第3話 色味が変わった日常へ

「何で彼女を勝手に連れて行ったんですか!?彼女は被害者であり、重要参考人です。急に姿を消したことから、犯人と疑われて、本日中に指名手配になっていたかもしれないんですよ!?」


宮崎竜士みやざきりゅうじはキレた。



事の発端は数時間前。

コンセプトカフェにて大量殺人鬼シリアルキラーが銃を乱射するという痛ましい事件が起こった。

だが、なぜかそのシリアルキラーが殺害され、持っていた銃がバラバラになっていたのだ。

しかも、糸で柱に括りつけられている状態で、だ。


何者かが絶対にシリアルキラーと闘っていたはず。

だが、監視カメラがシリアルキラーの手により破壊されていたこともあり、何が起こったかのかは一切確認することができなかった。

避難できたカフェの利用客、店員からシリアルキラーの来店時の様子は聞けたものの、それ以降は不明な部分が多々あり迷宮入り待ったなしだった。


そんな中、1名のアルバイトが失踪した。

名前は神崎叶奈かんざきかな。高校1年生の女性。


店内で何があったかを見ている可能性が高く、警察は彼女の行方を追っていた。


だが、その彼女はなぜかFBIに連れていかれていた。


ここは日本だ。

アメリカではない。


確かに、日本は大東亜戦争に敗戦後、GHQ――アメリカが日本を占領し、統治した。

平成になりやっと独立が認められたが、未だにアメリカ51番目の州と言われている。


その証拠にアメリカ大使館の中にはFBIの拠点があり、CIAは日本支部を置いている。

また、いくつかの県には監獄が作られ、国際犯罪者の流刑地と化していた。

日本国内の治安が悪いことや、国際的な犯罪者が居る原因はこれが理由だった。


現在、日本は自国を取り戻すために動いているが、海外勢力は強大だ。

水面下に沈んでいた、日本の秘密結社である八咫烏やたがらすが表に出て国外勢力と闘っているが、まだ本当の意味で日本を取り戻す日は来ないと思われた。


そんなこんなで、日本で好き勝手する外国人――特にアメリカ人が多いのである。


その延長線だろう。

今回の事件で、なぜか重要参考人がFBIに連行されて取り調べられてしまっていた。


これは日本で起こった事件だ。

主導権は日本の警察にあるべきなのに、またしてもアメリカが好き勝手をしていた。



だからこそ、宮崎竜士はキレていた。



「勝手に現場に立ち入ったのは認めますが、こちらにも事情がありましたので。詳しくは日本警察の上層部にお話させていただきますよ。」


エリックはさらりと対応し、口を出すなと言った。

横暴が過ぎる。

だが、FBIのエリックは「日本警察の上層部に話す」と言っているため、これ以上は言うことができない。


宮崎竜士は言いたいことを飲み込み、エリックに言う。


「…承知いたしました。ですが――ここは日本です。あなたの国アメリカだと思われては困ります。勝手に現場を荒らさないでください。捜査の邪魔です。」

「こちらも仕事なんです。」


宮崎竜士はエリックに言うが、またもや躱されてしまう。

発言しようとしたら、エリックの方が早く言葉を発した。


「それに、この件はもうすぐ片付くでしょう。」

「もうすぐ――?」

「ええ。わかりますよ。」


意味が解らない。

まさか、また警察に圧をかけてうやむやにしようとしているのだろうか。

今までもかなりの件数がうやむやになっていた。


……まぁいい。

重要参考人から話を聞けばおのずとわかるはずだ。

あまり取りたくない手段だが、脱獄自体がアメリカそっちの不手際だ。

無関係な善良なる一般市民も多数殺された。

今回はさすがに横暴過ぎた。


宮崎は重要参考人の少女――神崎叶奈に視線を向ける。

だが、エリックが先手を打ってきた。


「ああ。あなたは着替えて帰宅してください。恐らく制服は押収されているでしょう。…。警察の上層部と話を付けてきますので、安心してください。」

「…はい。ありがとうございます。」

「――!!」

「では、私はこれで。詳細は彼女からではなく、上に聞いてくださいね。」


そう言い残し、エリックさんは去っていった。

残されたのは宮崎と叶奈だけだ。


このままでは埒が明かないため、ひとまず所持品を渡すため、部屋に案内することにした。



ただ、宮崎には1つ問題があった。

どうしてものだ。


見るたびに感情がぐちゃぐちゃになってしまう。

