第35話:ミーミルの水滴



 カレンが見事なフラグ立てをしてくれたが、それがジョーク冗談なのか真面目マジなのか、シンジは判断に迷った。リョウジなんかはあからさまに困惑した顔をしている。

 彼女はそれをどこ吹く風とばかりに無視した上で宣言した。


「先遣隊まるごとハックする」


 シンジ達は呆れを通り越して無表情になる。ノルンが万能でないのは十分に理解できたが、それでも先遣隊を丸ごとプレゼントしてくれるような、優しいAIではない事も理解している。タンクローリーを一台奪取するだけでも命懸けだったのだ。


「そんな顔すんなよ……まあ、取り敢えず聞いてくれ」


 フラグを立てた自覚のないまま、カレンは彼らの表情を不満げに受け止めつつ、自分の意見を述べ始めた。


 まず、理由としてはタンクローリーと同じで、自動化処理が施されているものは貴重であり、自分達の今後の行動にも便利な道具として使える事。また、作業ロボットや警備ロボットは人型を模している。これは人類遺産も利用しつつノルンが拡張させたもので、現在のノルンが持つ科学技術の程度を知るための、貴重な資料ともなる。

 カーゴボットや小型作業ボットは多ければ多いほど良い。日常的な農作業や農地の拡張、改造すれば狩猟も可能となる。食品加工も自動化でき、食の安全向上にも繋がる。


 そして次に、手段の説明を続けた。

 武器倉庫にあった、29式対戦車誘導弾のレーザー誘導ユニットを改造して、指向性EMP電磁パルス兵器にする。出力を調整すれば、電子回路の全てを焼き切らずとも、制御システムのシャットダウンを狙える。電源制御のコンデンサーだけを焼いてしまえばいい。


 攻撃能力を持つ警備ロボは、銃撃と併用しながら動きを封じたタイミングでEMPを撃てば止められるだろう。

 偵察車は厄介だが、敢えて触れるほどに接近すれば死角となる。そこでEMPを使用。最悪の場合、個人携帯対戦車弾LAMを放って破壊すればいい。


 暗号鍵が変わって無ければ、その他のボット達はハッキング可能。幸い、中継ドローンが居ないので、接近した上で直接電波でハックしやすくなっている。


「問題は、指向性EMP兵器への改造だ。少なくとも本田に行かないとできない事だな。それに時間も掛かる」


 カレンはそう締めくくり、ペーパーテストを提出する不安を抱えた大学生のような顔で、三人を見渡した。ミサキとフギンも、MRゴーグル内の視界の隅で、黙ったままでいる。

 彼女の説明は分かりやすく、具体的な提案も含まれている。シンジは頭の中で彼女の案をシミュレーションし、少しだけ可能性を見出していた。まったく無理な作戦ではない。


 暫く静寂が続いたが、この時間を使い、カレンはフギンにいくつかの状況を報告させる。


「フギン、東門周辺はノルンの感知範囲か?」

『範囲外の可能性はありまちゅ。衛星からの常時監視の可能性はありましゅが、その為には我々の存在を認知する必要がありまちね』

「その可能性は?」

『現在の先遣隊の行動様式から、可能性は低いと判断しましゅ』


 感知されていない、もしくは現場レベルであれば人間に攻撃意思が無ければ無視する可能性も高いだろう。カレンはそう考え、ミサキにも意見を聞いた。


「ミサキはどう思う?」

『専門外だけど……。ノルン自体はハイブリッド構成だけど、末端までバイオモジュールがあるとは考えにくいわね。上海や名古屋で見てきたロボットも、電子制御だったみたいだし。EMPは有効だと思うわ』

「作戦行動についてどう考える?」

『私が生きてたら反対するわね。けど、フギンと私の目があれば、少なくとも屋外についてはサポートできる。屋内はみんなのMRゴーグルから把握はできるわね。それを踏まえれば、成功率はゼロではないってとこかしら』


 フギンはミサキのように、ある程度自分の考えと経験による推定ができない。ミサキは記憶と経験、そして人間の思考パターンのシミュレーションによる柔軟な計算ができる、カレンにとってこの上ない高度な援軍となっている。

