第10話 初陣は矢の雨のなかで

「報告します!東隣のシャティヨン領にて挙兵!その数5000です!到達まで3時間かと」


「「「なぁっ!?」」」


 伝令の者が来た途端に走るどよめき。

 レリウスはあんぐりと口を大きくあけ、「ご、5000だと……」と呟いている。

 テオドールらも表情は一変。険しさを大きく見せていた。

 しかし、ジルヴェスタは「そうか……」と静かに報告を吟味し、暫く後に漸く表情を一変させた。


「やはりかァ!ならば、ブダルファルには鳥を飛ばせ!こちらは3時間で賊共を打ち砕くぞッ!

 総員、慌てることなく持ち場へ戻るのだッ!」


 ジルヴェスタは、その報告に臆してなどいなかった。

 冷静に今後を鑑みて、檄を飛ばしたのである。


 途端、恐怖の色が一変。

 静電気に貫かれたかのような、身体中をピリつかせる謎の感覚が聞いていた全員に走り抜けていた。

 その声は、遥か遠くまで届き、森の中で罠を潜り抜け、あるいは破壊しながら道を作る冒険者たちにも届いていたのだろう。森の中からも歓声が沸きあがっていた。


「テオドール。作戦は短期作戦だ。

 命令通りお前ら6人はあの城の裏口を攻略しろ」


「で、ですが……」


 パムフィルはやり方が解らないと、不安げな表情。

 しかし。

 茶目っ気のある瞳でパムフィルを宥めさせ、ジルヴェスタは口を開いていた。


「やり方については……そうだな。少々危険だが、アルウィンを使うべきだろう」


「お、オレ!?」


 途端に集まる、彼への視線。

 アルウィンが作戦のキーマンとなるという事実に、それぞれが思惑を膨らませていた。


「アルウィンは1番若い。アルウィンには5人の援助のもと、城の裏口を飛び越えて内側へ侵入しろ。そして内鍵を外して5人を城の中へ入れるのだ」


 エウセビウは、援助なら任せろと言いたげな表情をアルウィンに向けてくれている。実に頼もしい。

 しかし。

 その作戦を認めたくないのがルクサンドラであった。


「アルウィンまだ子供ですの!独りだけなどあまりにも危険ですわ!体重は残念ながらアルウィンに劣りますが、私だって軽業は得意ですのよ!」


 身振り手振りで、どうにか自分に替えてくれと懇願するルクサンドラ。

 彼女はアルウィンを弟のように昔から可愛がっていた者であり、アルウィンやオトゥリアに軽業を叩き込んだ張本人でもあった。

 それ故、アルウィンに対しての扱いが過保護染みているのである。


「いや。ルクサンドラ、お前じゃ駄目だ」


「……えっ」


「お前は盗賊狩りとして名が知られすぎているから駄目だ。お前が現れた事を首領のヤノシックが知れば、警戒されて後方に厚みを作られてしまう」


「それは、残念ながらご最もですわ」


「しかし、現れたのがアルウィン。ただの子供だとどうなる?敵は油断し、ヤノシックも前方の戦いを優先する可能性が高い」


「なるほど。では領主殿は慢心を突きに行くと」


 エウセビウのその発言に、ジルヴェスタは細めていた目を元に戻す。


「ああ、そうだ。裏門を突破次第、お前ら5人はアルウィンの援護を行ってくれ。基本はアルウィンが表に立ち、裏から5人だ」


「アルウィン、援護は俺らに任せろ」


 アルウィンに全てを任せようと親指を突き立てるのは、レリウスだった。

 レリウスに感化されたのか、残りの面々もアルウィンの実力は認めていたため、頑張れよと声を掛けてくれる。

 そんな皆の表情に、アルウィンは感極まったのか視界を滲ませてしまっていたのだった。


「頼もしいよ、みんな……

 オレ、この初陣で敵総大将のヤノシックを必ず討つから楽しみにしておいてね!」


「大きく出すぎだ。アルウィン、お前にはまだ未来があるんだから大事な時は大人に泣きつけよ」