言うべきだろうか。

言わないべきだろうか。


「君は――……いや、何でもない。君のもので間違いなかったら、この書類にサインしてくれ。」


結局、宮崎は言い出せず、事務手続きを進めた。

サインを受け取った後、部屋から退室する。

宮崎は奥歯をかみしめながら、叶奈が着替え終わるのを待った。



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拝啓 お父様お母様


私は今、警視庁に居ます。

なぜかとある警察官の人にジロジロ見られています。

ロリコンでしょうか。

もしもしポリスメン、早く捕まえてください。ここ警察署だろ仕事しろ。

ただ、もしお父様とお母様に関わりがある人なら、きちんとお話ししてみたいです。

ですが、んですよねぇ……。残念ながら。

現状では判別が付きませんので、一旦保留にして両親の下へ帰宅しようと思います。



叶奈は着替え終わり、部屋から出る。

待っていた警察官――宮崎さんに案内され、署外へと出た。


「自宅まで送っていく。」



――えー。これ、本当に乗っていいんすかね??



この人の良心からの提案だと思うことにし、疲れ切っていたから乗せてもらうことにした。


自宅までの道中。

意外にも事件について聞かれることは無かった。ちょっと驚いた。

だけど、学校とか私生活聞かれるんすけど。



超怖っえぇ……。

やめろ聞いてくるな。ほっといてくれ!!

言えないというか、んだよこっちは!!!



答えられる範囲で雑談をして、家の前で降ろしてもらった。

確実に探られていたことに恐怖を覚えながら、叶奈は自宅の玄関を開けるのだった。



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――また、人を巻き込んでしまった。



黒真珠くろしんじゅはICPO日本支部内に用意された自室仮眠室で落ち込んでいた。


運が悪いのだろうか。

関係のない人をこちら側に引き込むことが今まで何度かあったのだ。

もちろん、何度も確認しているし、見つからないようにも動いている。

だが、黒真珠はなぜか人を巻き込んでしまう例が多かった。



少し気分を変えよう。

自分に与えられている部屋――仮眠室を出て、自販機へ向かう。


自販機の前の椅子を見ると1人座っている。

居たのは紅忍くれないしのぶだった。



紅忍というコードネームではあるが、着ている服は黒メインで差し色が黄緑。

全く持って紅(赤色)ではない。

…安井司令のネーミングセンスは本当に謎である。

…あの人の場合、嫌がらせも兼ねて名前をつけたり、服を用意したりするからなぁ…。


染めているであろう金髪はショートヘアにしては少し長く、後ろで一つにまとめている。

髪の結び目を隠すかのように、緑が混ざったような黒色のハンカチか何かで上から結んでいる。

服装は和洋折衷な感じで、長袖長ズボンの作務衣だ。

ちなみに、夏になると袖がなくなり、ノースリーブっぽくなる。

黒真珠とは色違いの長いストールを首に巻いている。

服の上から左右の二の腕に、包帯でクナイが3本づつ巻かれている。

手の甲を守るためだろうか。指先が出る薄めの小手のようなものを両腕に着けている。

腰にはオリーブ色のウエストポーチを着け、中に暗器を収納している様だ。

靴は建物内では黒いシューズだが、出動時は黒の直足袋を履いていた。


また、しのぶはリアル忍者らしく、全身の至る所に暗器を隠している。

訓練時や司令の気まぐれで現場が一緒になった時、至る所から武器が出てくる様はいつ見ても驚いてしまう。

所持している武器の数が不明すぎて、訓練中での彼の武装解除はできたためしがない。


忍とは入隊時期が同じだ。

後に加入した妹のルナとも仲良くしてくれている。

本名や個人情報は組織のルールで明かせないが、それ以外は何でも話せる仲だった。



「よ。黒真珠。」

「……しのぶか。」



忍は軽く右手を上げ挨拶してくる。

黒真珠は忍の名前を呼び、そのまま自販機の前へ向かう。



「ん。」


すれ違う辺りで、忍は飲みかけの缶を差し出す。


「…何だ?」

「そんな暗い顔をした黒真珠には、これを一口やろう。【全ての甘党に捧ぐ甘甘コーヒー(ミルク入り砂糖多め)】だ!ちなみに、鬼火おにびは一口でギブアップした。…俺も、もういらない。」



