第14話 学園コスチューム・デイ・イベント!


未来ノ島学園

コスチュームデイイベント告知


【配布日】2328年4月12日


【対象】全校生徒・教職員




 未来ノ島学園では、本年度も「コスチュームデイ」を下記の通り開催いたします。

 このイベントは、生徒の皆様の個性と創造性を尊重し、学園生活において自己表現の大切さを体感していただくことを目的としています。


イベント概要


開催日 2328年5月12日(水)

時間  8:30~15:30

場所   未来ノ島学園 敷地内全域


 当日は、学園敷地内に設置された特別なARゲートを通過することで、各生徒の肉体と精神のデータを読み取り、それに基づいたコスチュームへの見た目が自動的に変化します。

 本イベントは、教育活動の一環として、生徒の皆様が互いの多様性を認識し、尊重することを促進することを目的としております。


注意事項


- コスチュームは学園内にいる間のみ表示され、学園外に出ると自動的に元の姿に戻ります。

- イベント当日は通常の授業を行いますが、各クラスで特別なプログラムが実施されますので、詳細は各担任からの指示に従ってください。

- 安全上の理由から、学園敷地内では走らないようにしてください。また、他の生徒のコスチュームに強く触れる行為はお控えください。



 このイベントを通じて、皆様がお互いの違いを理解し、より深い絆を育む機会となることを願っております。

 生徒の皆様には、この日を心から楽しんでいただけると幸いです。


未来ノ島学園 教育委員会



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 朝から、未来ノ島学園エリアは別世界に変わっていた。未来ノ島学園の「コスチュームデイ」がいよいよ幕を開けたのだ。


 生徒たちも教職員も、一様にそれぞれの個性を映し出すコスチュームに身を包んでいる。

 学園の入口に設置されたARゲートを通過するたび、着替えることなく外見が変化する。制服の姿からファンタジー、歴史、科学、アートを象徴する多彩な装いへと変化していく様子は、生徒達を楽しませた。


 この装いは、各々の精神と肉体のデータを読み取って生成される。

 目立ちたいと思うものにはとびきり目立つものを、控えめにしてほしいと思うものには、控えめなコスプレとなる。強制ではないため、中には落ち着かないと言う理由でキャンセル処理をする者もいる。しかし大抵の生徒がこのイベントを楽しみにしていた。

 ちょっとした心理テストに、楽しいデフォルメが加えられたかのような装いを楽しめる、というわけだ。

 また、この春にできたばかりの新しい友人たちの新たな一面を見つけ、交友を深めることもできるため、この取り組みは自由な高風の象徴となり、好評を博していた。


 東雲柳は今朝は用事があり、少し遅めの登校になった。事前の申請は済んでいるため、問題ない。次の授業には遅れることなく参加できる。

 教室へ入るまでにかかる時間をデバイスで確かめ、彼もまた校門をくぐった。


 道中の教室では、普段は穏やかな歴史教師が中世の騎士に扮し、授業を進める姿がある。

 数学の先生は、未来的な科学者の衣装で方程式の美しさについて語り、生徒たちはその姿に目を輝かせていた。

 理科室からは、魔法使いになった化学教師が、実験を通じて「魔法のポーション」を生み出す様子が見える。

「わぁ、先生かわいい〜!」

「毎日それ付けてきてよ!」

「えぇ……? 毎日は先生、ちょっと恥ずかしいかな……」

 生徒たちの間からは、自分たちがまるで物語の中のキャラクターになったかのような歓声が上がる。


 中庭では、生徒たちが自分のコスチュームを友人に披露し合っている。

 伝説の戦士、宇宙を旅する探検家、神秘的な精霊、華麗なる王族や勇敢なる冒険者たちが、学園の日常を彩る。

「お前、ムキムキだなと思ってたらレスリング部だったのか! チャンピオンベルトでけー」

「探検隊の衣装ってのもおもしれーな、確か山の中とか入るの好きって言ってたよな?」


 この科学技術で作られた島の学舎は、こうした学業以外の小さなイベントも盛んだ。

 AI技術で制御された独自プログラム、島全体を包む警備システム、最適なインフラ。全てが未来への投資だ。レクリエーションもその一環として実行されている。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 柳の所属するクラスの教室には、既にコスチュームデイの興奮が満ちている。

