第28話  痴女侍へのお仕置き、開始。

 

 少女が目を開く。しかし、何も見えない。瞼には布が当たる感覚がした。


「目隠し、か?」


 車輪の揺れと響く音からして、恐らくは馬車の中だ。しかも、腕を縛られているようだ。


「スキル行使──《エコーロケーション》」


 少女は舌を打つ。下駄の足音のような音が響き、その反響によって少女は周りの状況を理解する。

 しかし、普通の馬車ではなく、最早豪邸の一室のような内装をしているようだ。

 座席はソファーのように柔らかく、奥にはベッドもある。


「む? これはどういう状況じゃ?」


「おはよう。よく寝られたか?」


「っ!?」


 声が聞こえた。少女は一瞬、驚愕する。先程のエコーロケーションに反応しなかったからだ。とはいえ、少し不安だったのもあって、徐々に安心が勝っていく。


「おお、旦那様か。良かった良かった。早速、これを外してくれぬか?」


「ん? ダメだが?」


「む、なぜじゃ?」


「なら、外してやる代わりに、シズクから手を引け」


「断る。そう易々と金貨三千は諦めきれぬ」


「なら、諦めるんだな……えーと、名前はなんだっけ?」


「はあ、それすらも忘れられると流石に辛いのぉ。──儂はギン。賞金稼ぎバウンティハンターのギンじゃ」


 先日に続いて、二度目の自己紹介だ。


「じゃあ、ギン。こうしないか? 今から俺はお前を責める。5分、それに耐え切ったら、解放する」


「ほう、それは面白そうじゃ」


 にやり、視界を奪われていながらも確信があった。


(ふっ、責められて儂が弱音を吐くと? それこそ、有り得んな)


 何故ならば、ギンは自身を不感症であると思っていたからだった。


 これまで、一度として性的な興奮とやらを感じたことすらもなく、先日ルークと行った性交も実際思ったほどのことはなかった。


「よし、決まりだな。それじゃあ……」


「ん? なんの音じゃ?」


 急に妙な音が聞こえた。ぶーぶーとまるで、元の世界にあったスマホという機械のバイブレーションのような音だ。


「さあ──始めようか」


***


 一方その頃。ルークとギンの乗った馬車より少し前を走る馬車の中では。


「はあ、ほんと最低よね。あいつ」


 貧乏ゆすりをしながら文句を垂らすシズクの姿があった。


「そういうな。奴の行動にはなんやかんやと理由があるはずだ。それよりも……」


 アテナは目を細め、記憶を漁る。

 見覚えがあったのだ。先程の少女に対し、強い既視感が。


「アテナ? どうかしたの?」


 エーリカは難しい顔をするアテナの手を握る。


「いや、なんでもないんだ。エーリカ」


「にしても、あの女。何者よ、私の《フローズン・ブルーム》を全部、切り落とすなんて」


 シズクは思い出して、苛立っていた。貧乏ゆすりはさらに激しさを増す。


「……やはり、強者か。あの少女は」


「ええ、あの太刀筋は相当な場数を潜っているものだったわ」


「そうか」


 嫌な感覚だった。もう少しで思い出せるのに、肝心な何かが足りない。そんな感覚だ。


「あの人、多分……何人も殺してる」


 ぽつりと、エーリカが溢した。その足は僅かに震えている。


「エーリカ? 何故、そう思ったんだ?」


「あの人、血の匂いがするの。服からとか体からとかじゃなくて、その……魂……って言えばいいのかな」


 その一言に、アテナの頭にぴんと稲妻のようなひらめきが走った。


(……まさか、奴は)

 

「え? 何? あんた、あの女のこと知ってるの?」


 シズクがアテナへと問う。一瞬で、アテナの表情を読み取ったのだろう。


「私が知っているのは、所詮名前と簡単な経歴程度だ。どこまで、正しいのかも分からない。当てにはしないでくれ」


「いいから、話して」


「ああ。分かった」


 どこから話したものか、アテナは少し考えて、言葉をまとめてから話し始めた。


「恐らく、私が奴を初めて見たのは、2年前。王国で起こった魔族との小競り合いの時だ」


 当時は、最高戦力の勇者が旅をしていたこともあり、戦力に乏しかった王国は騎士団だけでは飽き足らず、多方面の冒険者にも依頼を出したのだ。


「そうして、集められた一流の冒険者数名の中の一人。それこそが、奴」


 その異名は。


「──血染めのギン。世界でも有数の賞金稼ぎにして、今だに敗北を知らぬと言われる怪物だ」


 獲物は、独特の形状をした片刃の剣。確か、刀と呼ばれるものだ。

 それをまるで、身体の一部の如く、


「へぇ。それで?」


「噂では極度の快楽主義者で、賞金首を打ち取っては換金し、その金を賭場や酒場で使い果たすと聞く」


「クズね」


「確かにそう見えるが、奴の功績は凄まじい。王国南部にて起こった魔族の侵攻を金欲しさに一人で打ち砕いたという噂もあれば、既に千人を超える賞金首を捕らえたとも伝わっている」


 十分に怪物。少なくとも、王国の騎士団において、それを実行できるものはいない。

 帝国の軍も同様だろう。


──『あいつは俺が手懐ける。久々に拷問官としての腕が鳴るぜ』


 しかし、そんな怪物相手にルークはそう言っていた。ならば、なんらかの策があるのだろうが。


「ルークの奴め、あんな化け物をどうやって……いや、どうせ手段は一つしかないか」


「……どうせ、そうよね。わざわざ私達と馬車まで分けてるんだから」


 ああ、どうせ快楽に堕とすのだろうなぁ。

 もはや、それは二人の共通認識となっていた。


「……ルークは、大丈夫かな」


「「……」」


 エーリカの純粋な心配に、二人は経験者として何も言えなかった。



────


あとがき


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