雨降って地固まれ

 世界が歪み、うねり、それが呼び出される。

 そこにいたのは──



「……のっぺらぼう?」



 いやにしてはムッキムキすぎるけども。

 どう見てもムッキムキののっぺらぼうがいた。大体3メートルくらいで全身真っ黒。顔に本来あるべきパーツは一つもなく、無貌。


 ……なんだこれ。

 これがさっき感じたほどの力の持ち主とは思えないが……



「朱雀!」


「玄武!」



 怯んでいた兄弟が、姿を確認したと共に式神に命を下す。朱雀があたり一面を照らすほど強い炎を纏って突進し、玄武が地面をドンとその足で突く。


 たちまちのっぺらぼう?は地面から出てきた土の杭に穿たれ、朱雀の攻撃をモロに喰らってしまった。



「ああっ」



 やばいんじゃねぇか、これ……?スタッフも息を飲んでいる。



「ふ、はは!なんだ、見かけ倒しじゃあないか!」


「ぜ、全然大したことないね!」



 双子が勝ち誇ったように言う。が、なんとなくぎこちない。

 そして、総は。



「それ本当に思ってるぅ?」



 ニコニコと、笑っている。


 杭に穿たれた胴体が、朱雀に焼かれた半身が、うねる。うねり、うねって元の形を取り戻す。


 そこには、傷一つついてないのっぺらぼうがいた。


 双子の笑みがさらに引き攣る。



「さてさて。阿摩羅には本来の権能がある。けどぶっちゃけどれも絵面としては地味なんだよな。秒で勝負決まっちゃうし取れ高がないと困るんだよね」



 なので。と、淡々と言葉を続ける。



「単純な肉体のスペックだけで相手してやれ。あの式を壊すことを俺が許す」



 ■、と声なき声が聞こえた。それは喜びのようで、悲鳴のような声。怒りを含んでいて、楽の響きさえ存在した。


 万象の、声。


 途端に空間が歪む。




 すでに振るわれていた阿摩羅の手が朱雀を貫いていた。





「え……?」



 弟の方の困惑の声だけが響く。



「え……?よわ……ちょっと困るんだけど……」



 いやお前も困惑しとるんかい。

 朱雀が光の粒となって消えていく。……式神の消滅、か。ただの一撃で……



「あのー、もう少しスローペースでさぁ」


「■」



 阿摩羅の足が動いたと思えば、玄武の半身が消滅していた。……蹴り……の、衝撃波か……?



「は、ぁ?」


「いやあの阿摩羅さん困ります、取れ高ないなっちゃう」



 呆然とする双子と総。いやお前は何してんねん、自分の式神だろ。



「■?」


「もっと甚振る感じでいけなかった?困るんだよね一瞬で終わるの。だから権能も封じてんのにさぁ」


「■」


「いや確かに言ったけど空気とか読んでくれない?」


「■」


「まあ理不尽か……理不尽か……」



 何やら会話をしている。つーかあいつが何言ってるかわかるの普通に怖いが。なんなんだマジで。


 分け身とはいえ神を一瞬で葬るレベルの式神ってなんだよ……聞いたことねぇぞ……


 スタッフが思わず、と言った感じで口を開く。



「呪○○戦だ……」


「どちらかというとポ○○ンバトルだろ。式神同士の戦いなんてほぼなかったじゃんあれ」


「たしかに」


「いやお前ら余裕あんなァ!」



 スタッフの肝の据わり方どうなってんだよ!うちの会社にはイかれしかいねぇのか!



「な……んなんだよ、その式は……」



 弟の方が呆然と呟く。それは俺も知りたいわ、なんなんだこいつ。



「九識の具現化。万象に形を与えたものだ。詳しく話すと……めんどいからいいや」



 面倒くさそうに会話を途切れさせる。いやどうせなら全部話さんかい。



「九識……阿摩羅……もしや、阿摩羅識……?」



 兄の方がぶつぶつと呟く。阿摩羅識……あー、確か仏教でそんな用語があったな。


 人が世界を認知する感覚の総称、だったか。

 眼識・耳識・鼻識・舌識・身識・意識・末那識・阿頼耶識の八識で下に行けば行くほど深い認知になる……んだったかな。


 そんで確か阿摩羅識ってのは阿頼耶識まで辿り着いたものの感覚が究極まで高められた時の名称だったっけ。仏教用語はフィーリング強くて分かりづらいんだよな……



「大体そんな感じ。好きに認識するといいよ、こいつはそういうものだから」



 総がめんどくさそうに説明を放棄する。つまりよくわからないということはよくわかった。



「とにかく。取れ高ないの困るからさぁ、もっと式神出してくれや。まだまだいるだろ?」


「……勝ち目が、なくとも……天童の名を得られる機会、逃すわけには……弟よ」


「……うん」


「……あれを、やるぞ」


「…………わかった」



 ……双子の目の色が変わった。あれは、覚悟をしたやつの目だ。

 全てを賭ける意思を持った目。



「総……なんか、やべーぞ」


「大丈夫大丈夫。お?というか名前呼び?うれち〜」



 いやそんな余裕ぶってて大丈夫なのか……?