 もっとも、生きていてくれた方が何倍も良かったのだが──。


「フギン、警備ロボットの移動速度は?」

『ヒトの半分程度でち。およそ時速2キロメートル時』

「それを元に、司令本部楝の制圧までかかる時間を推定」

『──およそ84時間でしゅ』


 それを聞き、カレンはゴーグルのモードをAR拡張現実からMR混合現実に変更し、シンジ達にも同じモード変更をするように指示した。

 カレンは自分の視界をBMI経由で共有し、作戦説明用のボードをゴーグル視界内のワールドに展開する。


「ちょっと作戦を組み立てながらの説明になるから、気になったらその場で質問してくれぃ」


 カレンは銃を置き、両手を使って朝霞駐屯地と理研、そして本田研究所の立体地図をポンと置いた。その中にチーム全員の顔アイコンを駒のように置く。現在地である、方向支援本部ビルに四つを固めて配置した。


「このルートを使って、東門から徒歩で本田に行く。移動するのはリョウジとアタシだけでいい。二人でEMP兵器を作る。少尉とカズヤは、総司令本部ビルの隣の建物に移動して、EMPが完成するまで肉眼監視をする。見といて欲しいのは偵察車と警備ロボの動向だけでいい」


 彼女は説明しながら、自分とリョウジのアイコンを指を使って道沿いに動かしつつ、本田研究所へのルートを表示させていた。そして、シンジとカズヤのアイコンをつまみ上げ、司令本部の西側にある建屋に配置する。


「アタシぁ軍事ミリタリーのプロじゃないが、ゲーマーだ。それでも指揮を取る偵察車を広場のど真ん中に配置するなんざ、間抜けな事はしねぇ。けどノルンのサブシステムはそれをやっちまってる。入口前のロータリーに堂々と停めてやがる。アタシらの鴨だな」


 偵察車のアイコンを葱を背負った鴨の間抜け顔にし、これみよがしにくるくると回した。


「警備ロボは三台。ドローンの中継を見ると、一台が別行動とってる。つー事は、効率重視で三台とも単独行動してる可能性が高い。これも間の抜けたこったな。各個撃破に好都合だ」


 三台のロボは、アホ面した犬の顔になり、そのうち二台は司令本部ビル、一台はビルの外側に駒として置いた。


「ミサキはドローンと全員の視界を把握して誘導を頼む。フギンはミサキと平行して危険を事前察知しろ。危険判断のしきい値は30%だ。それ越えたら警告しろ」


 その言葉に、視界の隅にあるウィンドウ内に表示されている、ミサキとフギンのアバターが小さく頷いた。


「EMPが完成し次第、リョウジとアタシは合流する。その後は、警備ロボの各個撃破と確保、最後に偵察車の奪取。指揮系統が沈黙すれば、自動的に全てのボットも停止する筈だ」


 小型ボットのサイズでは、自律的に動ける範囲も狭い。少なくとも、指示信号が途絶すれば行動を保留する事は、米国で得ているカレンの経験で把握していた。


「万が一の個人携帯対戦車弾LAMは、カズヤが持ってくれ。バックパックは一旦置いて、背負うくらいなら問題ないだろ?」

「ぉ、ぉう」


 カズヤはそんな兵器が自分で扱えるか分からなかったが、リョウジがある程度、映画や漫画の知識で教えられるという事になった。無反動砲なので、撃つ時は背後に誰も居ない事を確認してから、という説明だけは先んじてリョウジは伝えた。


「ま、アタシがハックに失敗したらだ。無駄に使いたくないしな」


 表情こそ分からないが、カズヤは不安そうに肩を落とし、少しだけ顎を引いていた。ゲームでシューティングするのは楽しいが、現実にやるのは楽しいどころか、少し恐ろしさすらある。


「心配すんな、カズヤ。偵察車はアタシらが頂くさ!」


 カレンは大げさにカズヤの肩を叩いて励ました。肩と手の、金属同士がぶつかる音が、辺りに響き渡った。



  *  *  *


 

