第5話 6年ぶりの剣

 オトゥリアはアルウィンに座るように指示すると、2人きりにさせてくれとメイドを外へ追いやった。


「そのっ……久しぶりだな、オトゥリア」


 アルウィンは6年間でルックスに更に磨きがかかった少女に、少しはにかみながらも目を向けていた。


「ずっと会いたかったから、サプライズで呼んでみたんだ」


 手を組んでにっこりと笑みを零すオトゥリア。

 アルウィンの頬が軽く熱を帯びた。

 その嬉しそうな瞳は何故かほんの少しだけ、吸い込むような奥底に、もの悲しそうな雰囲気を漂わせていることに彼は気が付かなかった。


「アルウィンってやっぱ男の子だからさ、背もすごい伸びたね」


 オトゥリアはまじまじとアルウィンを眺めていた。

 かつて4フィート7インチだった幼なじみの背丈。その時よりも1.4フィートほど伸びて、身体は男らしい筋肉質なものに、顔つきも大人になっていた。


「でもそれは、オトゥリアだってそうだろ。

 5.2フィートくらいにまで伸びてるし…それに……」


 アルウィンは目線を顔の下に向け、それから顔を採れたての桃の果肉のような色に染めて言葉を濁していた。


 急に顔を赤らめたアルウィンに、「どうしたの?」と顔を近づけるオトゥリア。

 服の上からでもわかる膨らんだふたつの果実が眼前に迫ったことで、アルウィンは余計に顔を赤らめてしまう。


「いや、前よりも可愛くなったな……って思って」


「ふーん……ありがとう」


 アルウィンが必死に出した言葉を受け、オトゥリアは目線を左上に逸らした。

 余程嬉しいのか口角を僅かに上げ、ほのかに染まった頬を軽く手で抑える。

 そうやって、しばらくアルウィンの言葉の余韻を楽しんだ後にオトゥリアはポンと手を叩いた。


「そのっ、そんなことよりさ、アルウィン。

 裏で模擬戦をしようよ」


 その言葉は、2人の今の雰囲気を元に戻すために有効なものだったらしい。

 それを聞いたアルウィンは、恥ずかしさを頭の隅に追い払って昔を思い出したのか、「受けて立つ」と立ち上がったのだ。


 幼馴染であるオトゥリアと、昔のように再び剣を交えることが出来ることはアルウィンにとって嬉しいことだった。

 オトゥリアはいたずらっ子のような無邪気な顔を浮かべ、立ち上がってベランダにアルウィンを連れて行く。


「ほら、あっちで訓練校の生徒たちが訓練しているんだ。ここは王国騎士団直属の宿舎だからね」


 オトゥリアが指さす方向には、先程アルウィンが覗き見た光景があった。


「明日山岳訓練をする予定らしいんだけど、事前の練兵をしているみたいだよ」


 ふたつのチームが馬上で模擬戦をしている姿は遠目からでも迫力があり、王国騎士団の訓練兵とはいえ練度がよくわかるものであった。

 殆どは男性だが、中には女性の騎士もちらほらと見受けられる。


 王国騎士団は一般公募と、騎士団訓練校から入る方法の二通りの入り方が存在する。

 都市部に近い人間は金さえ払えば訓練校に入校できるものの、アルウィンには訓練校に入校できる費用を捻出できる余裕はなかったため、一般公募である剣舞祭を目指して剣を鍛えていたのだ。


 そんな練兵の光景を見守っていると、隣から声がかかる。


「今からあの場を借りて、戦おうよ!

 多分、あそこの訓練兵達も私たちが戦うところはいい学びになると思うからさ」


「オレたちの戦いをあの人たちに見られるって……緊張するな」


 オトゥリアと戦っていたときは大抵、その場にいたのは2人きりで、他の人にはあまり見られることがなかったアルウィン。


「えへっ。

 確かに私たちがやってた時はいつもおふざけ感覚から始まって本気になる感じで、周りで見学してる人なんていなかったもんね」


「そうそう。でいつもお前に勝てないオレが悔しがるっていうパターンだったな」


「奥義を習ってる時点であの人たちよりアルウィンは絶対強いはずだよ!

 仮に私にボコボコにされて上手くいかなかったとしても、私と戦うってことはあの人たちには良い学びの機会になると思う」


「名声が轟く鈴蘭騎士サマは流石だなあ……

 まっ、6年ぶりに言わせて貰うが……今回こそは負けない」


 胸を張るアルウィン。


「わっ、言ってくれたね!