 双子が手を合わせる。あれは、祈り?



「「我が身我が縁我が全」」


「「捧げて来らん我らが総軍」」


「「眼前の邪を悉く滅さん」」



 総がおっ、と声を上げる。



「それを使うか。いいね、取れ高というものを阿摩羅より理解してる」


「■」


「そう怒んなよ。事実じゃん」



 空間が揺れる。これは……?



「「全式招集!」」



 その言葉の後に、百鬼夜行が目の前に現れた。

 ありとあらゆる妖が目の前に並んでいる。……多すぎる、あまりにも。山々の遥か遠くまで……広がっていた。数千か、数万か。そのレベルの軍勢。

 そしてその1匹1匹が、桁違いの強さなのが伝わってくる。



「我らの全ての式を、同時に呼んだ」


「そしてこの式たちは、倒されれば二度と呼べなくなる代わりに遥かに強さを増しているんだ」


「「勝たせてもらう」」



 リスクありではあるが力を遥かに増大させるだと?聞いたことないぞんなもん、天童院やべー術いろいろ秘匿しすぎだろ……


 ……大丈夫なのか?



「うひょー!これこれ!このCGで再現できなさそうなリアリティよ!かなり信じてもらえそうだぜこれ!」



 ああもう全然大丈夫そうだな。心配して損したわ。

 というか今更だけど一応コラボ配信なのに俺突っ立ってツッコミ入れてるだけじゃない?なんかこいつの企画毎回そんな感じじゃない?企画力大丈夫か?


 もうどうでもいいことを考え出して止まらなくなってきたな。なんなんだこの状況。



「よし。阿摩羅。いい感じに取れ高を意識して蹴散らせ」



 なんだよその大雑把な指示は!阿摩羅くんも困るでしょうが!そんなクソみたいな指示聞いたことねーよ!


 同じ思いなのか阿摩羅が声を上げる。



「■」



 ……なんだ?

