退屈な探偵が今日も俺で暇つぶしする
ぽんぽん
第1話 謎部活!
日常と、非日常。世の中は大きく二つに分かれていて、お前がこれから直面していくのは後者だから、死にたくないならそれを早く前者に出来るよう死に物狂いで努力しろ――
そう俺に言った人がいた。その人は俺にとって『非日常』を教えてくれた先生のような存在だったけど、あえて師匠と呼んでいた。師匠はそう呼ばれることを嫌っていたし露骨に嫌な顔をしたけど、でも俺がその人に教えてもらったこと、受けた恩を考えれば、師匠以外考えられない。
「あなたにとっての”
とあの
そんな大恩あるお師匠様からの言い付けも早速守れそうにありません。
高校入学して一月が経ち、ゴールデンウイークも終わった五月のこと。俺はまたしても
✕ ✕ ✕ ✕ ✕ ✕ ✕ ✕ ✕
「聞いているの
「ひゃい! サーイエッサー!」
いまどき珍しいデスクを叩くタイプの女教諭の鋭い視線に巣蜂は背筋をピンと伸ばした。うーん、この女教諭――巣蜂が所属する1-Cの担任である桃崎花乃せんせーの視線を浴びればどんな猫背の不良学生も立ちどころに直立してしまうのではなかろうか。
「それを言うならサーじゃなくてマムでしょって、いや聞いているならいいよ。で、だ。入る部活決めたの?」
一か月もあったんだから決まってないとおかしいよねぇと言う言外の視線にたじたじ。先ほどから震えっぱなしの足を叩いて口を開く。
「……さ、茶道部に入ろうかと」
「茶道部なら去年廃部になってるよ」
「思っていたんですけど気が変わって華道部に」
「華道部はわが校に存在しない。ねぇ巣蜂、あなたがこの一カ月で見学会にも体験入部にも参加していないのは把握してる。……あなた和室系にこだわるなら柔道部とかどうなの。柔らかい道ってなんだかふわふわしていてよさそうじゃない?」
「あれは人体を柔らかくどうこうしますみたいな意味合いであって柔道の柔からふわふわを連想する人なんていませんよ!」
何を隠そう柔道部顧問である桃崎先生の勧誘を首をぶんぶん振って断ります。
「じゃどうするの。うちの高校の校則はしってるでしょ。全生徒はいずれかの部に所属し体を成すべしって」
「……」
口を真一文字に結び沈黙する巣蜂はさておいて、ここいらで今現在巣蜂が置かれている事情について説明しよう。取り立てて描写する要素を持ち合わせないThe 一般男子高校生の巣蜂君一年生が通う都立東高校には、桃崎が言った通り生徒の皆さんは全員部活に入りましょーねなんて言う、自由な校風が売りの東コーにあって全くもって不自由な校則がある。
とは言え生徒に強制するのだからと言うことで部活動自体には結構な自主裁量権が認められているし、また部活そのものの種類も多かったりする。ので、大抵の生徒は四月の終わりには自分に合う部活を見つけて入部しているのだが……。
「まだ入部していないのあなたを入れて二人だけ」
肘をタイトスカートに包まれたももの上に置いて桃崎が前かがみになると、ふと巣蜂との距離が近づく。
……なんかめちゃくちゃいい匂いがしましたはい。
「あ、もう一人いるんですね」
「仲間を見つけて安心しないの。もっとも、もう一人の子は既に入部する部活を決めているみたいだけど。だから実質的にまだ入部していないのは一人だけ」
ならはじめからその見知らぬ生徒のことなんか言わずに、同じ境遇の人がいてちょっと安心する日本人的民族性を衝かないでほしいです。
「……」
「はぁ、まぁ私も鬼じゃないし、あなたの事情はある程度汲むつもりよ。放課後、部活棟三階の書庫室に行って」
「りょーかいです」
巣蜂は素直に頷ずいて職員室を出た。
✕ ✕ ✕ ✕ ✕ ✕ ✕ ✕ ✕
時刻は午後3時50分。ホームルームも終わった放課後、巣蜂は部活棟の階段を上っていた。
三階に行くまでの間、謎の薬品がぷしゅぷしゅと音を立てているビーカーを運んでいる白衣の生徒や、軽音楽部と思わしき生徒なんかとすれ違う。
