犯人は――

 冴島たちは現場検証に追われていた。謎の密室空間に現場に置かれた黒いバラ。



 冴島は自殺の線から考え始めた。このような複雑な状況で自殺するなら、誰かに罪を着せたいことになる。しかし、それならカギをかける方が自然だ。これはないな、と冴島は自殺の線を切り捨てる。



 そうなると、他殺ということになる。部屋の中は密室で、冴島たちが踏み込んだ時に犯人が隠れている気配はなかった。それに、隠れていたなら、外にいた第一発見者たちが出ていく姿を見かけるはずだ。



 残る可能性は何者かが忍び込んで毒殺し、何らかの方法で密室空間を作り上げたことになる。冴島たち警察を混乱させるために。



「冴島くん、いつまでも突っ立っていないで、事情聴取を頼むよ」飯田警部に声をかけられて、冴島はハッとする。大事なことを忘れていた。



「山城はすでに聞き込みを開始している。先輩の君が引っ張らなくてどうする」



 飯田警部の言う通りだ。山城が第一発見者から話を聞いているなら、自分は被害者の情報を集めるべきだろう。冴島は黒いバラを踏まないように気を付けながら遺体に近寄る。しかし、自宅なのだから当然財布を持ってはいない。



 リビングを見渡すと、ゴルフクラブを手に持った被害者の写真が飾られている。別の写真には四人組が仲良く写っていた。一人は被害者の男性、残りの二人は第一発見者。最後の女性は誰だか分からない。



「どうやら、被害者はよほどゴルフがうまかったらしいな」飯田警部は部屋に飾られたトロフィーを見ている。



 冴島はうなずくと、身元が分かりそうなものを探す。すると、飯田警部が冴島を呼び止める。



「冴島くん、このトロフィーの優勝者に被害者の名前が彫られている。赤松あかまつ玲央れおというらしいな」



 冴島がトロフィーを観察すると、とある大学の名前が刻まれている。内容からして、大学対抗のゴルフトーナメントで優勝したということだろう。



「警部、第一発見者からの聞き取りが完了しました!」



 山城は冴島たちに端的に情報を伝える。



「第一発見者の男性は中本なかもとみつるさん、二十二才。会社員です。女性の方は臼井うすい真央まおさん、同じく二十二才。大学院生です。二人の話によると、被害者とは大学でゴルフ同好会で知り合ったそうです」



「なるほど、ゴルフ仲間か。それで、ここに来た理由は?」



 飯田警部の質問に、山城はこう答えた。「二人宛てにメールが来たそうです。『君たちに見せたいものがある』と」



 見せたいものか。これはおそらく、犯人が被害者の携帯から送ったメールだろう。これなら、誰でも犯行が可能になる。



「言い忘れていました。正確にはもう一人、友人で大学生のみなみカナさんにも送られています」



 ここにきて、三人目の登場か。メールが三人に送られているなら、このうちの誰かが犯人だろう。



「よし、山城はその南カナを呼んでくれ。話はそれからだ」





「さて、みなさんに集まってもらった理由は他でもない。あなたたちには――」



「殺人の容疑がかかっている。そうだろ?」中本が飯田警部の続きを言う。彼は飯田警部にガンをつける。



「ちょっと、それが理由で呼び出されたの!? あり得ないんだけど」どうやら南カナは不服らしい。人が亡くなっているのに、その反応はないだろと思った。



「それで、みなさんは大学時代に同じゴルフ同好会に入っていた、それで間違いありませんね?」冴島の問いかけに、臼井がうなずくと、ロングヘアが揺れる。



「じゃあ、犯人は臼井で決まりね」南が臼井を指すと、彼女は動揺したらしく、後ずさる。



「そうかもな。臼井は赤松と付き合っていた。でも、最近はうまくいってなかったらしいじゃないか」中本も同意する。



「えっと、被害者の赤松さんと第一発見者の臼井さんはお付き合いをされていたと」山城が確認すると、臼井は渋々認めた。



「ちょっと、待ってよ! 南だって赤松と付き合っていたじゃない!」



 なるほど、被害者は南と付き合った後に、臼井と付き合っていた。これなら、南が犯人の可能性が高い。黒いバラの花言葉は「恨み」。捨てられた恨みから犯行に及んだかもしれない。容疑者の三人の中で、もっとも強く警察への反感を表に出しているのも、心理的には納得がいく。ただ、いかにして密室を作り上げたのかが謎だ。それが分からなくては、逮捕できない。



 物理的なトリックではないはずだ。ゴルフクラブやトロフィーなどに細工らしきものは見当たらない。少し開いた窓がトリックの要のように感じる。これだけが不自然だ。



 そして、第一発見者が言っていた「カギがかかっていないのに、閉められた扉」。彼ら曰く、最初は開かなかったが、時間が経つと開くことができたと言っている。時間経過で崩れる密室。



「くそ、分からないことばかりだ……」冴島はつぶやく。



「先輩、焦る必要はないのでは?」



「それは、そうだが……」



「犯人が分かったら、風穴を開けてやる!」それは中本の言葉だった。友人が殺されて、頭にきているらしい。それも、当たり前か。待てよ、風穴? いや、風?



 中本のセリフが冴島に一つのアイデアをもたらした。これなら、自動で開く密室を作り上げられる。あとは、物的証拠だ。それさえ見つかれば、逮捕できる。だが、それらしきものは見当たらない。



「山城、三人に送られてきたメールを見せてくれるか?」



 山城は「もちろんです」と言うと、中本から転送されたメールを見せてくれた。



「中本 臼井 南へ

君たちに見せたいものがある。家に来てくれ」



 冴島はしばらく無言で考えていたが、やはり決定的な証拠にはならない。しかし、鎌をかけるには十分だ。冴島は息を大きく吸い込むとこう言った。



「南カナさん、犯人はあなたですね」と。

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