 今、阿摩羅が。

 笑った、気がした。




「■■■」




 その声なき言葉が聞こえたと思ったら。妖たちの、おおよそ半数の全身が捩れていた。


 夥しい数の悲鳴が聞こえる。そして、光の粒子となって消えていく。その後には、ずいぶん数が少なくなった軍勢だけが残る。


 なんなんだ、こいつは。



「おまっ、お前ー!権能使っただろ!ダメって言っただろうが!取れ高必要だって言ってんだろぶっ殺すぞ!どうすんだこれ!」


「■」


「こっちの方がインパクトあるじゃんって?いやそれはそうか。じゃあいっか」


「なんなんだこいつは……」



 もうわけわかんねーよ。強すぎるだろ。何をすればこんなに強い式神を従えられるんだ?意味わかんねーよ。あと性格はどうにかしろ。



「あ、あ……」


「そん、な……」



 双子が項垂れ、四肢を地面に付く。そりゃこんな理不尽な力に晒されたらそうなるよ。なんかトラウマの原因とはいえもう可哀想だな……



「さて」



 総の声に双子がびくっと震える。



「今謝れば半分で許してやるが。どうだ?謝る気になったか?」


「……ぐ、ぅ……まだ……!」


「阿摩羅」


「■■■」



 さらに半分の妖の身体が捻れて死んでいく。……容赦ってもんがねーな。



「できなければこの式比べが終わらぬだけだ。お前らが式を全て失うまで続けようか。ん?」


「……はっ、はっ……も、申し訳……ありませんでした……」


「申し訳ありませんでしたっ……」


「阿摩羅ァ」


「■■■」



 だいぶ数を減らした妖の、さらに半分が捩れて消えていく。……おいおい。



「ひっ……なんで……」


「心の底って言ったよな?まさかこの俺の前で、隠し通せるとでも思ったか?」


「うぅ……にいちゃ……」


「もうそこらへんでいいんじゃ……」



 流石に、ひでーよ。確かにトラウマは植え付けられたが……ここまでしているのを陽気に眺められるほど、俺は怒ってない。



「いいやダメだね。善良な人間を傷つけた者たちには相応の末路が必要だ。因果は返ってこなければならない。それが道理ってもんだ」


「申し訳ございません!申し訳ございませんっ!申し訳ッ……」


「ごめんなさい!ごめんなさい!許して、許してください……!」


「心の底から反省できてるかなぁ?そうは見えねぇよな……阿摩羅ァ!」


「総!」



 ゆっくりと総が振り向く。……お前。なんて顔してんだよ。



「……違うだろう。もうこれは、俺のためじゃない。お前が、何かの恨みを晴らすためにやっていることだ。そうだろ?」



 総がハッと、正気に戻ったような顔になる。気が付いてなかったのかよ……



「……ああ……クソ、そうか。俺はまだ……」


「俺は、もういいんだ。謝罪は受け取った。この2人を、許すよ。だからもうやめてやってくれないか」


「……阿摩羅。もういい」


「■」


「いいんだ。ごめんな。帰るといい。……先輩も、ごめん。先輩のためのつもりだったのに、途中から歯止めが効かなくなっていたみたいだ」



 阿摩羅がぐにゃり、と消えていく。

 俺は結局自分のために、そんな呟きが聞こえる。

 やめろよ。そんな、そんな悲しい顔して笑うんじゃねぇよ。



「いい歳した大人がそんな顔見せんじゃねぇよ!……ありがとな。俺の気も晴れたぜ」


「……先輩。止めてくれてありがとな。人の為と謳いながら、自分のためにやる復讐ほどの悪徳はねぇ。俺はまだ、どうやら恨みを捨てきれてないらしい」


「ったく。今度話聞いてやるから……そんなに強いのに、悩むこともあんだな」


「強いことなんて、善良であることに比べて……何の価値も、ねぇよ」



 あーもう!何なんだこの空気は!やめろやめろ!



「……そこの双子。俺はもう気にしてないから。大丈夫だ」


「ぁ、あ……ありがとう、ございますっ……」


「ありがとうございますっ……!」



 ……俺はこんな子供を怖がってたのか。笑っちまうな、ほんと。



「……これだけ式を失ったら、もう天童院には帰れないだろう。しばらく俺の家で匿ってやろうか」


「っ、いえ、天童様に迷惑をかけるわけにはっ……私たちはそこらの野山でも生きていけます。どうか、お気になさらず……」


「……そうか」



 ……いや。ダメだろう。そんなのは。



「……あの。よかったら、俺の家に来るか?」



 こんな子供たち……放っておけねぇよ。



「……へ?」


「先輩、マジかよ」


「大マジだ。俺んち結構広いからよ。子供2人くらい余裕で住めるぜ」



 人気Vtuberの財力舐めんな!いや自分で言うのもどうかって話だけど。



「あの、でも、僕たち……」


「……私たちは、あなたに不当に暴力を振るったのです。住ませてもらうなどとても……」


「馬鹿野郎。俺はな、お人好しなんだよ。こんな困ってる子供見捨てたらいい夢見て寝られねーよ」



 はぁ、と総がため息を吐く。おいおいなんか文句でもあるのか?



「自分でお人好しって言うあたり本物だよな。……すまんね、先輩。いらんもんを押し付けちまった」


「いらんもんとか言うな!全く……それで、どうだ?うち、くるか?」



 嫌ならいいけどさ、と言って。双子の目を見る。

 濁りがだいぶマシになっていた。うん、良い目だ。



「お願いします。……私たちを、住ませてください」


「お願いします。……野宿はやっぱり嫌だ……」


「よし!決まりだ!さ、うちに帰ろうぜ」



 ……いや、正直な話。あれだけ強い式神使えるなら恩を売っておけばこっちの仕事に復帰した時に用心棒として活躍してくれるかなと思ったり?思わなかったり?



「意外と強かだよな先輩」


「何のことかわかんねぇな!ははは!」



 雨降って地固まるってことでいいじゃんね!なあ!




















 やっぱ天童院は碌なことしねぇな。……先輩には悪いが、丁度よかった。一度あの家から離れて生活してもらわないと頭がおかしいままだからな。

 追手は来るだろうが適当に処理しておくか……


 式神の数もあんなもんでいいだろう。無理に契約させすぎなんだよあの馬鹿どもは。案の定精神がかなり不安定になってたし。


 やっぱ滅ぼすしかねぇな。あの家は。


 そのためなら俺は何だってやるよ。



 それはそれとして次の配信どうすっかな〜!今回の動画が投稿された後の反響も楽しみだぜー!掲示板とかウォッチングしちゃお。



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