第17話 見えていなかったことを知る私

「まあまあまあ! ウィッドウック様! このような場所で会えるだなんて……運命かしら!!」


(このような場所って……)


 突然現れた女性がそれこそびっくりするくらい甲高い声でキリアンに笑顔を振りまいているその光景に私は戸惑いを隠せない。


 ここは人気の演目が上演されるほど大きな劇場だ。

 つまり、それなりの身分がある方々だって利用する。


 だからこそ平民の方々が利用するにも富裕層に限られてくるほどに。


「あら……お連れ様がいらっしゃるのね?」


 ギロリと睨まれたけれど、私は困惑する以外なくてキリアンを見上げるしかできない。

 初めはエスコートされていた腕を放そうかとも思ったけれど、彼にそれを止められたからそのままだ。


(……キリアン、困ってる?)


 余り表情は変わっているように見えないけれど、少なくともこの女性に会えて嬉しいだとかそういった感情は見受けられない。


「あの、キリアン……こちらの女性はどなたかしら」


「ああ、いや……」


 言い淀むってことは、私に言えないような関係なのだろうか?

 そんなことを考えるとまるで彼を信用していないみたいで、けれどその可能性しか出てこなくて、胸が痛い。


 キリアンはぐっと何かを堪えるような表情を見せてから、少しかがんで私の耳元に口を寄せた。


「実は、誰かわからないんです。アシュリー嬢はわかりませんか」


「えっ……」


 知らない相手にこんなに親しく声をかけられたの!?

 それは困惑するわよね……。

 

 でもそんなことをひそりと囁かれでも、生憎私も知らない女性だ。

 見た感じどこか貴族家のご令嬢といった様子ではなさそうだし、お連れの方も見えない。


 こういった場所では貴族としての見解だけれど、女性でも男性でも、一人で劇場に来る場合〝一夜の恋を求めている〟なんて見られる可能性があるのだそうだ。

 実際、そういったことを生業にする人たちがこの劇場付近に立っているとお兄様から聞いたことがあるから間違いないと思う。


「失礼ですが、どちら様でしょう。私の婚約者のご友人かしら」


「あら! わたしのことをご存じないの? あら、あらあらいやだわあ!」


 つぅんと顎をそらし……すぎてひっくり返らないかこちらが心配になるほどの動きを見せる女性は、よくよく見ると私よりももしかしたら年下かもしれない。

 ちょっとお化粧が濃くて、流行の型には違いないのだけれど派手な色合いのドレスを来ていたから気づきにくかったけれど……。


(もっと薄いお化粧と、淡い色合いの方がこの方に似合うんじゃないかしら……)


 髪型もこんなにキツく巻くんじゃなくて、フワッとさせた方が可愛らしいでしょうに。

 化粧で誤魔化してはいるけれど、顔立ちは可愛いように思うから。


「自己紹介がまだでしたね。私はフィリア・アシュリーですわ。アシュリー伯爵家の長女です」


「! 貴女が!?」


「え? ええ」


「そう……貴女がキリアン様の婚約者の! あらあらあらまああ!」


 パンッと広げた扇子はこれまた総レースの良い品のようだけれど、ドレスとは合っていなくてやはりちぐはぐ。

 裕福なところの方には違いなさそうだけれど、やはりどこの誰かは記憶になかった。


「キリアン、どうです? 思い出せました?」


 少しだけ背伸びして彼にそう囁けば、キリアンはぐっと眉をしかめる。

 そんなに嫌そうな顔をしなくたっていいのに。傷つくわ!


「いいや、まったく……だめだ、こんな印象が強い人間、忘れるはずがないんだが」


(印象が強い人間って言い方はどうなのかしら)


 まあ、否定できないのだけれど!

 でもこの様子ならキリアンが彼女のことを女性としてどうのってことはなさそうだわ。


 もしそうだとしても、化粧をしたら気づかない程度なんだろうから。

 ああ、そんなことを考えるなんて私ったら本当に嫌な女みたい!

 こんな自分がいるなんて新しい発見だわ!!


(……キリアンに恋するばっかりで本当に私は何も見えていなかったのね。自分のことに関しても!)

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