先生の口ぶりから察するにこの部活棟にある部のうちのどれかに話を付けてくれたのだろう。おそらく件の書庫室を部室とする部に。
「つっても書庫室を部室にするって何の部だよ」
中学のときの記憶を引っ張り出してきてもまるで思いつかない。あるいは、この高校独自の未知なる部だったりするのだろうか。
「行けば分かるか」
階段は終わり、三階だ。夕日の赤に照らされて淡い色に光る廊下を歩く。備品室……空き教室……空き教室……書庫室。
書庫室は廊下の最奥にあった。
一つ息を吐いてからドアを開ける。これが、
「先生が言っていたの、あなたのことだったのね」
初めに目に入るのは窓越しに夕日を浴びて燦々と輝くその金髪だろう。次いで日本人離れした整った容姿。こちらを見つめる二つの碧眼。窓の縁に腰を掛けているその姿は、額縁に収めればルーブル美術館で展示されていそうなほど絵になっていた。
「久しぶりね巣蜂君、ゴールデンウイーク以来?」
「……ああ、そうだな」
「いつまでもドアの前に立っていないで入ったらどう」
「……」
書庫室の間取りは一言で言えば奇妙だった。元々特定の用途を目的に作られた部屋ではないらしく、普通の教室くらいの部屋の後ろ半分が書庫になっていて、前半分は長机が一つとパイプ椅子が二つだけ。
金髪の少女は一しきり巣蜂を眺めるとパイプ椅子の一つに座る。
「座る?」
巣蜂も座ることにした。
「あのさ、一つ聞いていい?」
「一つと言わず何個でもどうぞ」
「じゃあその……ここって何部?」
「ミステリー研究部」
「み、ミステリー研究部⁉」
「そう、ミステリー研究部。桃崎先生から聞いてなかったの」
「俺はただ書庫室に行けって……てかお前、うちの高校の生徒だったんだな」
「ええ、そうよ。そう言えば自己紹介がまだだったわね。私の名前は
にっこり笑顔でそう千駄木は宣った。
見覚えのある口角の上げ方、こちらを子細に観察する瞳の揺れ、覗き込むように前屈みの姿勢……何もかもがゴールデンウイークの最終日に会ったときの焼き直しだ。
「よろしくって言われてもな……別に知り合う気はないし」
「あらそうなの? これからミステリー研究部を盛り上げていこうって仲なのに」
「……それは俺に入部しろと」
「ええ、だってあなたが入部しないとこの部、人数足りなくて廃部になっちゃうし」
「さいですか」
「さいですよ。はい、これ入部届」
「……」
ペラペラなプリントが机の上を滑って手元に来る。
「じゃっ、記入して」
「……」
なるようになれって奴だ。手提げから筆箱を取り出して、学年組出席番号名前を書いた。
「巣蜂
すたすた歩いて巣蜂のすぐ後ろを通ると、とっとと書庫室から消えてしまった。もぬけの殻になった書庫室。パイプ椅子にぐでっと深く寄りかかって巣蜂は天井を見上げる。
「何なんだよあの女」
帰るか、と呟いて帰ることにした。
✕ ✕ ✕ ✕ ✕ ✕ ✕ ✕ ✕
高校最寄りの電車で3駅。駅前から我が家まで15分。しめて35分が登下校に掛かる時間で、まっすぐ家に帰ればこんな時刻にはならないはずだ。
時刻は午後9時30分。相も変わらず厄介ごとに巻き込まれていた巣蜂は、駅前のショッピングモールから重い足取りで出てきたところだった。
「いや、あれは厄介事――ではないよな」
どうして誰も声を掛けないんだろうか。グリーン大作戦だとか何だかで近所の小学生たちが植えた花壇に囲まれているベンチに、女の子が一人、地面に届かない足をぶらぶらさせて座っていた。
付近に保護者がいるようにも見えない。家出をする年齢でもないだろうし誰かとはぐれて迷子になったのだろうか。
改めて周囲を見渡してみると残業終わりで疲れ切っているサラリーマンもOLもどっかの飲み屋のキャッチも、みんながみんな少女の方を見向きもしない。あんないたいけな女の子が繫華街のど真ん中に一人でいると言うのに。
「よっす、君一人?」