 シンジに初めて部下が出来た時、そしてその部下が初めて社内プレゼンを行った時が、人生の中で最大級の緊張を得た瞬間だった。手助けしてやりたいが、それも出来ず、ただ部下がきちんと独り立ちするかどうかの瀬戸際を、ただ横で黙って聞いているだけだった。そして、自分の指導力の無さを痛感させられた瞬間でもあった。

 そんな気分を、今まさに、再び味わっている。


 後方支援本部から理研の西門まで、直線距離で1.7キロメートル。カレンは俊敏ではあるが、小柄なだけに移動速度は遅い。小走りをしておよそ三十分ほど掛かる。

 既にカレンとリョウジは駐屯地東門を通過した所だ。残りの行程は一般道路であり、できるだけ細い道を選んで進むルートを採っていた。

 それでも、元々の心配性と中国での経験が臆病となって現れ、ゴーグルに映し出されている彼女らの行動を、拳を握りしめながら確認している。


 カズヤもそんなシンジの様子を気がかりにしていたが、自分よりも経験の長けた元上司の事を信頼している。何も言わずに、黙って移動の様子を見守った。


 カレンは高性能義体であり、場合によってはカズヤと同等レベルの力を発揮できるが、それでもバックパック程の大きさがあるロケットランチャー照準用レーザーユニットは重く、足を鈍らせる。酸素を多く使うので、息も切れている。

 リョウジはカレンのスピードを考慮しつつ先導しているが、カレンを待つ回数が少しずつ増えていく。

 偵察ドローンの中継もゴーグルの中で確認しているので、周囲に動くものが無いので安全は確保できていた。

 だがそれでも、衛星軌道上から姿を捉えられ、超長距離狙撃をされたら一巻の終りだ。壁際を小走りしつつ、本田技研研究所を目指した。


 長い三十分が過ぎ去り、カレンとリョウジは無事に研究所に到着する。シンジも息をすることを忘れていたのか、大きく息を吸い込んで、そして音を立てて吐いた。


「よし、カズヤ。俺達も移動する」

「了解」


 敵から離れるカレン達とは違い、シンジ達は敵へと向かう。本来であれば危険度と緊張度が跳ね上がる筈なのに、これまで緊張していた反動か、冷静を保ったまま移動できた。

 敵側に反応は見られず、ほとんど変化が無かった事も大きい。

 別行動をしている警備ロボットは、司令部北側の建屋に入ったあと、姿は見られなかった。残り二体も、司令部本部の中から出てきていない。


 シンジとカズヤは、何事もなく司令本部の西側にある別楝に侵入する事ができた。警戒しつつ最上階となる5階に上がり、何やらお偉いさんの執務室のような場所を占拠する。ここからなら、偵察車の様子も、司令本部の出入り口もよく見える。

 カズヤと交代しながら監視を続け、カレン達がEMP兵器を完成させるまで、静かに籠城するだけとなった。



  *  *  *



 EMP電磁パルス兵器の開発は難航した。カレンもリョウジも物理には詳しくない。だが、ミサキは専門外であっても本田技研と理研の研究データから、構造と作成のアプローチの提示ができていた。フギンを経由して設計AIに提案させ、電子回路プリンタや組立アームで実際のものを試作していく。


 EV車用の小型蓄電池とスーパーキャパシタを利用した高出力レーザーはすぐに作れたが、EMP電磁パルスを発生させる為のプラズマ発生機の設計が難題だった。

 いくつかのシミュレーションを仮想空間上で行ったが、大きすぎたり重すぎたり、とても手運びできるものではなく、出力も現実的ではなかった。


 そこでカレンは、EMP誘発用の指向性小出力粒子砲を構想した。念の為にと一緒に持ってきたロケットランチャー本体を利用し、筒状部分をコイルで包み、爆竹程度の小規模な爆発を起こせるような荷電粒子発射装置に改造する。

 これはシミュレーションでも上手くいき、ちょっとした荷電粒子加速銃ポジトロンライフルとなった。その代わり、バックパック程の大きなバッテリーとキャパシタが必要となる。

