生成生物
やがて光の流れが止まると、流児の頭から触手が離れて解放される。
「おっと、スマホスマホ……」
流児は二度と無くさぬように急いで端末を取りに向かう。
すると、端末に光が注がれており、画面には何かをダウンロードしている様子が映っていた。
「え、これ大丈夫なやつ?」
流児が不安視するが、ダウンロードが完了。触手が離れて行き、端末が落ちていく。
「おっとっと……本当に大丈夫なのか?」
急いで端末を手にとると、流児は端末に何か問題が無いかと、確認のため自然な動きでスイッチを押した。
すると、なんと端末は起動し、画面に光が点る。
「おお、大丈夫だ──何で大丈夫なんだ? 防水でもここまでは──ん?」
だがしかし、画面に表示されたのは設定されたロック画面ではなく、爪痕と波紋で書かれた未知の文字だった。
「やっぱ駄目なやつだったか……うわ、なんだ?」
暫し眺めていると、その文字にノイズが走り、流児のよく知る言語に変わって表示された。
「……『ようこそ、マスター』……俺が?」
その文字が消えると、画面がホームに戻る。見ると、ホームの空いていた場所に、見知らぬアプリケーションが登録されていた。
「……ヨクトマシン・プリンター【ティア・マリア】……この花の名前か?」
蒼い背景に青色のハイビスカスがアイコンのアプリ。そのアプリをタップし起動すると、僅かなロードの後に初期設定画面が表示された。
しかし、それを流児が触れること無く登録が進む。
「……俺のデータが登録されてる……? ん、生成?」
ソーシャルゲームの様な画面が開き、アピールをしている項目を見る。それをタップして確認すると、内容の説明がはじまった。
「
他にも説明がある様子だが、理解できないので置いておくことにした流児。
すると、図鑑らしき項目を見つけたので、そっちを見ることにした。
タップして開くと、そこには今この海にいる全ての存在についての項目が表示されていた。
「へー、魚図鑑みたいだ……あ──」
そしてその中には、あの異形の存在の姿もあった。
「ッ……! ……いや、知っておこう……」
地上で目が合い、海中で襲われた時の事がトラウマになったのか体が震えだした。しかし流児は恐怖を歯を食いしばって耐え、その指で異形の存在が写る項目に触れる。
そして表示されたのは、異形の姿と荒ぶる文字の群れだった。
「……翻訳が安定しない……? 適正な言語での表現が無いのか……?」
様々な文字が滅茶苦茶に入れ代わり、やがて名前の欄が、一つの単語に翻訳が落ち着いた。
「……ヴ──【VAOZMARO】?」
声に出して見るが、どうにもしっくりくる発音が出来ない。なので流児は異形の存在のことを取りあえず【ヴォズマー】と呼ぶことにした。
「他は……惑星……他の星? ……貴族……水槽……?」
そうして、ヴォズマーについての項目を見ていると、シエラが微笑みながら近付いてきた。
「あ、シエラ。これで良かったの?」
「──最優先任務、完了を確認。お疲れ様でした」
「……!」
「ああ、それとガザミ、さっきはごめんな?」
笑顔で頷くシエラに、流児は頑張って良かったと微笑みを返す。
文句を言う様にハサミを動かし泳いできたガザミに謝ると、ガザミはそのまま定位置と言わんばかりに流児の頭に乗った。
「……お前は賢いな…… 」
「……!」
「まあ、いいか!」
そんな姿に微笑み合っていると、ティア・マリアが強く光りだした。
光は花の中央──雄しべに集まり、更に上へと光が駆け上がり、雌しべへと集まって行く。
そしてその光は、魚の卵の姿を象った。
「あれは……?」
「──水生生物の生成を開始しています」
雌しべに実った光の卵を見ていると、シエラがそれを指差した。
「え、なに……」
「──観覧予約指定されたイベントの発生をお知らせします」
「っ!?」
「──設定『最高の観覧場所』への誘導を開始します」
何かを伝えようとするシエラに向き直り、意思を汲み取ろうとした流児。しかしシエラは卵を注視させるためか流児の頭を抱え込み、視線を卵へと固定し泳ぎ出した。
(柔っ、いい匂い……)
何故シエラがこのような行動をしたか考えようとする流児だったが、未知の経験に混乱した頭では何も思い付かない。
冷たく柔らかい腕に抱かれ、それとは違う柔らかさと、何処か甘く感じる香りに包まれる。
あまりにも急な事だったので、無抵抗でされるがままにしていると、卵が
「……卵が……
「──リラックスモードへ移行」
流児が卵を注視すると、シエラはもう大丈夫と理解したのか、抱える姿勢を止めた。
卵が少しづつ、花開く様に形を変えていく。
そしてその中から、新たな命が生まれる。
「凄い……!」
「──録画を開始します」
産まれた命が成長する様に周囲から光を取り込み、その姿を象っていく。
それは決まった姿をとっているのか、それぞれ意思か。哺乳類・魚・甲殻類に刺胞動物など、その種類に纏まりはない。
そして、卵の一つからバンドウイルカが誕生する。
「ピュイーッ!」
