第9話 あら?こっそり聞こえていたわよ

 二人が事務所を出ると、一台の軽自動車が通りかかり、二人の前に停車した。運転していたのは大黒静香であった。一色は一瞬びくっとしたが、彩野はにこやかに応対した。

「こんなところで、お久しぶりだね」

 窓越しの大黒の表情は暗く、硬い。

「ねえ、この先のお祭りにも暴走族が潜入しているみたいなの。幸太郎君。あなた、DZUに狙われてるみたい。フェスティバルに行ったら駄目よ。わかったわね?」

 遠くから暴走族の爆音が聞こえた。オートバイの爆音が近づくと、大黒静香は自家用車を発進させて立ち去った。

「なあ、どうする?」

「いや、暴走族がいるなら、むしろ、行かないとだめだ」


 二人はカスカビアンフェスティバルの会場にやってきた。来てみれば、ビンゴ大会の商品が桐ダンスであることを除いて、ただの祭りのように見えた。

「五十嵐さんとは連絡取れたか?」

「いや、夏澄はPHSだから電波が悪い。入り口にいないなら、公園の中央の噴水辺りにいるかもしれない」

「ちょっと耳を貸せ」

 そういうと、一色は彩野に耳打ちをした。

「何?自分がオトリになるだと?」

 一色はこくりとうなずいた。

「実は、リュックサックの中にいつもの緑ジャケットを持ってきた。DZUの狙いは俺だ。俺が緑ジャケットで歩いていれば、フェスティバルにいるDZUが付いてくるだろう。気を引いている隙に、お前は夏澄さんの元に行って、安全を確保してほしい」

「だったら、ちょっと気になることがある。ちょっと試してみたいことがある」

 彩野は一色の自分のアイデアを披露し、二人は別行動を取った。片方はDZUを引き付け、片方は五十嵐の安全確保に向かうこととなった。

 走れメロスは「メロスは激怒した」から始まる。激怒したからと言って、刃物を持った状態で王宮に潜入すれば、暴君であろうとなかろうと逮捕は仕方ないし、極刑はあり得るだろう。そんな暴走機関車メロスの身代わりになったセリヌンティウスは、どんな気持ちで引き受けたのか?

「ふふふ、セリヌンティウスはただ捕まったわけではない。王宮に潜入して王の隙をうかがうために、わざと捕まったのだよ」

 彩野はニヤリとした。



 藤の牛島改札近くの駐輪場に向かう道で、緑ジャケットの男が一人で歩いていた。男は祭りの会場付近から、何者かに追跡されていたが、後ろを振り返り、追跡を振り切ったことを確認した。

 しかし、その後ろから音もなくオートバイが近づくと、その腕をつかんだ。オートバイは二人乗りである。二人はグリーングリーンの口笛を吹いていた。

「おまえ、ひょっとして、一色幸太郎?」

 緑ジャケットは黙って何も答えない。下を向きながら不敵な笑みを浮かべていた。

「なるほど、これではっきりしたな・・・」

「何が?」

 後部座席の長身の男は怒り口調であった。

「一色事務所の窃盗事件の事だよ。あれは、事務所荒らしに見せかけて、盗聴器とGPSが仕掛けていたんだろう、この緑ジャケットに。選挙期間中、行く先々で暴走族が現れたり、白蓮会の街頭車とかぶせたりしていたんだろう」

「ほう、それだと、まるで、白蓮会が暴走族を使っていたかのような話じゃないか」

「若さん、一色幸太郎っていうダサイタマをぶん殴って、顔に青あざ付いた写真送るだけで、お金になるらしいですよ」

「ねえ、君って、一色幸太郎だよね?」

 オートバイの二人は、緑ジャケットの前に、後に立って取り囲んだ。

「いいから、やっちまいましょうよ。さっきからこいつの態度、気に入らないんすよ」

「おい、まだやるな。こいつが一色かどうかわからないだろ」

 熱り立つ長身の男に対して、オールバックの男の態度はまだ冷静だった。

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