 でも、私の方こそ全勝記録を更新させてもらうよ?」


 そんなオトゥリアに、アルウィンはやってみろよと言うような表情をする。


 「あと、私の2つ名知られてたんだ……ちょっと恥ずかしいな」


 オトゥリアはアルウィンの手を引くと、首にかけられたペンダントを持ち上げて見せた。

 二輪の鈴蘭の花のおしべ、めしべの部分にダイヤモンドが散りばめられているようで、きらきらと輝いている。


「これね、私が騎士団に入った直後に王女殿下に頂いたものなんだ。それから私は鈴蘭がお気に入りの花になったんだよ」


 訓練中の騎士の遥か遠くを眺めるオトゥリア。

 エピソード付きなんていい2つ名だねと言うアルウィンに、オトゥリアはにこやかに微笑んだ。


「でも、オトゥリアって王女様の護衛だよな?

 王女様はここに来てるの?」


「ううん、来てないよ。

 私がここにいる理由は……ううん、後で言うとして、さあ、そろそろ6年ぶりに試合をしよ!」


 オトゥリアはそう言うと、3階のベランダから飛び降りた。軽々と着地をすると、上のアルウィンに早く来なよと手を振る。

 足に魔力を纏わせて脚力を強化することで、高所からの落下の衝撃を大幅に軽減させることが可能なのだが───


「飛び降りるのは……懐かしいな」


 アルウィンも足に魔力を込め、ベランダから身を投げ出していた。

 頬に当たる風が心地いい。


 ───そういや、昔も魔力で身体を強化しながら森で遊んだっけな……


 彼は昔を想起しながら、自分の田舎くさい格好に僅かな場違い感を感じながらも、軽々と着地してオトゥリアの元へと急いだのだった。


 オトゥリアは、教官を務める騎士に自分たちの模擬戦を見学するように指示をしていた。

 彼女の指示で、ほかの屈強な騎士が波のようにサーッと引いていく。


 ただ1人残ったオトゥリアはアルウィンに木剣を渡し、剣を構えた。

 整列した騎士たちに彼女は腹から出した声を魔力に乗せて告げる。


「訓練騎士の諸君!刮目せよ!

 今から模擬戦戦闘を実施する!相手はシュネル流の剣士、アルウィン!

 彼は奥義を学びきった強者だから、しっかりと見学すること!」


 そのオトゥリアの姿は、まるで兵を導くジルヴェスタのようだった。

 感心したアルウィンは、まじまじと彼女を見た。


「オトゥリア、お前…

 めっちゃ上の人って感じの物言いだな」


「ふふっ、そうだよ!少なくともあそこの教官の騎士よりも立場は上だからね!

 じゃあ……やろっか」


「やろう。

 ……オレは6年間でやることをやりきったぞ!

 今日こそは、栄えある1勝目を貰うからな!」


「やる気があって……いいね!」


 両者は互いに構えを取っていた。

 アルウィンは右足を後ろに引きながらオトゥリアを見る。

 彼の構えはシュネル流特有の片手持ちだったのに対し、彼女のそれは何故か両手持ちだった。


「……やってみなよ!」


 そう言ったオトゥリアは、即座に大地を蹴って砂埃を巻き上げていた。

 アルウィンは彼女の剣の持ち方に違和感を覚えたが、違和感よりも優先すべきは攻めてきた剣への対処である。


 風のように突き進むオトゥリアの剣が、アルウィンの眼前に迫る。

 上段からの大振りで研ぎ澄まされた一撃に、ブォンと重い音が響き渡った。


 アルウィンはそれを右方向に体を捻って受け流しながらカウンターの回転斬りをする───が、それをオトゥリアは難なく弾き返す。


 次いで、彼女は再度上段からの斬撃を放った。

 攻撃の起動を何とか見切ったアルウィンが横にステップをとり回避するが、途端に彼女の剣の軌道が中途で停止する。

 すると、彼女の得物は今度は右から水平に振り抜かれて、綺麗な横薙ぎとして彼に迫ってきた。


 振り下ろす時に様々な力がかかる物体を中途で止めるには、瞬間的な、より強い力が必要である。

 それを瞬時に、綺麗にやってのけたオトゥリアは横に剣を振り抜いてアルウィンを狙ったのだ。

 その時点で長い間ひたむきに剣に向き合ってきたことがはっきりと伝わってくる。


 オトゥリアの放つ、ブォンという重低音。次いで、空気が切り裂かれる小さな衝撃波。

 アルウィンは水平斬りを受け流そうと、彼女の鋭く重い斬撃に自らの剣を下から包み込むように添わせていた。


 その軌道は、彼の最も得意とするシュネル流の剣技、〝辻風〟であった。

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