2-9 適応

 これは脅しであり賭けだ。

 ロロコは俺が[月]を使用する事を禁じた。

 魔纏を教えて貰えないならそれを使うというのは反抗だと思われて仕方がない。信頼を裏切ったと思われても仕方がない。

 だけどロロコは俺の目的を知っている。

 俺は復讐者なんだ。

 姉さんを殺した魔族をこの手で殺す。大切な家族を奪った奴に後悔と絶望を与えるんだ。

 そのためになら俺はなんだってしてみせる。


 その覚悟をロロコはどう見る?


「……なるほど。その様子じゃとなのとの戦いでも[月]を発動したようじゃな」

「——っ! うん、そうだよ」


 バレた。こんなにも簡単に。

 でも悪い流れじゃない。なのの事を知っているロロコなら本来の俺なら戦いにもならない事を、その実力差を知っているからね。こうなる事は予測出来た。


「聞いて欲しい、というか意見が欲しいんだ」

「意見じゃと?」

「ロロコは俺に[月]の使用を禁止したよね。規則を破った件についてはすみませんでした」


 ロロコは敵じゃない。俺の事を親身になって考えてくれている味方だ。

 秘密は多いけどそんなのは関係ない。

 だから決めた。もう全部言ってしまおうって。

 ロロコは師匠だ。師匠に頼る事は恥ずかしくないんだから。


「なのとの戦いで俺は[月]を使ったんだ。水花を狙われてつい頼っちゃたんだ」


 イヅキとの戦いで初めて発動させた[花鳥風月]の四つ目の式[月]。

 その力によって完全に格上だった彼女と同等の力を得る事が出来た。

 封じていた激情を解放する事によって膨大な魔力を得る。それはある程度制御された暴走状態へと移行する術式とも言える。

 一度目は完全に自身の事を傍観していた。俺以上の技術を持った俺が身体を動かしているような感覚。


「……責めはせん。[魔纏]を使用したアヤツが相手だったのじゃからな。じゃが、改めて確認したい事がある」

「何の事?」

「身体は問題ないのじゃな?」

「うん、特に怪我とかはしてないよ」


 俺がなのと戦ったと知った時に身体の状態はペタペタと確認されている。改めて質問する理由はなんだ?

 ロロコは困惑している俺に向けて目を細めた後、深く息を吐いた。


「黒曜から[月]については聞いておるじゃろう?」

「感情の制御、激情に呑み込まれて心を壊さないようにするためのもの。そんな感じの説明だったよ」

「大まかにはその通りじゃな。[月]を発動する事により封じていた月の闇、負の激情から生まれるじゃじゃ馬な魔力を解放する事が出来るのじゃが、本来であれば後半年は使わせるつもりはなかったのじゃ」


 使わせるつもりがなかった。だからこそロロコは第四の術式[月]について教えてくれなかったのか。

 イズキと戦っている時、それがどんな力なのかわかっていなかった。だけど、本能的に手を伸ばせば現状を壊してくれるとわかったんだ。


「それはどうして?」

「オヌシの身体が適応出来んからじゃ」


 適応出来ない?


「イズキとの戦いで[月]を解放したと聞いた時、ワシは……正直オヌシは死んだと思っておった」

「……なんで?」

「早過ぎたからじゃ。蓄積した力に呑まれ自壊すると思っていたのじゃよ。……いや、確実にそうなるはずじゃった。しかし事実としてオヌシはこうしてワシの目前におる。この件についてはワシの理解を超えておる案件なのじゃ」


 本来ならあの時に俺は死んでいるはずだった? だけど実際にはこうして生きている。その理由はなんだ?

 ロロコにすらわからない事象。いや、知らないふりをしている可能性はあるけど、それでも……不思議な感覚だった。


「才能と言ってしまえばそれまでじゃが……おそらくはそういう事なのじゃろう」

「……それはロロコの感覚であり得る話なの?」


 才能だけでロロコの理解を超える。それだけの力が、素質が俺にある?

 何かを誤魔化すために適当な事を言っているんじゃないか? あるいは知るべきではない事を隠すためにそんな事を。


「ありえる」


 即答だった。


「才能とは素質だけではなく個性を含む言葉じゃ。本来であれば自壊を前提とした無加工の闇に耐え得るなど有り得ん。しかし、事実として前例が目の前にあるとなれば……やはり我ら人間は可能性の塊なのじゃな」


 ロロコの知識は膨大だ。この国だけじゃなくまさに世界の知識を得ている賢者のような存在だ。そんな彼女でも特定出来ない何か。

 それはあまりにも不安定で今後の事を考えるならハッキリさせるべきだと思ったんだ。


「ねえロロコ。提案があるんだけど聞いてくれるかな?」

「……焦るな、と言いたいところじゃが、アヤツのレベルを経験してしまった以上、そうなるのも当然じゃな」


 ため息と共に立ち上がり、指を動かして付いてくるように指示された。

 向かった先は少女隊の面々がよく組み手をしている障害物のないシンプルな中庭だった。


「ワシがオヌシに与えた力である[花鳥風月]その中でも[月]はリスクを抱えたじゃじゃ馬ではあるが、魔族と戦う上では必要となる強化法なのじゃ」

「つまり?」


 相変わらず曖昧な返事をするロロコに向けて、少しだけ怒気が混じった。

 複雑な話なんだろうって事はわかる。立場がある事もわかる。この国のために配慮している事もわかる。

 それでも。


「魔族のレベルはこの国のレベルを超えておる。時の運などが適応される事ない程にの。言わば格が違うのじゃ。そんなヤツらと対等以上に戦うための手段の一つとして、ワシはオヌシらに[花鳥風月]を刻んだのじゃ」


 魔族のレベルは俺が思っている以上だった。

 俺の家族を奪った魔族フィドゴレムランの娘であるイズキ。確かに彼女の実力は想定していた実力を上回っていた。

 本来ならあの時に俺は死んでいた。だけどこうして生きている。その理由は……[月]だ。


「魔族と直接戦う事を前提にした場合、この国の技術レベルでそれを可能にするには時間が必要じゃった。リスクをゼロにするための時間、それが約一年じゃった」


 俺がこんなにも早く魔族の関係者、娘であるイズキと戦う事になるのは想定外だったんだと思う。

 後半年は学院でゆっくりと対人経験を積ませるはずだったんだ。魔族の娘が学院に侵入して来るなんて想定出来るわけがない。


「予定の半分で完全に適応出来る可能性はゼロとは言えんが、確かめてやろう。このワシに見せるのじゃ、直接見極める」

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