 最年長のテオドールは優しくアルウィンの肩を叩き、一方のアルウィンは「うん」とだけ一言。


「アルウィン。何かあったら必ず私たちに任せて逃げることよ。オトゥリアと再開する場所が墓場になったら、あの子が浮かばれないもの」


 やはり心配の色が抜けないルクサンドラ。

 彼らは持ち場、シュネル流騎馬隊の後方へと馬を進めていた。そして数分後には騎馬隊の背後へ着陣する。

 騎馬隊はまだ動かない。冒険者たちがどこかで森を空けてくれるのを待っているのだ。


「ジルヴェスタおじさんは先頭にいるね」


 アルウィンは、前にいたルクサンドラに声をかけた。


「そうね。伯爵は先頭で騎馬隊を鼓舞するつもりなのよ」


 ゴットフリード軍の強みは徹底的な突撃力にある。

 今回は少数精鋭の50名だが、彼の元につく騎士は総勢3000名。ジルヴェスタが先陣を切って突撃を行った際の規格外の破壊力は凄まじい。

 先頭に立ったとき、全軍の闘気が前方の敵に向けられるため敵兵を委縮させ、その一色を全体に飲み込ませてしまうのである。

 ジルヴェスタ・ゴットフリードという男は、知略で徹底的に作戦を練り上げ、そして圧倒的な突撃力をも持つ、エヴィゲゥルドの辺境を任されるに足る武人なのだ。




 アルウィンがテオドールから受け取った水を飲もうとした途端。

 森が動いた。

 小さな魔力の揺らぎにアルウィンは目を向ける。


「あっ、ほら、来たよ!伝令の人が右の方から!」


 アルウィンが指を指す方向。

 彼よりも早くそれに勘づいていたジルヴェスタは、アルウィンが言い終わるか終わらないかのところで馬を走らせていた。


「総員!私の後に続けェ!」


 途端、爆発的に湧き上がる閧の咆哮。

 たった50名とは思えぬほどの、圧倒的な叫び声と馬の嘶きに、森の鳥がバサバサと飛び立って行った。

 右へ駆け出すジルヴェスタの後ろに、2列で続く騎兵たち。


「は、速い!」


 馬の扱いが6人の中で1番苦手なパムフィルは、訓練された騎馬隊に追いつくのもやっとのようだ。

 見えてくる、森の入口。

 木々の間隔は狭いが、壊された罠が沢山地に転がっている。そして、数名の敵の死体まで。

 罠を発動させる役目を担っていた敵の遺体などが主だが、道の途中には腹に矢を受けて重症になっている冒険者までいる。


 しかし、冒険者らの被害は賊らに比べると大したことがない。

 危険察知能力が高く、迷宮攻略が得意な者を中心として集めているためであるが、それでも被害はジルヴェスタの予想以上に少なかったのである。


 ───大して被害がない!?いや、警戒心の強い野盗集団の首領がそんなに守りを薄くする暴挙に出るか?だとしたらこれは罠だ。おそらくこの先は谷地やち凹地おうち。地形を活かして弓を撃ってくるはず。


 ジルヴェスタは左右をチラッと見る。

 耳に入ってくる音は、馬の嘶きと蹄の音。

 そして、前方の森を抜けた所で戦闘となっている冒険者の荒い声だ。

 突破に成功し、周囲の冒険者も合流しつつある。


 ───両脇の高さはこちらより若干高いな。冒険者たちが前に出ている以上、伏兵は冒険者を見逃し、私たち騎馬隊だけを刈り取ろうという魂胆だろう。そうなるとやはり崖だ。見えたぞ、首を洗って待っているが良い!ヤノシック!


 手網をギュッと握り締め、腹に息を思い切り吸い込んだジルヴェスタ。

 彼が察知した通り、この先は中央部だけ僅かに窪む谷となっていた。

 両脇の地面はこの先最大20フィートほど中央部の窪地と差がつくため、盗賊団にとってはこの谷の両脇に弓兵を展開させておけば、中央部を通るジルヴェスタに弓を射掛けることで大きな被害を出させることが可能なのだ。

 1人でも自軍を失いたくないジルヴェスタは、大きく息を吸い込むと、馬を操る手網を強引に右に向けて勢いよく抜刀した。


「光が見えるぞォ!