鬼火とは、FBI top secretの隊員だ。忍とかなり仲がいい。

どうやらFBIとのtop secret併合前に何かの任務の帰りに出くわしていたようで、その頃から組織に隠れて一緒に遊んでいたらしい。


FBIのtop secretがアメリカに帰国し、任務にあたるようになってからは疎遠になっていたようだが、ある目的の為に期間限定でICPOと併合されたことにより、忍と鬼火がtop secret同士の架け橋として仲良く動き回っていた。

結果、この3ヶ月で互いに尊重しあい、問題児以外は衝突もあまり多くならず、上手く回せていた。

両top secretがほとんど日本人ということも関係しているのかもしれないが。



「いらない…!俺は【男は黙ってブラックコーヒー(無糖)】を飲むから!!…糖尿病になるぞ。早く中身捨ててこい。」


黒真珠はコーヒーはブラック無糖派だ。

砂糖とミルクは邪道だと思っている。


「いや、どうせならいろんな人にチャレンジしてもらいたいんだよな…。これ、企画開発者の味覚かなりヤバいだろ。」


そう言い、左手で【全ての甘党に捧ぐ甘々コーヒー(ミルク入り砂糖多め)】の缶を揺らす。



――死ぬほど甘いものを、誰かに飲ませようとするな。



忍の本性は結構いたずらっ子なのではないかと思うことが多々ある。

まぁ、top secretでは個人がバレてしまわないよう、キャラを作って振舞う者が多いから、断定はできないのだが。


「エリックさんに渡してこい。あの人はかなりの甘党だったはず。」

「あー…確かに。飲ませてみるかぁ。」


いつもアメリカンなドーナツや、スゴイ色をしたとても甘そうなパンケーキと一緒に、コーラや甘ったるそうなデカいドリンクを飲んでいる姿を思い出し、納得したようだった。


…あんなに甘いもの食べまくってるのに、なぜかあの人太らないんだよなぁ…。


最終処分場は決定した。

忍は立ち上がり、新たに自販機でドリンクを買い直す。



この自販機はなかなか個性的で、【全ての甘党に捧ぐ甘々コーヒー(ミルク入り砂糖多め)】や【男は黙ってブラックコーヒー(無糖/砂糖入り)】の他に、【男は黙ってミルクコーヒー(無糖/砂糖入り)】や【紳士は優雅にロイヤルミルクティー(無糖/砂糖入り/砂糖多め)】、【乙女に捧ぐにリッチロイヤルミルクティー(無糖/砂糖入り/砂糖多め)】、【淑女の憩いはフルーツティー(無糖/砂糖入り/砂糖多め)】など、個性豊かな名前の缶ドリンクを備えていた。

新商品が増えるたび、商品名を見て笑ってしまう。



黒真珠も自販機のボタンを押し、当初の目的であるコーヒーを買うのだった。


部屋に戻ろうとすると、忍が無言で長椅子を叩いている。

隣に座れ、ということだろう。


黒真珠はおとなしく隣に座った。



「また気にしているのか。」


忍が話を切り出す。

黒真珠は言い淀んだ。が、素直に吐き出すことにした。


「…また巻き込んでしまった。」

「ルナの事も未だに気にしているんだろ?仕方ないし、殺されなかっただけマシだ。」

「だが、今回はの弟子で――」

Wählenヴェーレン Leuteロイテに自由はない――俺らが身をもって知った事だろ。」

忍はそう言い、缶コーヒーを一口飲む。


「…だが……。」

「ここなら離れ離れにならず、一緒に居られる。それに、変な組織の実験台にされるより幸せだろ。……確かに、見つからずに平穏に生きるほうが幸せに決まっている。だが、きっとどこかで…何かの拍子に必ずバレる。その時の取り込み先で行く地獄が決まるなら――一緒に居れるほうが幸せだろ。」


