追う者と追われる者

「佐々木、お前に重要な話がある」



 捜査一課に戻った飯田警部がいつになく深刻な表情で、佐々木に声をかける。佐々木は書類整理をしていた手を止め、訝しげに警部を見つめた。



「どうしたんですか、眉にしわを寄せて。もしかして、俺何かやらかしましたか? 誤認逮捕をしたとか」佐々木には、いつもの冗談を言う時とは違い、深刻さが顔に表れていた。職務には真剣に向かい合っているのだから、当たり前だろう。



「落ち着いて聞いて欲しい。君の彼女――川本沙耶さんが亡くなった」



「警部、冗談のセンスがなさすぎますよ。勝手に人の彼女を殺さないでください」と佐々木は笑う。しかし、冴島たちの反応を見て、状況を察したらしい。飯田警部の言葉が冗談ではないことを。



「沙耶が死んだ? え、ちょっと待ってください。それは――」



「本当のことだ。ご愁傷様だ」そして、飯田警部は続けた。



「辛いところ申し訳ないが、君には事情聴取を受けてもらう」



 佐々木は状況を把握したらしい。佐々木自身が容疑者として疑われていることを。



「えっと、警部。俺は――俺はずっとここにいましたけど」佐々木の声は震えていた。彼女を殺したことで疑われているのだ、当たり前かもしれない。



「すまないが、事情が事情でね。川本さんは毒殺されていたんだ。持病の薬が毒薬にすり替えられた疑いがある」



「つまり、離れた場所にいた俺にも犯行が可能だと……?」



「端的に言えばそうなる」と飯田警部は淡々と答えたが、その表情にはわずかな疲れが見えた。おそらく、無理に冷静を保とうとしているのだろう。



「せめて、俺の手で犯人を捕まえさせてください! 彼女の仇を――」佐々木は必死に叫んだ。しかし、その願いはすぐに打ち消された。



「そうはいかん」飯田警部の冷たい言葉が容赦なく降りかかる。



「言い忘れていたが、現場にはタロットカードがあったんだ。つまり、君は恋人殺しの疑いがあると同時に、『アルカナ事件』の容疑者でもあるわけだ」



 佐々木はことの重大さに気づいたらしい。へなへなと床に座り込むと「そうですか……」とつぶやき、目を閉じ何かを悟ったようだった。



 そう、冴島にとっては佐々木が父親の仇の可能性があるのだ。自然と佐々木をにらめつける。冴島と佐々木の関係は変わってしまった。先輩後輩の関係から、仇を追う者と疑われる者へ――それが、この瞬間の二人の立場だった。

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