少女の前方、視界に入る位置から近づいて、膝を曲げ視線を合わせてから話し掛けた。
「そーだぁけど、おにいさんはだぁれでーすか」
「おにいさんは義理人情の下町の衰退に心を痛める通りすがりのただのおにいさんだ」
「つまりはナンパぁってことーなの」
「今の説明のどこにナンパの要素があったんだ。で、一人で何してるんだ」
「ナンパぁまちでぇす。そしたぁらおにいさんがつれましたぁ」
「つられてない。だいたいまだお前小学生ぐらいだろ。そんな擦れたことやってないでまっすぐお家に帰れよ」
最初のうちは友好的に行こうかなんて思っていた巣蜂も、女の子の態度に乗せられていつの間にか語気を強めていた。
そんな巣蜂の変化を気にも留めず、女の子はサンダルを履いた足をぶらぶら。
「いやぁですぅ。ナンパぁしてきたのはぁおにいさんなんだからぁ、あそんでくれないとぉ、ダメぇですぅ」
「だからナンパぁじゃないって言ってるだろ……はぁ、遊んだら帰るのお前」
「もちろんですぅー。だからぁーおにいさん、わたしぃとぉあそんでぇ?」
愛らしい女の子は上目遣いなんかしてそんなことを頼んでくる。
今さっき出てきたばかりのショッピングモール内にあるゲームセンターで少し遊ばせたら満足するのだろうか。まぁこんな時間では都条例に引っかかる可能性もありそうだけど。
それで、遊ばせている間にもしかしたら小学生が出歩くには遅い時間で一人でこんなところにいる理由も話してくれるだろうか。……いや、警官に引き渡せばいい話なんだろうけど、ベンチが目に入っているはずの交番から警官が出てくる様子もないし、彼らも何か別件で忙しいんだろう。
乗り掛かった舟、だ。
「仕方ないな。家まで送るから遊んだら帰るんだぞ」
「やったぁ、うれしいですぅ」
ぱぁっーと笑うと、トンと飛んで女の子は地面に着地した。
「わたしぃのなまえはぁ、イルサ・スカーレット・ハイドレンジア。おにいさん、あそびましょー」
ワンピースの裾を摘まんでそれはそれは綺麗で優雅で気品に溢れたお辞儀。
……、さっきまでは陰になってよく見えなかったけど髪の色紫なのかよとか、お前外国人なのかよとか疑問は尽きないけれど。
さすがにそろそろ、巣蜂も違和感を覚えた。
目立ち王選手権が開催されたらぶっちぎりで優勝するだろう少女を、回りの通行人たちがあまりにも気にしなさ過ぎている。
巣蜂は都会特有の無関心とか冷たさとか触らぬ神に祟りなし的な反応と考えていたけれど、これは度が過ぎている。女の子から少し離れたベンチに座っていた中年の男性は首を回して女の子の方を見ても、一切の関心を見せない。まるでそこに誰もいないように扱っている。もしその行動が興味を隠す演技なのだとしたらおじさんは掛け値なしの名優だ。
けれども、それだけだ。いずれも主観に基づいた感想だし、まだ自分が錯覚しているだけと言うこともある。まだ日常の範囲内。
女の子――イルサ・スカーレット・ハイドレンジアは驚いた顔をして首を振る巣蜂を見て、口に手を当てクスクス笑い始めた。
「おにいさん、こっちがわのひとなのにぃ、ききかんなさすぎぃー」
「……こっち、側?」
「そーだよ。このけっかいをむしできるんだものぉ。ふつうのひとじゃないわぁ」
「なにを言ってるんだ。これはあれか? もうなんかそういう遊びが始まってるのか?」
「まぁーだだよ。おにいさん、すごーくずれてるねぇー。こういうの、せいじょうせいバイアスっいうんでしょー」
「難しい言葉知ってるんだな」
「いっーぱいべんきょうしてるからぁ。こうやってぇーあそべるよーにぃー」
目敏く気が付くのに、そのくせ危機感がまるでない。だから日常が非日常に侵食されているのに、いつまでも無防備なまま。それは、非日常にとってかっこうの獲物ではないのだろうか。
「おにいさん、おにごっこをしましょーう?」
イルサの目が紅く光った。
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