎える社交シーズンだ。


 だからつい、家族でどこに行くのかワクワクしながら、以前、父のマティーニ男爵と共にルビエール辺境伯領に行ったときの思い出を熱く語ってしまったのだ。

 リキュール伯爵領は白ワインの名所なので、一昨日は優しいルシアおばあ様と、昨日は大好きな夫と美味しいワインを楽しみながら、ほろ酔いでつい色々と語ってしまったような気がする。


 少し照れくさい気持ちで二人に向き直ると、二人が思ったより深刻な顔をしていたので、わたしは目を丸くした。


「社交の話というか、キャベツの話だ」

「え?」

「そうよ、キャベツの話よ」

「ええっ?」

「リーディアはなんと?」

「もちろん、絶対食べたいって」

「そうだろうな」

「キャベツ……え? 社交シーズンの過ごし方じゃなくて?」

「それはもはや決まっているな」

「決まってるわよね」

「えっ、も、もう決まってるんです?」

「マリアが決めたんだ」

「そうよ、マリアさんが決めたのよ」

「わたしが?」

「あんなに美味しそうな話をして……」

「わたくし達を弄んで……」

「!?」


 わたし、そんなたいそうな話、しましたか!?


 確かに昨日も一昨日も、美味しいワインの味わいに誘われるように、ルビエールの美物に思いを馳せ、キャベツの話をした記憶も……なくはない。


 だって、ルビエールのキャベツは本当に美味しいのだ。

 真っ白な雪によってその甘さをこれでもかと引き出された、鮮やかな緑色の宝石……。


 とはいえ、ちょっとした世間話のつもりだったので、わたしは二人の様子に困惑しきりだ。

 しかし、そんなわたしを置いたまま、リカルドとルシアおばあ様は、至極真面目な顔で頷いている。


「この冬は、ルシアおばあ様の領地――ルビエール辺境伯領にキャベツを食べに行こう」


 唖然としているわたしの後ろで、キィ、と音を立てて扉が開いた。


「リーも絶対食べるの! ひいおばあちゃまのキャベツ!!」


 ずもももも、と背景に修羅を宿した治療済み銀色スナイパーは、壮絶な戦いだったのだろう、しくしくと涙を流しながら、満身創痍で登場する。


 その鋭い視線に撃ち抜かれた標的のわたしは、ただ呆然と頭を縦に振った。



 こうして、わたし達家族のルビエール辺境伯領への旅行が決まったのである。



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