2-5 人の可能性

「ねえロロコ。なんで魔纏を教えてくれなかったの?」


 魔力そのものを鎧にする技術。全力ではなかったにしても、それでも月の闇を使った状態の一撃を受けてもなのは無傷だった。


 その力は今後魔族たちと戦う上で絶対に役に立つ筈だ。有用な技術。どうしてロロコはそれを俺に教えてくれなかったのだろうか。


「勿論だけど責める気なんてないよ。ただ不思議なんだ」


 ロロコの態度は俺が魔纏という技術を知る事すら嫌がっているように見えた。

 それはどうして?


「……そうじゃな。これはもうハッキリとすべきか」


 自身の席へと戻り、諦めたかのように深く息を吐いたロロコ。

 猪口へと自ら酒を注ぎ、ゆっくりと舌を濡らした後に改めて口を開いた。


「もはや周知の事実じゃと思うがワシらが有する知識や技術はこの壁国に限らず、世界と呼ぶべき広範囲を歩み集めたものじゃ。その量も質も既存国のそれと比べて天と地ほどの差がある」


 薄らと、いやそれ以上にわかってた事だけど。世界か。随分と壮大な話だね。

 その技術かあったからこそ俺はこうして存在していられるんだ。


「オヌシはワシらと関わる事で外にも数多の国があるであろうと気が付いておったじゃろう? しかしそれは本来例外なのじゃ。己が生まれた壁国のみが本来あるべき世界なのじゃよ。無論周辺の壁国と関わる事もあるが故、周辺諸国であればその存在を知る事も可能じゃろう。文献などには太古から現在までに至る戦争の歴史なども残されておるじゃろうしの。しかし大抵は外に出る事なく、生まれ育った壁国の周辺まででその者にとって世界は終わるのじゃ」


 生まれ育った壁国を出て別の壁国に向かう人は少ない。というよりいないに等しい。

 壁の外には敵性生物が溢れていて、その強さは一般人ではどうしようもないからだ。


 戦いを生業にする人たちにとっても小さな問題なんかじゃなくて、何かしらの手段によって残っている村や集落までが活動範囲になっている。


 俺たち人間には継続力がない。体力には限界があって集中力にも限界がある。村や集落などの補給地がなければ餓死する可能性すら低くない。それが現実だ。


 壁国と壁国の間にある空白地帯。そこは人類が干渉出来ない独自の生態系が生まれている事が多い。

 ある意味では敵性生物の国と呼べるそれが長い歴史の中で出来上がっているんだ。


 俺は実際にそれを見たわけじゃない。だけど歴史という経験の積み重ねを次世代に伝える勉学の一つとして知っている。知ってしまっている。


 仮説を証明するために外へと向かった者たちが帰ることはないという事を。


 そんな常識を真正面から破壊しながらもそれを秘匿している一団。それがロロコなんだ。


「ワシらはこの国にはない技術を多く知っておる。確かにそれを伝える事でオヌシは強くなるじゃろう。魔族に対する力となるじゃろう」


 肯定的な言葉。だけど声色は正反対だった。


「しかし、人とは成長を最大の力とする存在なのじゃ」

「……どういう事?」

「そのままの意味じゃよ。人は弱い。その生まれ持つ力は淡くか弱いが、成長率で言えばまさに化物じゃな」


 小さく笑いロロコは続ける。


「そうじゃのぉ。代表例なら年齢じゃな」

「年齢?」

「オヌシはワシのそれを知っておるか?」

「いや、知らないけど」


 思わずジト目で返した。

 見た目は子供。だけど成人、つまり当時のアレでは二十歳を過ぎているはずのロロコ。

 彼女が年齢を明言した事はない。それでも何となく二十代だと思っていた。


 だけど……外の技術。レベルが違う。まさか、まさか。

 まさか、不老不死?


「おい、ワシはまだピチピチじゃぞ?」

「その表現自体が……」

「……まあ良い、その認識の違いこそが答えじゃ」


 深い息と共にそう言うロロコ。

 これが答え? 意味がわからないですけど?


