フォーチュンマーケット

@sajitaka

第1話 誰もが知っていて、誰もが忘れてしまう場所

 

 目を覚ますと、大きなスーパーマーケットに寝ていた。冷たいフローリングには埃一つ落ちておらず、何やら良い匂いが漂っている。立ち上がり辺りを見渡す。天井に接する程高い棚の所為で、自身が居る一列分しか見渡せない。今のところ、自分以外に人影は無い。棚には、様々な商品が並んでいる。良く見るスナック菓子、昔懐かしい駄菓子、どうやらこの列はお菓子コーナーのようだ。両サイドを眺めながら、コーナーの外に向かう。CMで見たり、実際に食したり、大体の商品は見覚えがある。ところが、所々、変な商品が混じっている。顔写真が張り付けられた箱に、『喉』や『足』など、体の一部が商品名として記載されている。値札には金額が載っているが、信じられないほど安い。喉、120円。足、300円。誰かの悪戯と思い、通り過ぎると…。


(買って…)


 子どもの声で、呼び止められる。姿は無い、声だけ。振り返っても、誰も居ない。


(買って…お願い…)


 黙って立ち去る事も出来ず、戻って顔写真付きの箱を手に取る。箱の中央には、幼い男の子の写真。箱の右脇には、年齢、居住地、家族構成。左側には、何故この商品を売りたいのか理由。生まれてからずっと昏睡状態、両親は僕の所為で不仲、僕が居なければ二人とも幸せになれる。この体で唯一普通なのは、喉と足。僕の代わりに、誰かに買って欲しい。代わりに生きて欲しい。そう書かれている。

 買ってあげる事で幸せになるなら、そう思いポケットを弄る。財布の代わりに出て来たのは、一枚のカード。黒色で、上部の端に『資格カード』と刻印されている。他には何も入っていない。カードを観察していると、目の前にデジタル数字が現れる。3210円。

 このカードで買えるかもしれない。箱を持ってレジを探す。


「ちょい待ちな」


 白髭を蓄えた老人が近づいてくる。大きな買い物籠に、老若男女様々な顔写真の箱を幾つも押し込んでいる。


「初心者の坊ちゃん、衝動買いは良くねぇ。この坊やのを買っても、損するだけだ。坊ちゃんには邪魔になる。その体には合わないだろ?」


 確かに合わない。彼は、23歳の大人。幼い体のパーツが合う訳無い。しかし、別に自分用に買おうとした訳でも無い。ただ救えると思っただけ。


「初めてだから教えてやるが、買った物は全部自分用だ。他の奴には使えん。この世界の金は貴重だ、無駄にするな」


 忠告を受けても、幼い男の子の顔が過ると引き下がれない。一礼し、再びレジを探す。頑なな姿に、老人は溜息を漏らし棚を指差す。


「だったら、もう一度棚をしっかり見直せ。もっと良い方法があるかもしれないぞ」


 老人の人懐っこい表情に心を許し、もう一度棚を良く調べる。同じ幼い男の子の写真が他にも幾つもある。『声』、『両親への愛』、『生命』。一番高い生命で2500円。彼自身の価値を表しているのか、どれも異常に安い。目視ではこれ以上見当たらない。老人が言っていたのは、これらだろうか? 子どもの声は、大人に合う? 両親への愛は、男の子の両親への愛。生命が唯一、23歳の他人でも使えると思う。ただ、選べない。これを選んだ所為で死んでしまったら、一生後悔してしまう。もう一度しっかり探す。棚の奥まで。すると、埃をかぶった汚い箱が隠れるように棚の隙間に置かれていた。『病の肩代わり』、-300万円。他の商品と違い、マイナス表記。他の選択肢に比べて気が楽な代わりに、自分への重さは尋常ではない。300万円で昏睡。とても良い買い物とは思えない。