 中でも桐崎クリスタル、根岸リリア、そして大分鞠也の三人は、彼女たちの間の特別な関係性を浮き彫りにするような、心温まる交流を繰り広げていた。


「クリス、そのチアリーダーの衣装マジで似合ってるな! さすがアメリカ出身! てか、似合いすぎてない?」

 リリアが衣装を翻しながら賞賛する。鞠也もそこに加わった。

「確かに、クリスちゃん違和感ないわ! とってもきれい」


 クリスが生成された装いは、彼女の活発な魅力とスポーティーな美しさを際立たせるものであった。

 彼女はアメリカン・チアリーディングのコスチュームに身を包んでいた。ビビッドな青と白の配色で、金髪を腰まで伸ばした髪型と驚くほど調和していた。短めのプリーツスカートとフィットしたトップからなり、スレンダーで筋肉質の身体を、より美しく見せつける。


 女子の中では背が高く、中学までバスケをしていたというスポーツ経験が、このコスチュームを着ることでさらに輝きを増していた。

「えへへ……アメリカ出身って言っても、私これ持ったことなんか一度もないんだけどね……」

 クリスは、ふたりの言葉に応えた。ポンポンを胸の前に掲げてみせ、少し照れながらはにかむ表情がかわいらしい。

「リリアのそのインドっぽい衣装もすごくきれいだよ。なんかお姫様みたい!」


 リリアの衣装に、この学校の自動生成プログラムは彼女のルーツにまつわる伝統舞踏の衣装を選んだようだ。

「ふふん、そうだろ〜? リリア様の母譲りの美貌、とくと堪能するが良いぜ〜!」

 そう言って胸を張ったリリアの耳には、シャラシャラと音を立てる金の飾りがついていた。衣装には、鮮やかな色彩と複雑な模様。柔らかなシルク状のテクスチャが優雅に波打ち、長く美しい黒髪と見事にマッチしていた。


「リリア、ベリーダンス踊れるんだっけ?」

「よっしゃ、今日は特別に見せてやるぜ!」

 リリアはその場で踊り始める。母直伝のベリーダンスに、クリスは拍手しながら見惚れてしまった。

 体のラインを美しく見せる柔らかな衣装が、起伏に富んだ体つきをエレガントに強調した。動きに応じて揺れる手首や耳のアクセサリーたちが聴覚も刺激し、褐色にオリエンタルな顔立ちのリリアの魅力を多角的に認識させる。

「結構大変なんだ、ダンスってのは!」

「すごい! リリア、本当に踊れてる〜!」

「私盆踊りしかできないよ……」

「私もだよ〜」

 ベリーダンスは見事なものだったが、その表情はいつものリリアだ。

「教えてやるよ! だいたい振り付けが変わっても身体の真ん中を真っ直ぐにし続けられれば、割とカッコつくって!」

 はじける笑顔につられてクリスも笑う。

「リリア、いいかげんなこと言わないの!」

「ホントだって〜!」

 美しいダンスを披露しながらも、堂々とした性格と相まって、リリアは親しみやすさと自信を同時に放っていた。


 突然「疲れた!」と言ってリリアがダンスをやめると、鞠也が隣で小さく両手を挙げた。

「はいっ、私のお天気の魔法使い、どうかしら?」

 彼女の声はいつも通り控えめだったが、その瞳は新しい自分を発見した喜びで輝いていた。太陽と雲、雨粒など、様々な天気が移り変わる様子を思わせるデザインだ。

「なんかすごい凝ってるよね、設定とかあるの?」

 魔法使いと言いながらも、怪しげな黒魔術ではなさそうだ。大部分にパステルカラーが配されている。

「特に書いてなかったわ。でも、想像してみると楽しい!」

 大きなローブに包まれたシルエットが可愛らしく、中に着用している白いワンピースも細く小柄な体型にぴったりな組み合わせだ。控えめながらも確かな存在感。

 ゴージャスな布の立体的処理がたっぷりと施されている。スカートの内側は雲のような濃密さのパニエで膨らみ、細い足を強調して全体としてのバランスを高い次元に昇華する。

「うわ、すげー! 高そ〜」

「リリアちゃん……これ、ホログラムだから」

「あ、そうだっけ」

 湿気によりボリュームが変化する顎までの癖毛の特性が、まるでお天気の魔法使いとしての能力を象徴しているかのようだった。


「う〜ん、いや鞠也、それ本当に可愛いな! アンタはいつも控えめだけど、そのコスチュームは内側の魔法を引き出してる〜って感じ! 後で写真とろーぜ! マジカル鞠也!」

