第6話  ヤンデレ暗殺者さん来襲

「よっと」


 結局、大樹の幹に体を預けたまま意識を失ったアテナを背負い、ルークは貸していた剣を持ち上げた。しかし。


「……うわぁ」


 グリップに晴れた瞬間だった。

 剣身は灰色に枯れるように染まり、ぼろぼろと崩れてしまった。


「え、まじ? 一回使っただけでこんなんになんの? 金食い虫じゃん」


 この剣、銀貨二枚もしたのに、と。とほほと笑って、ルークは虚空の倉庫へと戻した。


「まあ、代金は体で払ってもらうということでいいか」


 先程から背に当たっているアテナの双丘は中々に柔らかい。体自体はしっかりして筋肉質を思わせるのに、意外とそうでもないらしい。


「さて……と。ん?」


 一瞬、何かが視界の端を横切ったような気がした。真っ黒な人形の何かだ。


「……刺客? いやいや、あり得ないよな。ここ帝国だし」


 しかし、その甘い考えは悪い方に裏切られた。

 きらり、金属特有の光の反射が星明かりを弾きながら、ルークの顔面へと差し迫った。


「っ!! あぶねぇ!」


 ルークは咄嗟に左手で叩き落とす。

 

「……あ、そういうことね」


 同時に、地面へと深々と刺さったナイフを一眼見るなり、ルークは全てを悟った。


「おーい。多分何か誤解があるー。ちょっとでいいから話を……」


 ひゅん。先程のものと全く同じナイフがルークの頬を掠めた。同時に、正面の茂みから掻き分けるような音がした。


 そうして、姿を現したのは、真っ黒な髪にヴァーミリオンの瞳を懐疑的に細めた少女。

 その服装は、いかにも身軽さに特化した暗殺者らしい全身黒の装い。


「ジンパチ。貴方を殺して……私も死ぬ」


 おぅ。開口一番の一言で既に頭を抱えたかったが、どうにか堪えてルークは口を開く。


「誤解だ。この女とはお前の想像するような関係じゃ……」


「そんなの知らない。だって、浮気だもの。ジンパチは言った、私のこと好きって」


「え、ええ……?」


 言ったか? ルークの記憶の中にはそんな発言はない。


「なのに、ジンパチは知らない女を背負って、柔らかい背中の感触に鼻の下伸ばしてる」


「なら、ミリーダ。これは……そう、仕事なんだ。仕方なくこの女といるだけでな?」


 ミリーダ・リース。少女の名前だ。出会ったのがこの国に来てすぐ、この体で18の頃だからかれこれ五年の付き合いになる。


「……やっぱり、そうやって会話がするんだ。ジンパチは」


 そう言って、少女の全身は蜃気楼のように霞み始め、一瞬のうちにルークの視界から消え去る。


「ちっ! 本気かよっ!」


 ルークは総毛が逆立つ感覚の中、全方向を警戒する。

 一人ならば、対処は容易いだろうが、背にいるポンコツ騎士様は立派なハンデだ。


「──あんなに、私のことめちゃくちゃにしたくせに。くせにくせにくせにくせにくせに……」


「怖い怖い怖いっ!!」


 夜の森のどこからか響く声は、狂気じみていた。


「でも、いいよ。私、何があってもジンパチを嫌いになんてなれないもの。だから」


 背後に気配。ルークは咄嗟に振り返る。


「二人で一緒にずっといよ? 死ねば天国で二人きり。きっとずっとね……ふふふふ」


 ミリーダは逆手に持ったナイフをルークの首へと目掛け一直線に刺突する。

 しかし。


「やっぱ、お前なら首を狙うよな。うん、分かってたぞ」


 それは一瞬の攻防だった。鋭く迫るナイフをルークは片腕で捌き、そのままミリーダの手首を持ち引き寄せる。


「っ!? 何を!?」


 訳もわからぬうちに、ミリーダの顔とルークの顔が急接近。

 そして。


「んっ!?」


 ルークの唇は確かにそのミリーダの柔らかな唇を捉え、そのまま舌を口内へと差し入れる。


「んっ……ん、ん、ぷはっ。ま、待って、ジンパチっ」


 濃厚なディープキスの嵐だった。

 舌と舌が溶けあうような水音が夜の森に、静かに響く。


 そして、三十秒にも及ぶキスが終わると、


「……んっ」


 ミリーダの腰は完全に砕け、その足は内股のままぺたんと折れた。


「ふぅ。落ち着いたか? ミリーダ?」


「……酷い、こんなキス……ずるい」


 ミリーダは熱に浮かされたような表情のまま、はあはあと息を切らせながら、ぷいっとそっぽを向く。


「気持ち良かっただろ? なんでか分かるか?」


「……知らない」


「それは俺がお前を気持ち良くしてやろうと思ったからだ。可愛いお前をな」


 キザな台詞だ。というか、なんかよくよく考えると馬鹿みたいな言葉。


「……か、かわ……ふん。信じないもん」


 一瞬、嬉しそうに照れた後でそんなことを言ってもなぁ。なんてルークは思いながら、頭をぼりぼりと掻く。


「それで、なんで俺を追いかけてた? 何か他の用事があったんじゃないか?」


 ルークが問うと、あっとミリーダは何かを思い出したそうだった。


「レイズからの伝言、ある」


「ほう?」


「予定が早まるかもしれない。猶予は一週間程度だって」


「なるほどね。了解」


 まあ、元々それくらいの予定だから何も問題はない。


「あ、そうだ。ちょうどいい。手伝ってくれないか? ミリーダ」


 良いことを思いついた。これがうまく行けば、すぐにでもこの女騎士は……。


「いいけど……報酬が欲しい」


 いまだに赤面しながらミリーダは、もじもじと仕草のまま言ってきた。


「ん? なんだ? 俺があげれるものなら……あ、命とかは無しな?」


 こくんとミリーダは頷いた。喜んでいるらしい、なんとも分かりやすい少女だ。


「よし。なら何が欲しいんだ?」


「……下着」


「え?」


「──ジンパチが一ヶ月以上愛用してる下着が欲しい」


 うん。この子、やっぱどこかおかしいじゃなかろうか……。

 渋い顔のまま、ルークことジンパチは思ったのだった。



 



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る