 しかし、彼は、この商品を手に取る。



 ある日の新聞、16面の小さな記事。


『脳死状態の少年、奇跡の目覚め』


 同じ新聞、隣の記事。


『23歳一人暮らし、原因不明の昏睡。医師、治療の余地無しと見解』


 彼は、病院の一室に入院していた。

 入院費は、枕元に置かれていた200万円。彼が貯めていた〈へそくり〉と判断された。



 2年後。

 彼はまだ昏睡状態にあった。


「患者さん、注射の時間ですよ…」


 看護婦が、病室に入って来る。手慣れた様子で点滴の袋を変え、手首のタグを読み取る。その時、ふと、彼の手首に注目する。


「……どうして、痩せないの?」


 昏睡状態になって2年。生命維持装置に繋がれ、点滴から得られる栄養だけで生存している。栄養状態はギリギリで、普通は痩せ細っていく。ところが彼は、昏睡に陥る前の状態を維持している。着替えを担当している看護師曰く、スポーツ選手並みに鍛えられた体らしい。

 気になった看護婦は、好奇心から入院着を捲ってみる。筋骨隆々の立派な体、どう見ても昏睡状態の患者とは思えない。筋肉好きの看護婦は、大胆に胸板に触れてみる。


「…くすぐったいです」


 2年間眠っていた彼が、何事も無かったかのように目を覚ます…。



 目を覚ました彼は、嬉々として2年間の思い出を語る。『誰もが知っていて、誰もが忘れてしまう場所』の話を。耳を傾ける者は居たが、誰も信じなかった。ただ、夢を見ていただけと笑われる。それでも良かった。彼は、ただ語りたかった。興奮を知って欲しかった。ただ、それだけ。



 退院した彼は、郊外の小さな一軒家に引っ越した。都会と田舎の間、これからの活動にとってちょうど良い場所。調度品は最小限、テレビは置いておらず、インターネット回線は不通。その代わりとばかりに、ベッドは大きくてフカフカの特注品。睡眠に特化したライフスタイル。

 引っ越しを手伝った弟は、兄の様子に落胆。


「退院したばかりでこんな事言いたくないんだけど……これじゃ…」

「安心しろって、ちゃんと仕事はする。毎月10万以上の仕送りもする」

「前の仕事クビになっているんだろ? それでどうやって?」

「その内分かる」


 不安を隠せない弟は、メールで母に連絡。『兄に見込み無し』。いずれ家族のお荷物になる状況を伝える。その様子を見ていた彼は、何も言わず打ち終わるのを待ち、弟を家から追い出す。


「今から仕事するから、帰ってくれ」


 扉に鍵を掛け、窓には分厚いカーテン。外界の介入を完全に防ぎ、ベッドに向き合う。柔らかさを確め、枕の位置を調整。冷蔵庫から持ってきたお茶を軽く啜り、いざベッドにダイブ。スマートフォンでお気に入りの音楽を掛け、瞼を閉じて聞き入る。徐々に眠気は強くなり、夢の世界へ…。

 弟は、兄の様子に呆れて帰って行った。



 目を覚ますと、そこはスーパーマーケット。あの日、幼い男の子の病を買った場所。今度は、サービスカウンターの前。店員の姿は無いが、代わりにあの時の老人が待っていた。


「待っていたぜ、坊ちゃん。無事、退院出来たみたいだな」

「お陰様で」

「礼には及ばんぜ。基本を教えただけで、上手く立ち回ったのは坊ちゃんの腕だ」


 彼は、サービスカウンターの端末に資格カードを翳す。女性の声で丁寧に語り掛ける。


「お帰りなさいませ、古石榊ふるいしさかき様。ウォレット残高、28万2331円。カード階位クラス、ブラック。申し訳ありませんが、システムアップデートに伴い、もう一度初期紹介プロセスの実行をさせていただきます」


 榊の困った表情を無視して、端末は男性の声で紹介プロセスを実行する。

 カウンターに顔写真付きの箱が現れる。


「これは、貴方が手に取る商品です。写真の人物に纏わるモノが封入されており、購入すれば、封入されたモノが貴方に付与されます。それがどんなモノであれ、貴方自身に付与されます。その為、自身の体型や体質に合わないモノを購入すれば、符合する状態に歪め付与する事になります」