 リリアが率直に賞賛しながら、鞠也の小さな体を持ち上げ、思い切り抱きしめる。

「きゃ!」

 体が宙に浮いたことで小さく悲鳴を上げた鞠也を、リリアはくるくると回転して翻弄する。

「かんわい〜! まほーつかい鞠也ちゃん!」

「あっ、やだ、ちょっとリリアちゃん?! きゃあ!」

 クリスは頷きながら、鞠也の背中に優しく手を触れた。さりげなく静止されたことに気づいたリリアは、そのまま観念して床に彼女を着地させる。

「アクセサリーもいい感じ。きらきらして雨みたいだよ。うん、色も似合ってる!」

「そうだぞ〜? アタシ、すっごくいいと思うぜ! うんうん、やっぱ後で写真撮らせてくれな!」


 次の授業の始まりが近い。盛り上がっている中、教室の扉が開いた。

「うぃーす」

 そこには、バスケットボールスターに変身した長岡の姿があった。彼のコスチュームは名だたるNBAプレイヤーを彷彿とさせるもので、背番号は長岡の尊敬する選手のものだった。

 彼の健康的な輝きとスポーツマンシップが、その衣装から溢れ出しているようだ。昼休み恒例の遊びのバスケではみられないユニフォーム姿は、クラスメイトにとって新鮮に映った。


「おー、長岡かっこいいじゃん!」

 リリアが声をかけると、彼女の衣装がしゅるりと軽やかに揺れた。

「ありがとう、根岸。お前のその衣装もすごくいい。本当にどこかのプリンセスみたいだよ」

 長岡は笑顔で返した。彼の目は、次にクリスに向けられる。

「クリス…………そのチアリーダーのコスチューム、その……すごく、似合ってるよ」


 クリスは少し照れくさそうに笑みを浮かべた。

「ありがとう、長岡。長岡のそれも、かっこいいよ!」

 その時、鞠也が控えめに口を開いた。

「長岡くんのコスチューム、すごく力強くていいわね。柳くんとのあのバスケの試合を思い出しちゃった。実はあの時、私も少し遠くから見てたのよ」

 長岡は嬉しそうに頷き、恥ずかしそうに笑った。

「ありがとう、大分」

 伝説と言われているあのユエンが加わった一回を除いては、長岡が東雲柳と対峙したあのゲームは、印象深い思い出になっている。

 今後のゲームがまた大きく動きそうで、毎日の昼休みがより楽しみなものになっていた。しかし彼らは忙しく、なかなか三人が揃わない。ユエンに至っては、今日はまだ姿を見せていなかった。

「東雲とのあの試合、本当に楽しかった」

 四人は互いのコスチュームを再び見回し、その独創性と背後にある物語について語り合い始めた。ギミック満載の鞠也のものに注目が集まる。

「大分、その衣装って魔法が使えんの?」

「この魔導書みたいなのは、開くと電子辞書だったわ。こっちの杖を振ると光がふわふわって……それか雨粒みたいなのが飛ぶの」

「わぁ、かわいい〜! もっとやって!」


「おはよう」

 ふたたび教室の扉が静かに開き、衣装を身に纏った柳が入室した瞬間、教室内の空気が一変した。

「…………ぶっ」

 そのコスチュームは想像を遥かに超えるほど似合っており、誰もが目を奪われている。キャパシティをオーバーした女子が悲鳴をあげた。

 リリアが最初に反応し、「や、柳、それ……!」と言葉を失いかけ、その後、笑みを浮かべながら背中をばしばしと叩き、「マジで似合ってるよ。かわいすぎるんじゃねーか?! 本日の優勝は柳に決定!」と絶賛した。彼女の豊かな黒髪が笑いに揺れる。柳はリリアにされるがまま、背中を押してクリスらのいる一角まで連れて行かれた。


「柳、それ本当に似合ってる! 猫カフェから来た王子様みたい!」

 クリスが歓声を上げると、リリアと鞠也も同意の声をあげた。しかしやはり、若干様子がおかしい。

「猫カフェの王子ってなんだよ、クリス! 猫カフェは王政じゃねーし!」

「そこ?」

「クリスちゃん……フフッ、それ……ふっ、ほんと、ああ、だめだわ。ごめんなさい柳くん! ……あははは!」


「……え? 王子? 猫カフェ?」

 柳は目を見開きながら自分の姿を確かめようとする。ここに来るまでに確認しておけばよかった。時間に間に合わせようとばかり考えていて、周りに気を取られ確認を忘れていたのだ。

