第三話 このヘタレ野郎!

 

現実と夢との境界が、曖昧になってしまうような感覚はみんな経験してきているのかもしれない。

僕も酔っ払った時は、多々ある方だ。


じゃあこれは夢なのか?

夢とは何なんだろう?

よく蜂に刺される夢を見る。

しかしこれは現実であり得る事だ。

でも、刺されても痛みなんて感じない。

だから夢なんだ。非現実的。

非現実的な事を指すのなら、今この瞬間だ。


じゃあ、ジンジンと痛む左瞼の青痣はどうなんだ?



「夢じゃないのか…?」


僕は独り言のように呟いた。


「夢じゃないです。」


女の子が僕の独り言に答える。


「とりあえず逃げましょう。あの銃は恐らくワタシのミサイル二、三本では壊れません。」


僕は女の子の小さい手に引かれ、人の間を縫うようにエレベーター前までやってきた。

だがエレベーターは、下に降りて避難する患者が相次いでいて、正直何時間待てば乗れるんだ?というくらいの大渋滞となっていた。


「ここにいれば危険です。あの銃はあなたを狙ってます。大勢の二次被害が想定されます。」


重要な部分だけを抽出して繋げたロボットのように話す彼女は窓を指差し、見てほしいとジェスチャーを見せる。

窓の外は大量の患者が避難をしている光景だった。

もしそこに僕が入り込んでしまうと、狙撃銃の無差別殺人が始まってしまう事になる。

想像しただけで身の毛がよだつ。


「とりあえず隠れて作戦を練りましょう!」


彼女に引っ張られ、僕達は数ある一つの病室の一角に逃げ込んだ。

その背中は、小さいながら翠葉のような懐かしさと頼もしさをフワリと感じさせられた。


「ねえ。その…、何?ルゥダミサイル…?そのマジックって僕にもできたりしない…?」


「むぅ。マジックじゃないです!正真正銘ワタシのパンペルシェラです!」


「ぱんぺるしぇら?」


「お姉ちゃんから何も聞いてないんですか?」


「お姉ちゃん!?すると君やっぱり!?」


彼女の顔とこの世で最も酷似している人物を僕は知っている。

僕の元カノ、そして僕をこんな絶望的な状況に陥れたのであろう人物、玉森翠葉だ。

あの人の妹以外、あり得ないと言い切れる。


「君、翠葉の妹?」


「ん?スイハ?誰ですそれ?」


「あれ?嘘、違うの!?」


「ワタシのお姉ちゃんはニアって名前です!」


え…?全然知らない名前だ…。

ていうか同じ歳に産まれ、高校卒業まで幼馴染として顔を合わさなかった日なんてないくらいに、ずっと翠葉を見てきた僕が、妹の姿を見た事ないなんてあり得るのか…?

その答えはつまり、高校卒業後にできた妹…?

いや、或いはまさか…!?

いやいや、それはないよな流石に…。


「でも、お兄ちゃんのその右目、ニアお姉ちゃんと同じ目をしているのですぐにあなたがお姉ちゃんの言ってた迷子さんって事がわかりました!」


「何か話が噛み合わないけど…、そのニアって人は、君みたいに緑色の髪をしてる?」


続けて質問する。


「はい!」


「歳は26歳くらいで、その…、君みたいに緑色の目をしてる?」


「はい。」


「口癖によく死神ってワードが出てくる??」


「よく知ってますねえ。」


「…そうか…。」


困った…。

どういうわけかわからないが、この子の姉ちゃんというニアって名前の人は翠葉と同一人物で間違いなさすぎる…。

疑いようがない…。

何で翠葉はこの子にニアと呼ばれているのか、この子自体本当に翠葉の妹なのか…。

何から処理すればいいかさっぱりだ…。


「僕は…、その姉ちゃんに何をされたんだ…?」


「お兄ちゃんは、ニアお姉ちゃんに意図的にここへ転生させられたんですよ。」


「転生…?」


転生って何だよ…。


「僕はどうしたらいいんだよ…。」


カッコン。


どこからか、そんな音がした。


「窓からです!」


ダン!!


激しいガラスの砕ける音が頭上から響く。


「うわあああああ!!」


女の子に首根っこを掴まれ、グッと後ろへ引かれた。

その直後、僕目がけて放たれた砲身は、僕の顔をスレスレで通り、地面に風穴をあけた。


「うわ!ガラスが刺さった!!いってえ!!」


「ルゥダミサイル二号三号発射!!」


女の子は摘んだ二本のタバコを窓に向かって無造作にぶん投げた。


ドカン!ドカン!


爆発が起こり、更に瓦礫とガラスが散乱する。

しかし、瓦礫の中からまだ銃口の狙いをゆっくりと僕らに定めているのが見えた。


カッコン。


「ダメだ!もう一発来る!!」


コッキング音が聞こえたと同時に、女の子は次のミサイルの準備に取り掛かっていた。


「もうタバコ一本しかありません!」


「もういい!警察呼ぼうっ!!」


僕はその場から逃げながらポケットを弄り、スマホを探す。

すると何かが指にコツッと当たる感触がして、すぐにそれを取り出した。


「なんじゃこりゃあっ!!」


出てきたのは…、スマホではなく、四角い形をし、端末の上部には横に長細い画面があって、丸いボタンが少しだけついているような古めかしい端末。


「ポケベルゥゥ!!?」


それは使った事も、使っている人さえ僕は見た事がない、1990年代くらいに流行っていた無線受信機だった。

画面には数字の羅列が映されていた。


『4104434401413232522104724104219145124344』


「何だこの暗号…。それより僕のスマホは!?どうしてポケベルなんてポケットに入って…!?」


ダンッ!!