 このまま速度を上げていけ!弓兵共を蹴散らしに行くッ!」


「「「ウォォォォォォォッ!」」」


 咆哮のような雄叫びが、自軍から沸き上がる。

 勢いよく崖を駆け上がると、右の崖沿いを突っ走りながら真ん中の窪みと距離を取っていくジルヴェスタの進路。


「見えたぞォ!私に続け!死ぬことは許さん!」


 森を抜けたジルヴェスタの視界に映ったのは。

 谷間を駆け抜けてくるかと思っていた騎馬兵が目の前に来ていて、慌てて弓を構えようとするもジルヴェスタの覇気に気圧されて、死の恐怖に支配される情けない賊の姿であった。


「蹴散らして喰い敗れェ!」


 ジルヴェスタは引き抜いた剣で、目の前で硬直した弓兵に次々に斬撃を浴びせていく。

 主に使っているのはシュネル流の〝辻風〟だ。軌道がシンプルで馬にもよく合う為だろう。

 右崖にいた弓兵はおよそ50名と言ったところか。

 ジルヴェスタの鋭い1振りに、平均3名程の敵が倒れていく。

 後続の勢いも凄まじい。

 主が前に出ていることで、士気は常に最高潮。

 圧倒的な覇気が一丸となって弓兵を蹴散らす姿は圧巻そのものであった。


 が、しかし。


「ジルヴェスタ様!反対側から矢の雨がッ!」


 ジルヴェスタが喰い破ってほぼ壊滅させた右崖の弓兵。

 しかし、左側はまだ健在なのだ。

 反対の崖の仲間に当たったとしても、ここでジルヴェスタの騎馬兵に弓を射たなければ無傷の騎馬隊が中央を蹴散らすこととなる。

 数を減らさなくては、中央が危険なのだ。


「総員、右崖を飛び降りよッ!」


 飛んでくる弓。

 アルウィンがジルヴェスタの声を聞いたのは、彼が森から出て丁度、というタイミングだった。

 視界がワイドになった途端、飛んでくる雨のような矢。


 気が付けば、前を走っていた数名の背に矢尻が突き刺さっていた。

「がはあっ!」と呻き声があちらこちらから上がっている。それは、止めを刺されて絶命する敵兵か、それとも矢尻受けた衝撃に漏れた声か。

 それでも彼らは手網をギュッと握り締め、馬を走らせて崖を飛び降りていく。


 ジルヴェスタを含め騎馬兵はシュネル流に合った軽装の甲冑を纏って身体を守っているものの、最後列のアルウィンは甲冑を装備していなかった。

 鎧をつけているのは商家出身者であるテオドールのみ。しかしそれも、動きやすさを重視した薄いものだ。



 本来、シュネル流は軽装備の剣の流派である。

 ゴットフリード軍は、動きやすい特殊な甲冑を装備しているらしいが、基本的にシュネル流剣士は装備するとしても大体はアームガードやレギンス程度。

 関節の柔軟性が必須なシュネル流には、関節の動きを封じる鎧は不向きなのである。

 それゆえ、どうしても防御は薄くなってしまい弓兵との戦闘は不利となるのだ。

 この矢の雨をどうにか掻い潜らないと奇襲は成功しない。


「俺たちは直ぐに崖下へ向かうぞ!残り60ヤード程だ!問題ないだろう!?耐えるんだ!」


 轟く声はテオドールのもの。

 彼らは手網をぐいっと引き寄せ、馬をさらに右へ走らせる。

 真後ろを見ると、彼らに襲い来る何本もの矢。


 ───まずい、これ……来る。


「アルウィン!後ろを見るな!前だけ見て進めッ!」


 隣で馬を走らせるテオドールから発せられる怒号。

 しかし。

 恐怖心に支配されたアルウィンには、それはただの雑音ノイズでしかなかったのだ。

 それ故に。

 彼は、手の震えで手網を引く手を緩めてしまったのだ。


 途端、彼の馬は失速。

 放たれた鏃の落下してくる範囲には、アルウィンのみが取り残されてしまっていたのである。

 前を往くテオドールらは既に勢いのまま、崖から飛び降りてしまっていた。


「あ……あっ!」


 ひゅうっと飛んで来る、無数の矢。

 動体視力がいいアルウィンには解っていた。

 あと数フィートというギリギリの範囲で、失速していなければ今落ちてくる矢を回避出来たのだということを。


 空を覆うように飛んで来る矢の大軍。

 その中の1本。

 1番高く飛んだその矢が、真っ直ぐにアルウィンを狙っていた。


 ───来る。


 アルウィンに身構える余力などは最早なかった。

 恐怖に支配された心は、身体を動かすエネルギーを作り出せなかったのである。

 そんなアルウィンの意図を汲んだのか、馬は更に失速した。


 ひゅうっという音と共に、空を割く一矢。

 その先には、失速のせいで丁度よい的となったアルウィンの姿があった。

 その距離はどんどんと縮まり、そして。


 ドスッという音をたて、肉に鋭く刺さったのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る