 その分、プラズマ発生源を小型化し、口径が大きく底の浅いフライパンと、車のホイールを使った対戦車地雷のような入れ物を作り、高密度アルゴンガスを密閉。蓋にある取っ手の代わりに硬度の高いプリズムを造ってレーザーエネルギーを屈折させて、内部に点火する仕組みにした。

 

 誰かがロボットや偵察車の気を引き付けて死角を作り、死角からプラズマ地雷を滑らせて対称に接触。二人がほぼ同時に、レーザーでプリズムに点火した後、荷電粒子砲で地雷を狙撃し、EMPを強化させる。

 そしてダメ押しとして、相手がダウンしたら内蔵バッテリーを破壊か切断を行うか、ハッキングしてシャットダウンさせれば完了だ。

 理屈上ではEMP発生時点で、ターゲットの電源系キャパシタを破損できる筈だ。鹵獲したいので無傷なのに越した事はないが、多少の犠牲は必要だった。


 問題は、3人セットで運用する事と、ポジトロンライフルを扱う人間は影響を受け、義体が一時的に麻痺する可能性が高い事だ。義手・義足だけならまだしも、全身義体の場合は循環系や神経系にも影響が出る。最悪の場合、高度な自殺装置にもなってしまうだろう。


 カレンはハッカーという事もあり、高性能義体には電磁シールドも多重に掛けてあるものを使っている。それでも、電磁パルスや荷電粒子の影響を免れないだろう。

 そして、レーザーも荷電粒子砲も、精密射撃が必要となる。レーザーがプリズムに当たらなければ起爆できず、荷電粒子が地雷に当たらなければEMPの影響が小さすぎて、無力化できない可能性が出てしまう。


「自分で言っといて何だが、シビアな作戦だぁね」


 悪びれもせず、カレンはそうニヤついた。

 理研と本田研究所には材料が揃っている。バッテリーもキャパシタもあり、入手が難しいアルゴンガスも、溶接用のボンベがある。

 今回は大軍を相手にする訳ではなく、脅威となる対象は小規模なので、試作を使うとすれば丁度良い規模とも言える。

 カレンはそう前向きに考え、心配そうに見ているリョウジを置いて、フギンとミサキにプロンプト指示文を打ち込み始めた。



 *  *  *



 EMP兵器の試作完成には四日掛かった。

 シンジの予想を越えた大掛かりなセットとなり、カレンとリョウジが合流した後も、全員でもう一度往復する羽目になる。その間の監視はカズヤに任せ、三人で本田研究所と理研、そしてカズヤの監視ポイントに戻ってきた。


 ノルンの先遣隊は、司令本部の制圧が終わったのか、ビル全体が通電状態になり、全ての窓から室内灯の明かりが漏れている。

 偵察車はまったく動かず、ロータリーに駐車したままだ。警備ロボットの一台は本部ビルから出てきていない。二台目は東側のビルへと入り、三台目は丁度、シンジ達がいるビルに入ろうとしている所だった。

 EMP兵器の完成があと半日遅ければ、シンジとカズヤは一時撤退しなくてはならなかっただけに、ギリギリのタイミングだ。


 その警備ロボットが5階のこの部屋にくるまでの間で、カレンは急ぎ足でEMP兵器の使い方とフォーメーションを説明する。


「レーザー砲はカズヤ、荷電粒子砲はアタシ、シンジはバッテリー持ちとバックアップ、リョウジが地雷を投げてくれ」

「了解」


 返事をすると同時に、それぞれが武装を変更する。重機関銃はシンジの手に戻り、バッテリーバックパックを背負った。

 誘爆を避ける為、カズヤが背負っていたLAMは一旦隅に隠し、シンジと同様にバッテリーを背負ってレーザーユニットを両手で抱えた。

 リョウジは四台の地雷のうち一つだけを掴み取り、カレンは自分の身長と同じくらいの砲塔を肩に担いだ。砲塔の後部とシンジの背負っているバッテリーとは太いケーブルで繋がっている。


「たぶんだが……シビれる時は一緒だぜ、少尉?」

「ご忠告感謝する、軍曹」


 そして、重々しい足音が階下から聞こえ始めた。




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