第5話 自分勝手な私

 どうして。

 その言葉は、私を責めるものなのか、ただの質問なのか。


 キリアンの態度を考えるに前者だろうけれど、……けれど、彼とのこれまで・・・・のことを考えれば私が突然不自然な行動を取っていることに困惑を感じて、何かあったのか案じてくれているのかもしれない。

 彼は、とても優しくて年上として私を導く立場だと自覚しているから。


(そうね、私は自分勝手に彼に好かれようと、そればかり考えていたんだわ)


 無理だと言われれば大人しく引き下がりはしたものの、私が誘った手前彼だってその埋め合わせをせざるを得なかった。

 そして基本的に貴族家の令嬢である私に対して失礼がないようにキリアンは常に気を遣わなければならない立場であることを考えれば、そんな気分になれなくたって応じる以外選択肢はないはずだわ。


「……ええと、そろそろ私も卒業を控えて忙しかったんです。避けていたわけではなくて……その、今までキリアンの都合も考えずに手紙やお誘いをたくさんしていたなと改めて気づいたわ。ごめんなさい」


「いえ……」


「今日はそれを確認しに来てくださったの?」


 そうなら嬉しい。

 少しでも、私のことを考えてくれたのなら。


 迷惑をかけてしまったと、反省したばかりなのにそんな気持ちがぐっと出てきて自分がまた情けなくなってしまいそうだ。


「……今日は、夜勤明けでしたので偶然です。婚約者の姿が見えたのなら、声をかけないのも失礼かと思って」


「そ、そう……いやだわ、自惚れた発言でしたね! 忘れてください……!」


 ああ、ほら、調子に乗るからばちが当たったんだわ。

 キリアンが私を気にかけるのなんて、婚約者の義務でしかないんだから。


 それでも、義務でも……優しくしてくれるだけ、私は恵まれているのだと思わなくては。

 好いた人が誠実でいてくれて、義務でも傍にいてくれるのだ。


(……それなのに、どうしてこんなに心が痛むのかしら)


 私にできることはなんだろう。

 考えなくては。

 政略結婚でも、いつかは……愛はなくても『結婚して良かった』と、後悔させないようにするために、今からでも私にできることを探そう。


 今はとりあえず、この落ち込んだ気持ちに気がつかれないように……せめて、笑顔を浮かべるけれど。

 上手に、できていたらいいなと願うばかりだ。


「……もしこの後用事がないようでしたら、是非家に寄ってください。両親も貴方のことなら歓迎でしょうし、兄も今日は仕事が休みなのできっとキリアンが訪ねてくれたら喜ぶと思うのです」


「ご迷惑でなければ」


「迷惑だなんてとんでもないわ。……貴方は私の婚約者だもの。いつだってアシュリー家はキリアンのことを歓迎します」


「……ありがとうございます」


 キリアン。キリアン。

 私の方が伯爵令嬢で身分も上だから、自分のことは呼び捨てにして欲しい。

 そう彼に言われた時はとても嬉しかったのに。


 彼はまるで私の護衛騎士のように、礼儀正しい振る舞いを崩さない。

 あの夜、薬の熱に浮かされて触れた指先の熱さが嘘のよう。


「……キリアン」


「なんですか」


「ふふっ、ごめんなさい。久しぶりに会えて嬉しくて、つい」


「……」


「ごめんなさいね」


「いえ」


 キリアン。

 その名前を呼べることが、特別な関係なのだと思っていたの。

 でもそれは思い違いだったのよね。


 私はいつまで経っても名前で呼ばれず、貴方の名前を呼ぶことでしかこの関係を信じられないだなんて……滑稽だわ。

 こんな滑稽なことに巻き込まれてしまった彼の胸中は、いったいどんなものなのかしら?


(……せめて、嫌われていないといいわ)


 無関心も困るけれど。

 そんな風に考えて、また私は自分勝手だなあと自己嫌悪に陥りそうになって窓の外を眺めることで、気分を切り替えるのだった。

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