忍はそう言い、缶コーヒーを手元で揺らした。

黒真珠は忍の言葉に返すことができない。



そう。

Wählenヴェーレン Leuteロイテには自由はないのだ。

だからこそ、ICPOここ粛清こんなことをしている。

足掻くことすら許されていなかった。



「制約はあるが、給料ももらえて、人間的な生活を保証してもらえる。――良かったんだよ、これで。」

「…。」

「逆に、弟子…Σの件ではに礼を言いたいくらいだ。Wählenヴェーレン Leuteロイテなら、多分ここが一番マシな地獄だから。慣れないうちは俺が被ることもできる。だって、ルナの時そうしてただろ。…今もだが。」

「……ああ。」



実は、黒真珠は未だにルナに粛清をさせていない。

必ずルナと一緒に出動し、黒真珠が粛清を行っていた。

ルナが――妹が手を汚すことが無いように。

いつか、Wählenヴェーレン Leuteロイテに自由が認められた時に、ルナがまっとうに生きられるように、と祈りを込めて。



「ただ――近いうちにルナを独り立ちさせろ。……そろそろ周囲が限界だろう。」

「――そうするしかないのか?」


ルナに人殺しをさせないことは黒真珠なりの贖罪だったが、黒真珠への負担は年々増すばかりだった。

事情を知っている忍は黒真珠に何度か庇うのを辞めるように言ったのだが、黒真珠が聞き入れたことは無い。

だが、ルナはもう16歳になる。そろそろ限界だろう。


「気付いてんだろ。ルナにヘイト溜まっていること。いつまでもこの組織で粛清を回避し続けることは出来ない。…正直、黒真珠の気持ちは痛いほどわかる。俺も弟子入ってきたし、身に染みてる。……出来るなら人殺しにしたくはないが、そろそろ潮時だろう。」

