エルセラリウム
「──ミュートします」
どこか遠くを見るような目で海面を見上げ、何かを呟くシエラ。その目が、何かに呼応するかのように瞬きを繰り返している。
その肩に、一つの手が伸び。
「──はい、何でしょう」
「いや~ありがとうシエラ。こんなに楽しいことは久し振りだ。……どうかしたの?」
「……?」
その正体は、魚達への餌やりを満喫していた流児だった。
流児の存在を認識したシエラは、その言葉に首を振って答える。
「──問題ありません」
「……そう? まあ、ずいぶんと待たせちゃったからね」
「……!」
手を合わせ「ごめんね?」と謝る流児に、シエラは微笑みを返し、出口への案内を再開する。
シエラと流児は再び手を繋いで先へと進む。
そこは、海底に咲く青と桃色のハイビスカス──ティア・マリアの奥へと続く道。
そしてその先にあったのは、大きな門だった。
「おー、大きいな……」
「……!」
「──扉を開きます」
見上げてもその全貌が見えない程に大きな門。それに向かって、シエラが手を向ける。
すると、シエラの手から光の粒子が現れ、門へと向かって行く。
今さらそんなことに驚かなくなった流児は、そのまま門の観察を続ける。
門には、所々が欠けていたり、何かが張り付いていたりして、その表面の様子がよく分からない。
しかし、視野を広めて全体を見てみると、一つの絵のようなものが描かれていることに気付いた。
「これは……うおっまぶしっ!?」
「……!?」
絵を注視する流児に、光が襲い掛かる。
シエラが放った光が、門へと届いたのだ。
それが起動の合図になっていたのか、門が轟音を立てて開いて行く。
「おおー……ん、あれは?」
門の開く振動で、門の表面やその周辺にこびり付いた物が剥がれ落ちて行く。
そこを見ると、隠れていた絵の全貌や、門の上で黄色の光を放つ紋様が見えた。
門の絵は何の変哲もない。それはこの場所を示す様な、ティア・マリアとその周囲を泳ぐ海洋生物の絵だった。
しかし、その門の上で黄色の光を放つ紋様には、流児は違和感を感じざる負えない。
(海中で一番目立つ黄色に、渦に向かって進む、見覚えのある異形……何の意味があるんだ?)
「──行きますよ」
「あっちょっと──まあ、いいか……」
あと少しで何かに気付きそうだったが、しかし、時間切れ。シエラが流児の手を引き、門へと進み始めたのだ。
不意の動きに驚き、その刺激で出掛かっていた何かが引っ込んでしまう。
だが、流児の目的である端末は回収でき、後はシエラの指示に従い、元の世界に帰るだけだ。
そう思考を切り替えようとした──その時だった。
「──これは……何なんだ……?」
門の奥、その通路。
そこに照らし出された、文字にも見える爪痕と波紋の羅列、先程見た物と同じ様な癖のある壁画。
そこには、未知且つ様々な異形達が、所狭しと描かれていた。
「……化け物が指さして、何か言って……注意? ……何なんだ?」
混乱する頭で、引っ掛かった何かを引きずり出そうと考える。すると、シエラが流児の疑問に答えた。
「──取り扱い説明画です」
「説明画……? 説明書か! なるほど、それならこの奇妙な壁画に説明が付く……ん、取り扱い……?」
シエラの言う言葉に違和感を持ち、流児は気付いてしまう。
「え、じゃあ……ここは……ここはっ、あの化け物の同種が造った……製品……?」
「──はい。エルセラリウム【
たどり着いて得た考えを、シエラが真実を語り確定する。
流児は乱れる気を抑えながら思考を続ける。奇妙な癖のある壁画は、デフォルメされたキャラクターで、爪痕や波紋は文字──よくよく思い出せば、端末にいつの間にか入っていたアプリにも、その文字が表示されていた。
それなら、この様々な海は、シエラの言う通りアクアリウムの様な水槽で、あの海流はエレベーターの様な道。
巨大な門の上で光を放っていたあの奇妙な絵は──
「……非常口への案内板……あ、ティア・マリア!」
ふと思い付いて端末を取り出し、中心が桃色の青いハイビスカスのアイコンを押す。
すると、流児の想像した通りにアプリケーションとしてそれが起動する。
「……製品……説明……」
メニューを開き、ヘルプを選択。すると、流児の認識の出来る文字で製品説明の欄を見付ける。
「ハハハッ……ここは、作り物の世界で……俺は、本当に……」
「──対象のバイタルに異常発生。対処します」
「……」
新たに生まれた不安とか、元の世界へ帰れるかとか、様々な感情が流児の中で渦を巻く。
泣きたいのか叫びたいのか、自身でも理解できない感情に襲われる。そんな流児を落ち着かせるべく、シエラは流児を抱き締めてその背を撫で、ガザミは真似するように頭を撫でる。
「グスッ……ふふ、ありがとう、もう大丈夫……」
「──バイタル不安定。本当に大丈夫ですか?」
「……!」
「ああ、大丈夫。もう、いっそ楽しむ事にするよ……」
シエラとガザミの言葉無き励ましに流児は笑顔で答え、気持ちを新たにして先へとすすむのだった。
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