 箱に値段が表示される。


「商品の価格は、出品者が決めます。とは言っても、自らの意志で決めるモノではなく、深層心理が望む価値が反映されます。その商品を必要だと感じるほど価値は高くなり、不要だと感じるほど安くなります」


 箱は消える。


「商品が購入されると、出品者は封入物を失い、対価を得ます。得るのは、あくまで本人。家族や友人が得る事はありません。仮に受け取れない状態であっても、形を変えて必ず対価を得ます」


 今度は、資格カードが現れる。


「資格カードには階位クラスがあり、それによって与えられる権限が違います。第三階位、レッドは、購入のみ。手持ちの資金が尽きれば、資格を喪失します。第二階位、ブルーは、購入と販売が出来ますが、100万円までの商品が対象となります。第一階位、イエローは、金額に関係なく売買が出来ます」


 榊が持っているブラックカードに関しての説明がない。


「最後に、売買の完了は退店を以って行われ、それまではキャンセルが可能となります。キャンセルの場合は、レジにてお申し付けください」


 端末の声が女性に戻り…。


「これにて、紹介プロセスを終了いたします………」


 榊と老人は、顔を見合わせ笑う。


「相変わらず不十分だね」

「そうだな。これでは、肝心な事が分からぬまま」


 カウンターに店内の地図が現れる。


「肝心な事は隠す、それが商売の決め手。そう言ったのは貴方では? 右衛門うえもん様」


 老人は、笑いながら名前を否定する。


「お嬢ちゃん、悪いがその名はもう捨てた。登録の通り、『そろばんジジイ』と呼んでくれ」


 端末は、人間のように咳払いし、名前を言い直す。


「そろばんジジイ様。丁寧な説明になるように、方針ポリシーを改訂しますか?」

「いや、そのままで良い。俺達のように正しく利用する奴らばかりじゃねぇからな…」

「了解しました」


 そろばんジジイは、地図を手に取り、榊を呼ぶ。


「そろそろ行くぜ。失った大金を取り戻すぞ」

「はい!」


 地図を見ながら、棚の奥へ二人は消えていく。

 端末は、小声で囁く。


「黒き資格………エラーコード、999。管理者への報告……実行済み。返答、無し。権限に関するスキャン………実行済み。赤に該当する項目、ウォレット消滅時に資格停止。黄に該当する項目、金額制限無し。該当資格無し、固有権限……起源介入。管理者の指示があるまで、対象のモニタリングを続ける…」


 榊が歩く度、床が淡く光る。光は、榊の全身を透過し、細胞単位で何かをスキャンしている。二人は気付いていない。端末には、常にエラー表示。



 二人が向かったのは、鮮魚売り場。生きの良い魚に交じって、顔写真付きの箱が並べられている。老若男女様々だが、15歳以下は含まれない。目や鼻などの肉体系は殆ど無く、代わりに情報系が多い。隣近所の他愛も無い話、教職員の採用について、テレビ取材における違反報告など、些細な事から重大事件に纏わるものまで。


「稼ぐなら此処が一番! 体に合うか心配せずに済む」

「それに、社会に潜む癌を取り除ける」

「正義面するつもりはねぇが、気分の良いのは最高だ~な」


 二人はショッピングを楽しむように、カートを引いて商品を物色する。その様子は、スーパーマーケットで見られる普通の光景。しかし、二人が手に取っているのは、切り売りされた人生。出品者は何も知らない。知らぬ間に商品として出品され、知らぬ間に売買されている。

 此処に法は無い。誰が何を買おうと、文句を言う者は居ない。資格を持つ者は、欲望に忠実に買い物をする。結果が何を齎すか、知った事では無い。自分が満足出来ればそれで良い。

 だからこそ、榊は決めた。何も知らない者達の為に、全てを知る者として不幸を遠ざける存在になる、と。

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