「解説お願い」

「無論じゃ。ただ細かく言葉にするのは面倒じゃ、故に極端な話をするとしよう」

「えー」

「ワシは五十歳上の戦士であろうと、勝てる自信しかありゃせんぞ」

「それって人は加齢には勝てないって話?」

「……」


 あれ。黙っちゃった。

 あれ。ため息。


 良い感じ。


「オヌシは……はぁー、まあ良い。実力は必ずしも時間とは比例せん。それが言いたい事じゃ」

「時間との比例?」

「そうじゃ。十努力する事で十成長する。これならば比例の関係じゃ。しかし、実際にそんな事はないじゃろう? 皆が同じ努力をすれば同じ成長をする、そんな事はありえぬ」


 その通りだと思う。十を教わって十を覚える。言い換えるならそういう事だ。

 それは……無理だ。完全記憶能力でもなければ無理だよ。人は忘れる生き物だし、感覚は全を共有する事は出来ないんだから。


「才能や環境、数多の要因によって成長率は時に数万倍とも呼べるほどに変容するのじゃ」

「……数万倍?」


 数万倍。ロロコの言葉に思わず口にしてしまっていた。

 そんな俺に彼女はニヤリと笑う。


「そこに疑問があるとは不思議じゃな。オヌシはそれを体感しているはずじゃぞ?」

「——っそうだね」


 ロロコに救われ、力を得た。

 勿論それはただ与えられた力ではなく、俺自身の努力によって大きくした力だ。それでも最初に与えられた種火がなければここまで増大する未来をこんなにも早く手にする事はなかったのだろう。


 与えられた[花鳥風月]という種火。

 生活環境と修行相手という薪木。

 その二つが揃う事によって今の俺はあるんだ。


 そして俺という炎は復讐を纏う事によって更に燃え上がり、月の闇へと手を伸ばしてイズキすら超えるに至った。


 ロロコの言う通りだ。数万倍という数値は決して嘘なんかじゃない。並の才能しかない俺が半年でここまでの力を手に入れたんだから。


「しかしオヌシが受けたそれは正に例外的なルートじゃ。本来ならば個々の才能と努力による成長率が最も重要になるじゃろうな」


 外部干渉による急成長。その自覚はあるよ。だからこそ俺はその手を取ったんだから。……いや、俺に選択肢なんてなかったのかな。唯一の希望。ただ一つの光に手を伸ばすためには悪魔でも捕まなければいけなかったんだから。


「ワシらという例外と関わる事によってオヌシは急激な成長をしておる。無論そこにはオヌシ自身の努力や才能もあるじゃろう。人との巡り合わせもまた運命力と呼ばれる才能の一つじゃからな」

「……フォローありがと」

「そんなつもりはありゃせんわ。ワシらはきっかけを与えただけ、チャンスを、か細い糸を地獄へと垂らしただけじゃ。それを掴み己の力へと昇華させたのは他の誰でもない、春護、オヌシ自身の力じゃよ」


 優しく微笑むロロコ。

 慈愛と母性まで感じられる表情を浮かべているけど、うん、ごめん。


「それでどうして魔纏を教えてくれなかったの?」


 色々と話してくれてはいるけど、質問内容については触れてないからね。もしかするとこれから本題に入るところだったのかもしれないけど。


「……チッ」


 やっぱりそのつもりはなかったみたいだ。


「教える事は無理?」

「そういうわけではないんじゃが……復讐を目的とした者に全力で力を貸していない協力者なぞ……嫌じゃろう?」


 そっぽを向いて拗ねたように口を尖らせるロロコ。

 そんな彼女の横顔を見てふとこの間にした黒曜との会話を思い出した。

 俺に嫌われたくないから言いたくない。なんというか子供みたいというか純粋というかなんというか……。


「別にそんな事ないよ。これまでロロコには恩しかないもん。どうせ理由があるんでしょ? もし理由がなかったとしても嫌いになるなんてありえないよ」

「……ふんっ。春護のくせに生意気じゃな」

「弟子はちょっと生意気なくらいが良いって誰かが言ってたよ」

「誰じゃそれは。しかしまあ……そうかもしれんの」


 ロロコは顔をこっちに戻すと困ったように笑った。

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