「あれは……さっきの子イルカ……」
急ぐ様に泳ぐ子イルカを目で追うと、同種のイルカに寄り添い、共に楽しそうに泳ぎだした。
「……成る程、そのためにあいつは……」
何故子イルカが端末を奪い、自分と追いかけっこを始めたのか。
成体のバンドウイルカに甘える子イルカを見て、流児はその目的を理解したのであった。
「………」
次々と卵から孵る海洋生物達を見て、流児は幼少期の事の記憶を思い出していた。小学生の頃、両親に連れて行って貰った巨大な水族館。そこで泳ぐ、様々な魚達の魅せる美しい光景を。
(まるであの時の水族館みたいだ。まあ、遮る分厚いアクリルガラスが無いおかげで、水族館よりめちゃくちゃ楽しいけど)
「……よお、さっきはやってくれたな」
「ピュイィ~!」
御礼をするように擦り寄ってきた子イルカを撫でながら、流児はふと考える。
(昔、似たような事を……ああ、思い出した)
それは、ふれあいコーナでの餌やり体験の記憶。
あの時は陸上から出た
(……餌やりとかできたらな……)
何かを探す様に周囲を見るが、餌売場や餌の入ったバケツなんかあるわけがない。見れば、蟹や魚が餌を求めて地面や海藻を突付いている。
その様子を見たシエラが、流児が何をしたいのか察し、手に光を集め始めた。
すると、その掌の上には、餌の入った袋が出来上がっていた。
「え、何いまの光──何それどうやって!?」
明らかに人智を超えた現象を、文字通り片手間で行ったシエラに対し、流児は強く質問する。
「──ヨクトマシンの応用です」
「ヨクトマシン……そんなことが──」
「──どうぞ」
しかし、シエラも有無を言わせぬ勢いで餌の入った袋を突き出す。
「いや──いいか。俺の為に作ってくれたんだよね? ありがとう……」
「──どういたしまして」
流児は、不思議な事は今に始まったことじゃ無いしと考えると、疑問を息を共に吐き捨て、シエラに礼を言って餌袋を受け取った。
「……不思議な巾着袋……中身は……団子か……桃太郎にでもなったみたいだ」
白い革の様な質感の巾着袋。その紐をほどいて開け、中身を取り出して見る。すると、ゴルフボールサイズの白い団子が中に入っていた。
「ギッ!? ピュイィ~!」
「お、欲しいのか? ははっ、そら!」
「──ピューイ!!」
「お前達も、そら!」
団子の匂いを嗅ぎ付けたのか、子イルカが寄ってくる。流児が団子を放り投げると、地上と変わらない軌道で団子は飛んで行き、それを見事に子イルカがキャッチした。
(水の中なのにボールみたいに……今はいいか)
頭を掠める疑問を一旦置いておき、寄ってきたバンドウイルカや、お代わりを求めスリついて来る子イルカに向けて更に団子を放り投げる。
「結構楽しいな、これ」
「……!」
「お、ガザミもこれが欲しいのか?」
「……!!」
団子を食べて喜ぶイルカ達を見て、流児は餌やりの楽しさに喜びを感じている。
すると、頭の上に乗っていたガザミが、餌袋を持つ左手に降りてきて、流児に向かってアピールをしだした。
先程雑に相手した謝罪も込めて、団子を渡す。
「はい、さっきはごめんな?」
「……~~!!」
流児の手から直接渡された団子を、ガザミは鋏で上手く掴み取り、チマチマと千切りながら食べ始めた。
「フフッ、いいね~」
「──お知らせします」
その様子を微笑みながら眺めていると、少女が流児の肩を突っついて何かを知らせてくる。
「ん、どうしたの? ──うおっ!」
シエラの指差す方を見ると、餌の存在を嗅ぎ付けたのか、海洋生物達が次々と集まってくる。
「ははっ、そりゃそうか。そうら、餌だぞ!」
流児は、不思議な海での不思議な餌やりを存分に楽しむ。
「よーしよし、君にはこれは大きいな。よし、どうぞー」
小さな蟹等には、団子をちぎって与え。
「君らには小さいな。なら、こうして──よし」
大きな魚達には、団子を捏ねて大きくして与える。
「うおっ! いっぱい来たな! それなら撒き餌に──出来た。そうら!」
群れで近付く魚達には、団子を砕いてばら蒔くようにして与え。
「キュー!」
「キュァー!」
「おや、スジイルカにマダライルカ。はははっほら、どうぞ……で、君は──ナポレオンフィッシュか。この距離で見るのは初めてだよ。そら」
人懐っこくすり寄ってくる──または催促してくる──イルカや魚達には、手ずから団子を与える。
「ん? うおっ!? ……あ、ああ。ごめんごめん、いっぱい来たから驚いちゃってね。ほら、餌だぞ!」
静かに近付いてきたウツボやサメ等の肉食魚類に驚きつつも、襲う気配もなく大人しく待つその子達に、丁寧に餌をあげて行く。
「クオォォォオォォン──!」
「ん、あのサイズであの色……ミンククジラか、それなら──そうら!……うおおおっ!」
鳴き声で知らせてくる海洋哺乳類には、袋を振り回して団子を撒き散らし、その迫力のある補食を間近で見て楽しんだのだった。
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