耳鳴りがする程の発砲音が耳をつんざく。

背にあったベッドのマットが破け、散り散りになったクッションが辺りに舞った。


「ひぃっ!!」


「何してんのお兄ちゃん!早く走って!」


僕は尻を叩かれながら、病室を後にし、廊下に出る。


「ど、どうしようどうしよう…!!」


「どうしようばっかり!自分でも考えてよ!」


喝を入れられ、また手を引っ張られて今度は非常階段に出た。


「屋上まで誘い込んで、最後の一本で何とか仕留めましょう。」


彼女はタバコの箱から取り出した最後の一本を手に取って見せた。


「うまくいくのか…、その一本で…。」


「うまくするしかないです。」


「二本三本撃ったところで、壊れないって言ってなかった…?そんなたった一本でどうやってあんなの壊すんだ!?」


「どうにか一本で破壊するしかないです。」


「どうすりゃいいんだよそんなの…。」


その言葉が、彼女の堪忍袋の緒を切ってしまった。


「いい大人が何甘えた事言ってんの?バカの一つ覚えのように小学生のワタシにどうしよう、どうすればって。じゃあお兄さん何かやったの?」


「あ、いや…。」


「ほら。何もしないで弱音ばっかり!口ばっかり動かしてないで頭動かしなさいよ!弱音吐くだけの大人なんて、小学生以下よ!」


除夜の鐘程の重たい塊を、こめかみにどつかれたような衝撃が脳を揺らした。

こんな小学生に命を預けて、キャンキャンとチワワのように吠え散らかしている自分が情けなさすぎてゲロ吐きそうだ…。

いつも僕はそうだ…。

翠葉にばかり選択を委ねて、翠葉のいう通りに行動しすぎたせいで、自分で考える事を放棄する癖がついてしまった…。


「そのルゥダミサイル…。僕に預けてくれ。」


「本気…?」


「本気でうまくやるしかない…んだろ?」


「かっこいいよお兄さん!!」


ギャップが過ぎる無邪気な笑顔で褒められた僕は照れを隠す為に屋上まで急いで駆け上がった。


「うわっ!高い…。僕高所恐怖症なんだよ…。」


病院の屋上の柵にもたれ掛かり、弱い風を浴びながら辺りを見渡す。

その風景は、トタン屋根の一軒家が無数に集まっていたり、その間を縫うように走る古い路面電車など、僕の知ってる地元とは似ても似つかない、どこか昭和ムードを感じさせられるレトロな風景が一面に広がっていた。


「何だここ…?どこだよ…。」


十五階から見える景色に、僕の知っている建物はどこにも見当たらなかった。

今はもう無駄な事は考えないで、あの銃をどうにかする事だけを考えよう…。


「ルゥダミサイル、作ってくれ。」


僕がそう言うと、女の子はコクッと頷き、最後の一本のタバコを人差し指と中指で挟んだ。


「はい。これがルゥダミサイル四号です。」


「え、もうこれがミサイルになってんの?」


「はい。勢いよく投げないと不発弾に終わりますから、正確に狙ってください。」


そう言われて僕は、つい最後の一本のタバコ、ルゥダミサイル四号を受け取った。

なんて事のない、一本の普通の紙タバコ。

どんな魔法か超能力が働いているのかはわからないが、彼女の言う通り、僕だって何かしなきゃ。

大人の僕が、この佳境を切り抜くんだ。

至極、当たり前の事だ。


僕は、自分で考えた秘策を彼女に伝えた。

彼女は心配な顔を浮かべながらも、僕の言う通りの所定の位置についた。

あとは、僕が切り込むだけ。


僕も所定の位置に座った直後、屋上のドアはゆっくり開かれた。

覗き込むのは、鈍色に光る銃口。

その先にいる彼女と狙撃銃が対面する。


「あなたの狙いはワタシじゃない!」


ダッ!


僕は座っていた屋上ドアの真上の塔屋から飛び、銃の視線を盗んだ。

銃が僕を狙っているなら、あの女の子を撃とうとはしないはず。

最初に患者の右肩を吹っ飛ばしてしまったのは、僕を狙って撃って偶然当たった誤射。

という事は、僕だけを感知するセンサーのような物が働いているはずだと読んだ。

その読みは当たった。

銃口は見事にこちらに向いた。


「今!」


僕の叫びと同時に女の子は銃に向かって靴を投げた。


ダンッ!!


靴が当たった勢いで弾の軌道は逸れ、僕の右耳を掠めて通り過ぎた。

ここまでは計算通り。

ボルトアクション式は、次に弾を撃つ際のコッキングに少し時間がかかるはず。

あとは僕がうまくやるだけだ。


「このヘタレ野郎ぉぉぉぉーーーー!!!」


そう自分に言い聞かせ、ルゥダミサイル四号を銃口めがけて勢いよくぶん投げた。

ルゥダミサイル四号は銃口の穴にスポンと入った瞬間、僕の目の前で爆発した。







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