「――そうか。」


黒真珠の顔は暗い。


「最初は俺もお前みたいに庇うつもりだ。…もちろん、慣れてきたら独り立ちさせないとだが。」



黒真珠がやっていることは、決して悪いことではない。


実は、FBI側にも庇われているのが1人いる。

ICPO側こちらに前例があったからこそ、FBI側向こうの主張が認められたようなものだから、ある種黒真珠の功績である。


そのtop secretから黒真珠は痛く感謝されており、FBI top secretと仲良くなるきっかけに1役買っていた。

真実を知った時には血の気が引いたが、こればかりはどうにもならなかった。

彼の場合はあと6年くらいは庇われていても良いように思う。



ただ、不公平にはどうしてもなってしまう。

黒真珠を含め、周囲は幼いころから人を殺してきた。

それなのにルナは今までなままだ。

好きで殺している人はいない。誰だって人を殺したくはないのだ。


それに、この後は厳しい戦いが予想される。

だからこそ、このあたりで歪を解消しておきたかった。なるべく早いうちに。



「……。」

「勝手な願いだが――ルナをうちの弟子の先輩にしてくれないか?悩みが共有できる同性は必要だろうから…。頼む。」


忍は黒真珠に向き直り、頭を下げた。

残念なことに、叶奈もこれから粛清をすることになる。



――これは、俺の完全なエゴだ。



黒真珠とルナを傷つけているのは百も承知だ。

だが、その時のためにも、打てる手は打っておきたかった。



「――わかった。ただ、Σの新人研修が終わるまでは待ってほしい。少しずつ慣らさせておきたい。」

「――頼む。」


黒真珠も今後起こることはある程度知っているし、予測できている。

現状を加味し、その上で絞り出した答えだった。



音がなくなった空間で、最初に動いたのは忍だった。


忍は立ち上がり、激甘コーヒーを持ってラウンジへと向かう。

黒真珠は飲み終わるまでここに居るようだ。


歩き出す忍と、留まる黒真珠。

2人の表情はとても暗かった。



-----------------


事件の翌朝。

叶奈かなは身支度を整えていた。


昨晩バイト先から連絡があり、しばらく営業停止になるようだった。

また、あんな事件が起きたため、あの店舗は閉店する可能性が高いようだ。


――新しいバイトを探さねば。


叶奈はとりあえず登校することにした。



放課後。

スマホに連絡が入り、自宅で着替えてICPO日本支部へ赴いた。


ウィッグを鞄にしまい、裏口から5階へのぼる。

与えられた仮眠室で更衣後、エリックさんと個室で話し合いをすることになっている。

急いで着替えると、エリックさんがラウンジで待っていた。


「では、行きましょうか。」


叶奈――Σシグマはエリックさんについて行き、とある会議室に入る。



――通帳と印鑑が必要って、なぜなのだろうか?個人情報押さえておきたい系?嫌すぎる。



不思議に思いつつ着席する。


「どうです?昨日は眠れましたか?」

「…あー…眠れましたね。なんとか。」


眠った、というよりかは気絶していたに近いのだが……。


「それは良かった。睡眠は大事です。たっぷり取るようにしてくださいね。……さて。今日ここに呼んだのは、労働契約の締結の為です。top secretとして働くうえで最初に記入する書類ですよ。」


エリックさんはそう言い、ファイルから5枚の紙を取り出し、机に広げた。

エリックさんは内容を1つずつ読み上げ、チェックを入れていく。


「では、こちらの4枚の書類にサインしてください。全て雇用に必要な書類になります。この紙には振込先と印鑑をお願いします。こちらの紙は給料の詳細です。この場で目を通してくださいね。」


なんと、給料が発生するようだった。しかも、結構高給だった。


給料が出るとは思っていなかった。

強制的に連れて来られたため、全く期待していなかったが嬉しい誤算だ。

額面を見て、瞳が輝く。


「や……やります…。頑張ります…。」


叶奈は現金だった。

エリックさんは苦笑した。


「あはは…。まぁ、危険手当も込みですしね。結構良いお値段になっているはずですよ。」



内容に目を通し、サインする。


その後、訓練についての計画表を渡された。

だが、叶奈は訓練開始まで若干の猶予が欲しかった。――アルバイトがあるのだ。


「この訓練計画、一部変更ってできますか?」

「……?何か理由があるんですか?」

「私、バイトをかけ持ちしているんです。……昨日のカフェは閉店するかもということで出勤停止なため、多分このままなくなるんですけど、ラーメン屋が。せめてシフトが出ている今月中は働かせてもらえませんか?」

「本当ならすぐにでも辞めて貰いたいんですが…うーん。まぁ、良いでしょう。今月までは見逃します。」



――良かった!認めてもらえた!!店への迷惑が最低限で済む!



「ありがとうございます!!明日の出勤時に店長に報告しますので!!」


叶奈は喜んだ。


だが、この様子にエリックさんは疑問を持ったようだ。

エリックさんが叶奈に問う。


「…Σさんは両親も健在ですし…学業に専念していても良いのでは?まぁ、この仕事はしてもらうのですが…。」

「あー…。ちょっと事情がありまして。……私、戸籍見たらわかる通り、実子ではないんです。だから、自分にかかるお金を稼いでおきたくて、アルバイトが解禁された先月からアルバイトを始めたんです。」



そう。叶奈は児童養護施設出身だ。


叶奈という名前は、行き倒れていた自分を保護し、世話してくれた師匠(忍)が付けてくれた名前だった。

警察でも身元がわからず、それからは叶奈として生きることになったのだ。


過去のことはほとんど覚えていない。

医者には事故による記憶障害と言われた。


ただ、自分を生んだ両親に愛されていたこと、両親と共に事故に遭って自分だけが生き残ったことだけはうっすらと覚えているので、いつも何か有るたびに「拝啓 お父様、お母様」と天国の実の両親に報告をしていた。

命がけで守ってもらって、今があるのだ。

実の両親に感謝しないといけないと思っての行動だった。


もちろん、養護施設から引き取ってもらった現両親にも感謝している。

だが、せめて自分にかかるお金は稼いでおきたかった。

養子叶奈ではなく、実の娘にお金を使って欲しかった。



「うーん…?……日本とアメリカでは思考が違うんですかね?こちらでは血のつながりなんて、余程でない限り気にしない人が多いのですが…。」


エリックさんは不思議そうだ。

そういえば、あちらでは養子とか気にしないんだったっけ?


「えーと。確かに気にしない人も居ますが、島国だからこそ血のつながりを気にする文化がある…感じ?だと思ってくれたら助かります。」

「なる、ほど…?」


異文化に驚いたが、エリックさんはどうやら納得してくれたようだ。

この後、エリックさんに施設内を案内してもらい、本日は解散となったのだった。

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