 しかし、鏡が近くにない。困っていると、センサーが感情を反映し、猫耳がしゅんと伏せられた。

 鞠也はその瞬間を見てしまったようだ。思わず「うっ、か、かわいい……!」と口にしてしまい、手で口を覆いながら抑えきれない笑顔を見せた。


 クリスは柳の姿を見て頬を染め、ゆっくりと歩み寄ってその両肩をひしと掴む。

 笑顔が震え、妙な角度に首を傾けている。

 柳は彼女の様子からただならぬものを感じ取りながらも、なんと返答したら良いか分からずにみつめた。

「……あの、クリス?」

 その瞬間クリスが弾かれたように離れていき、顔をポンポンで隠しながら悶え始めた。全く意味がわからない。

「柳、その……すごく、似合ってる。ほんと、ほんとにかわいい!」

 それはさっき聞いた。これでも彼女は、必死になって自分を押さえているようだ。顔を覆い隠すポンポンが外される様子はない。


 長岡が次に近づき、大きな笑顔を見せる。

「東雲、まじでその……似合いすぎてるぞ。どうしたらそんなにかわいくなれるんだよ!」

 何やらやや遠回りに言及しようとしているようだったが、顔は素直に面白いと言っている。


 友人たちのリアクションからどうしても確かめなければならないと感じた柳は、デバイスを取り出し、AR表示機能を起動。

 ジェスチャーで自分のコスチュームの詳細を呼び出すと、タブレットの画面には「猫耳カフェ店員」というコスチュームの全貌が映し出された。

「……ね、こみみ」

 そこには、耳付きのカチューシャ、白いシャツ、そして尻尾のようなアクセサリーが描かれていて、彼の姿がその通りに変化していることを示していた。

「えっ、今、これ……僕に……」

 AR画面を見つめながら、自分が猫耳カフェ店員になっていることに初めて気づいたように、特徴的な部位に手をやる。

 耳は可動式。ふわふわとした尻尾、ギャルソンエプロン、蝶ネクタイ。その組み合わせは未知の世界のアイテムであった。ご丁寧に尻尾には鈴までつけられている。


 事態を飲み込むまでの無言の後、柳は再び友人たちの方を見る。

 長身と筋肉質ながら細い腰の体型は、この衣装を着こなすのに意外なほど適していると評された。さすが最先端AIだと、クラスメイトたちがなぜか学園の独自システムを絶賛し始めている。


 クリスらの顔には、暖かくも期待に満ちた表情が浮かんでいた。

「柳、今日一日それで過ごすの……? やったぁ〜!」

「待て待て、キャンセルするかもだぞ! よーく目に焼き付けておけ」

「待って、俺写真撮ってやるよ」

「長岡くん、私にもあとでちょうだい」

 柳は羞恥心と戦いながらも、深く息を吸い込み、小さく頷いた。


「……あ、ありがと……」

 教室内は笑いと温かい空気で満たされた。

「んふふ……」

「柳のそんな大きいリアクション、初めて見たかもしれねーぞ、アタシ」

「確かに、いつもどこか冷静なまま……みたいな感じよね、柳くんは」

「ていうか柳、ここに来るまでに自分のコスチューム見なかったの?」

「東雲、抜け目ないように見せかけてこういう肝心なところでそういうことやらかすの、ほんとおもしれーわ」

 柳の頬は次第に紅潮していった。一生懸命に平静を装おうとするものの、こんな感情は初めてでどう対応していいかがわからない。


 その姿は、見ている者の心を和ませた。

「えっと、みんな……ありがとう。でもあの……こんなに褒められるとは思わなくて……ごめん。やっぱり少し手加減してくれると……」

 視線を彷徨わせる。センサーが反応して猫耳がチラリと動く仕草が、かわいらしさをさらに引き立てていた。

「ぶふぅっ……! ゲホッ、変なとこ入った」

「リリアちゃん大丈夫?」

「ヤバイ……この後の授業、集中できる気がしない……私柳の隣なのに」


 柳はうつむきがちに言った。期待されているなら、キャンセル処理はせずにいよう。

「ほんと、こんな衣装が出てくるとは思わなかったよ……」

 

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