焦燥
残り時間が三時間を切った。冴島の手元の時計は、無情にも時を刻み続けている。もし犯人が一時間に一つの爆弾を仕掛けているのだとすれば、今この瞬間にも、どこかで次の爆発が起きているはずだ。焦りと無力感が冴島の胸を締めつけた。捜査の進展がない中で、ただ次の爆発を待つことしかできないのかという絶望的な感覚が襲ってくる。
車の中は不自然なほど静かで、冴島は助手席にもたれかかりながら、頭を抱えた。いつもなら、冷静であるべき自分が、この状況では焦りに押し潰されそうだった。犯人の意図を解明できないまま、被害が拡大していることが何よりも歯がゆい。市民の安全を守るという警察官としての使命感と、それを果たせていない現実のギャップが、冴島を苛立たせる。
突然、車内に響く通信機からの音声がその静寂を破った。
「……全捜査員に告げる。……二つ目の……爆発は新宿区の交番で発生……」
冴島は耳を疑った。新宿区の交番? 予想外の場所に、思わず身体が硬直した。犯人はまたしても交番を狙ったのか。最初の爆弾が交番であったことは偶然ではなく、計画的なものだったということか。それとも、何か他の理由があるのか?
次々と考えが浮かんでは消えていくが、どれも答えにたどり着かない。爆発の現場である新宿区の交番を思い浮かべる。そこで働いていた警察官たちはどうなったのか。市民の被害は? 一瞬の間に、いくつもの不安が頭をよぎった。胸の中に込み上げてくる無力感は、次第に焦燥感に変わり、冴島は自分の拳を握りしめた。
「くそっ……またしても交番か……」
声に出さずにはいられなかった。犯人はまるで警察を挑発しているかのようだ。冴島はその冷酷な意図を感じ取らざるを得なかった。犯人は警察の象徴ともいえる交番を繰り返し狙い、警察が無力であることを見せつけようとしている。それに対して、自分たちは何もできていない。このままでは次の爆発も防げないかもしれない。時計を見ると、残り時間は二時間半を切っていた。
「先輩、提案です。犯人は明らかに警察を狙っています。最初も二つ目も交番だった。もしかしたら、次の犯行現場も同じく交番なのでは?」
山城の言葉が冴島の中に一筋の光を灯した。犯人は一貫して警察を象徴する交番をターゲットにしてきた。確かに、その線で考えれば次も交番が狙われる可能性が高い。犯人の意図を解読する手がかりとしては、今最も現実的である。冴島は短く息を吐き出し、瞬時に決断を下した。
「すると、四つ目の爆弾も交番が狙われるかもしれない……。いいぞ、山城。その線で行こう! 都内の交番全てに警戒を強化させる。すぐに警視庁に連絡し、爆弾を探すよう通達だ!」
程なくして、捜査本部からの連絡が入った。都内の交番を精査していた結果、港区と秋葉原の交番で爆弾が見つかったという報告だ。
「山城、でかしたぞ! 残りはド派手な一発か。今度は当てずっぽうじゃダメだな」
やはり、記号の謎を解かなければいけない。まてよ、四つの爆弾が交番に仕掛けられていた。そして、それはバツマークの個数と一致する。もしかして、このバツマークは交番の地図記号なのではないか? そうなると、丸が意味するのは町村役場ということになる。それならば、大勢の人が集まる。
山城に伝えると「今度こそ、犯人の先手を取れそうですね」と喜んでいる。しかし、問題は町村役場を総当たりで調べるわけにはいかないことだ。交番とは事情が違う。間違いなくパニックに陥る。
「ひとまず、戻って飯田警部に報告だ」
山城が思いきりアクセルを踏み込む。これで、犯人の先手を取った。あとは、犯人逮捕だけだ。しかし、犯人像の情報は少ない。爆発物に詳しいこと、おそらく警察に対する恨みがあること。果たしてこれだけで逮捕できるのか。冴島の心に重くのしかかった。
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